那覇地方裁判所沖縄支部 昭和58年(ワ)32号 判決 1994年2月24日
《目次》
主文
事実及び理由
(用語解説)
(略語表)
第一章 当事者の求めた裁判
第一 請求の趣旨
第二 請求の趣旨に対する答弁
第二章 事案の概要
第一 事案の要旨
第二 主要な争点の前提となる事実
一 本件飛行場の概要
1 本件飛行場の現況
2 本件飛行場の設置、管理の経緯
3 本件飛行場の基地機能の変遷
二 原告らの居住関係
第三 当事者の主張の要旨
一 原告らの主張の要旨
1 侵害行為
2 被害
3 侵害行為の違法性
4 被告の責任
二 被告の主張の要旨
1 人格権、環境権及び平和的生存権について
2 差止請求に係る訴えの不適法性(本案前の主張)
3 損害賠償請求の根拠法条及び民事特別法二条適用の問題点
4 違法性の判断基準
5 瑕疵(違法性)の不存在
5の1 侵害行為の有無、程度
5の2 被侵害利益の有無、程度
5の3 本件飛行場の公共性
5の4 地域性の法理及び危険への接近の法理
5の5 騒音対策
6 損害賠償請求についての問題点
7 消滅時効の抗弁
三 被告の主張に対する原告らの反論の要旨
1 統治行為論に対する反論
2 民事訴訟による本件差止請求の適法性
3 差止請求の趣旨の特定性
4 危険への接近の法理に対する反論
5 消滅時効に対する反論
第四 争点の概要
第三章 争点についての判断
第一 差止請求について
第二 損害賠償請求に係る訴えの適法性、被侵害利益及び根拠法条について
一 訴えの適法性について
二 損害賠償請求の被侵害利益について
1 人格権について
2 環境権について
3 平和的生存権について
三 損害賠償請求の根拠法条について
1 民事特別法二条について
2 その他の根拠法条について
第三 侵害行為
一 航空機騒音
1 はじめに
2 滑走路南西端付近及び北東端付近における航空機騒音自動測定結果
3 北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による検討
4 沖繩県環境白書による検討
5 株式会社アコーテックの騒音調査結果
6 当裁判所の検証の結果による検討
7 その他の騒音調査の結果
8 地上音
9 まとめ
二 航空機の墜落等の危険
三 振動、排気ガス
1 振動
2 排気ガス
第四 被害
一 総論
1 被害認定の基本的立場
2 騒音(航空機騒音)の一般的特色
二 生活妨害
1 原告らの訴え
2 他の飛行場での住民調査、騒音の影響についての学術研究等
3 考察
三 睡眠妨害
1 原告らの訴え
2 他の飛行場での住民調査、騒音の影響についての学術研究等
3 考察
四 精神的被害
1 原告らの訴え
2 本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等
3 考察
五 聴覚被害(聴力障害及び耳鳴り)
1 原告らの訴え
2 騒音の聴覚に与える影響についての学術研究等
3 本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等
4 考察
六 その他の健康被害
1 原告らの訴え
2 騒音の身体に与える影響についての学術研究等
3 本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等
4 考察
七 その他の被害
八 総括
第五 騒音対策
一 はじめに
二 周辺対策
1 概観
2 住宅防音工事の助成
3 移転補償措置
4 その他の周辺対策
5 周辺対策の効果
三 音源対策と運航対策
1 音源対策
2 運航対策
第六 違法性(受忍限度)
一 はじめに
二 公共性
三 環境基準
四 本件における受忍限度の基準値
第七 地域性の法理及び危険への接近の法理
一 地域性の法理
二 危険への接近の法理
第八 消滅時効
第九 将来の損害賠償請求に係る訴えの適法性
第一〇 被告の責任及び損害賠償額の算定
第一一 結論
(別紙目録)
第一次訴訟原告
照屋明
外六〇〇名
第二次訴訟原告
吉元光清
外三〇四名
第三次訴訟原告
松田カメ
第一次、第二次訴訟原告ら及び第三次訴訟原告訴訟代理人弁護士
池宮城紀夫
同
照屋寛徳
同
永吉盛元
同
島袋勝也
同
鈴木宣幸
第一次訴訟原告ら訴訟復代理人
第二次訴訟原告ら及び第三次訴訟原告訴訟代理人弁護士
松井忠義
同
佐井孝和
第一次及び第二次訴訟原告ら訴訟復代理人
第三次訴訟原告訴訟代理人弁護士
森下弘
同
國府泰道
同
辻口信良
第二次訴訟原告ら及び第三次訴訟原告訴訟代理人弁護士
福本富男
同
木村清志
同
岩田研二郎
同
梅田章二
第三次訴訟原告訴訟代理人弁護士
吉岡良治
同
村本武志
第一次、第二次訴訟原告ら及び第三次訴訟原告訴訟復代理人弁護士
森信雄
同
福森亮二
同
丹波雅雄
同
神谷誠人
同
青木佳史
同
秋田仁志
同
秋田真志
同
榎本信行
同
中杉喜代司
同
岡部玲子
同
内田省司
同
橋本明夫
第一次及び第二次訴訟原告ら訴訟復代理人弁護士
西村健
同
野村克則
同
野村侃靭
同
関島保雄
同
井口克彦
同
奥村回
第二次訴訟原告ら訴訟復代理人弁護士
岩城本臣
同
横内勝次
被告
国
右代表者法務大臣
三ケ月章
右指定代理人
加藤昭
外二四名
主文
一 原告らの訴えのうち、平成四年一二月四日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生じるとする将来の損害の賠償を求める部分を却下する。
二 原告らの航空機の離着陸等の差止め及び航空機騒音の到達の差止めを求める請求をいずれも棄却する。
三 被告は、別紙第二「損害賠償額一覧表」中の「原告氏名」欄記載の各原告に対し、
1 同表中の各原告に対応する「損害賠償額(合計)」欄記載の金員、
2 同「A期間賠償額」欄記載の金員に対する第一次訴訟原告については昭和五七年三月一二日から、第二次訴訟原告については昭和五八年三月一五日から、第三次訴訟原告については昭和六一年度一〇月一九日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員、
3 同「B期間賠償額」欄記載の金員に対する平成四年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
四 原告らの平成四年一二月三日までに生じたとする損害の賠償請求につき、第三項記載の原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、第一次、第二次及び第三次訴訟を通じ、第三項記載の原告らと被告との間に生じたものについては、これを二分し、その一を右原告らの、その余を被告の各負担とし、その余の原告らと被告との間に生じたものについては、全部その余の原告らの負担とする。
六 この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
(用語解説)
本判決中で使用した騒音の単位の意味内容は、次のとおりである。
一ホン、デシベル(dB)
騒音計によって測定した騒音レベル(音の強さのレベル)の単位。騒音計には、A、B、Cの三つの聴感補正回路があり、A回路は比較的人間の聴感に近い傾向にある。ホンとはA回路で測定した場合のみに用い、デシベルを用いるときは、どの回路で測定したかを明らかにするためデシベルの後にその回路の名称を付しておくのが普通である(本文中では、この単位について、適宜「ホン」、「デシベル」、「dB」あるいは後二者については特性を付して「デシベル(A)」、「dB(A)」と表示する。)。
二フォーン(Phon)
周波数一〇〇〇ヘルツを標準とし、フレッチャー―マンソンの等感曲線で感覚補正をした音の大きさのレベルの単位。
三PNデシベル
航空機騒音をホンで測定したとき、機種によってはうるささの感覚を十分に反映していないことが注目されるようになり、耳のうるささを考慮に入れた騒音レベルとしてPNL(Per-ceived Noise Level)が提案された。その単位がPNデシベルである。PNLは、音のピークレベルを分析し、noyという単位を用いて算出するものであるが、一般に、ジェット機騒音については、ホンに一三を加えた数値にほぼ等しいものとされる。
四WECPNL(Weighted Equivalent Continuous Perceived Noise Level)
ICAO(国際民間航空機構)によって提唱された航空機騒音の評価の単位。ある期間(通常一日)に観測されるすべての航空機について、まず一機ずつの騒音量を測定し、これに基づいて全航空機による騒音量を時間ごと(通常一時間ごと)にパワー平均し、これに時間帯や季節を考慮した一定の補正を施したものである。わが国の環境基準等で採用されているWECPNLの算出方法は本文中に記載した(本文中では、この単位について、適宜「WECPNL」、「WECPNL値」、「W値」といった呼称により表示する。)。
なお、パワー平均とは、デシベル単位で表された数値の平均を求める場合に、単純に算術平均するのではなく、デシベル値をいったんパワーに換算してその平均をとり、その値を再びデシベル値に換算することをいう。
五NNI(Noise and Number Index)
主として英国において使用されてきた航空機騒音の評価単位。航空機騒音のような断続音のやかましさは、その発生頻度に関係することから、これを考慮して騒音を評価するもの。WECPNLのような時間帯による補正はされていない。
たとえば、WECPNL七〇及び七五に相当するピークレベルのパワー平均及びNNIは次の表のとおりである(ただし、夕方(午後七時から午後一〇時まで)の運航回数比を二〇パーセントとし、夜間(午後一〇時から翌午前七時まで)の運航回数を0として計算したもの。)。
WECPNL
機数
ピークレベルの
パワー平均
NNI
七〇
二五
八一デシベル(A)
35
五〇
七八
36.5
一〇〇
七五
38
二〇〇
七二
39.5
三〇〇
七〇
40.5
七五
二五
八六
40
五〇
八三
41.5
一〇〇
八〇
43
二〇〇
七七
44.5
三〇〇
七五
45.5
六Leq(等価騒音レベル)
普通の騒音(変動する騒音)を物理的にこれと同一のエネルギーを持ち、レベルが一定である定常騒音に置き換えた場合の騒音レベル。すなわち、パワー平均騒音レベルである。
七Ldn(昼夜平均等価騒音レベル)
環境騒音の評価のために、夜間の騒音を重くみて、夜間の等価騒音レベルに一〇デシベルを加えて求めた二四時間のLeq。
(略語表)
本判決において、条約、法律等の名称につき、本文中に特記するもののほかに次の略語を使用する。
条約、法律等の名称
略語
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和三五年条約第六号)
安保条約
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年条約第七号)
地位協定
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(昭和二七年法律第一二一号)
民事特別法
国家賠償法(昭和二二年法律第一二五号)
国賠法
防衛施設周辺の整備等に関する法律(昭和四一年法律第一三五号)
周辺整備法
防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律(昭和四九年法律第一〇一号)
生活環境整備法
第一章当事者の求めた裁判
第一請求の趣旨
一被告は、原告らのために、アメリカ合衆国軍隊をして、
1 嘉手納飛行場において、毎日午後七時から翌日午前七時までの間、一切の航空機を離着陸させてはならず、かつ、一切の航空機のエンジンを作動させてはならない。
2 嘉手納飛行場の使用により、毎日午前七時から午後七時までの間、原告らの居住地内に六五ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない。
二被告は、原告らに対し、
1 金一一五万円及びこれに対する第一次訴訟原告については昭和五七年三月一二日から、第二次訴訟原告については昭和五八年三月一五日から、第三次訴訟原告については昭和六一年一〇月一九日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員、
2 第一次訴訟原告については昭和五七年三月一二日から、第二次訴訟原告については昭和五八年三月一五日から、第三次訴訟原告については昭和六一年一〇月一九日から、いずれも平成四年一二月三日まで、一か月金三万三〇〇〇円及びこれに対する平成四年一二月四日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員、
3 平成四年一二月四日から、第一項1及び2の履行済みまで、当該月末限り一か月金三万三〇〇〇円及びこれに対する当該月の翌月一日から支払済みまで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
三訴訟費用は被告の負担とする。
四仮執行宣言
第二請求の趣旨に対する答弁
一本案前の答弁
1 原告らの訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
二本案の答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二章事案の概要
第一事案の要旨
本件は、嘉手納飛行場(以下「本件飛行場」という。)周辺の住民九〇七名が、本件飛行場を安保条約及び地位協定によってアメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)に提供している被告国に対し、航空機騒音による被害を主たる理由として、人格権、環境権及び平和的生存権に基づき、夜間における航空機の離着陸等の差止め及び昼間における原告らの居住地内への六五ホンを超える航空機騒音の到達の差止め(以下、あわせて「本件差止請求」という。)と、民事特別法一条、二条、国賠法一条、二条に基づき、過去及び将来の損害賠償(以下「本件損害賠償請求」ともいう。)を求めた事案である。なお、附帯請求は、本件不法行為後の日である各請求の趣旨所定の日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求である。
第二主要な争点の前提となる事実
一本件飛行場の概要
1 本件飛行場の現況
本件飛行場は、那覇市から北へ約二〇キロメートルの沖縄本島中部に位置し、沖縄市、嘉手納町、北谷町の三市町にまたがり、別紙第三「嘉手納飛行場提供施設区域図」のとおりの区域からなる総面積約一九九八平方メートルの広大な米軍基地である。本件飛行場には、その北側部分に、長さ約三七〇〇メートル、幅約九〇メートルの滑走路(これに接続して西に約三〇〇メートルのオーバーラン部分が設けられている。)とその南側に位置する長さ約三七〇〇メートル、幅約六〇メートルの滑走路(これに接続して東西にそれぞれ約三〇〇メートルのオーバーラン部分が設けられている。)、そしてこれに付帯する誘導路、駐機場、エンジン調整場、格納庫、整備施設等があり、南側部分には、司令部、兵舎、通信施設、住宅、学校、診療所等の施設が存する(争いのない事実。また。区域図について<書証番号略>、面積、滑走路の状況について<書証番号略>)。
2 本件飛行場の設置、管理の経緯
(一) 本件飛行場は、旧日本陸軍が昭和一八年九月に建設を開始し、昭和一九年九月に中飛行場として開設したものである(なお、当時の飛行場の規模は、長さ約一〇〇〇メートルの滑走路一本を有するものであった。)が、昭和二〇年四月沖縄本島に上陸した米軍がこれを占領し、整備拡張して使用するようになったものである。
(二) 戦後、沖縄県は、昭和二一年一月二九日付け連合国最高司令官総司令部の「若干の外郭地域を政治上、行政上日本から分離することに関する覚書」(<書証番号略>)によって、本土から政治上、行政上分離され、さらに、昭和二七年四月二八日発効の「日本国との平和条約」三条によって、アメリカ合衆国の施政権下に置かれることになり、このような経過で、本件飛行場も同国が管理することとなった。
(三) 沖縄は、昭和四七年五月一五日、同日発効の「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」によってわが国に復帰した。これに先立ち、被告国は「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律(昭和四六年法律第一三二号)」(後に、「沖繩県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特別措置法(昭和五二年法律第四〇号)」付則六項によって、使用期間を、前記法律の施行の日から起算して五年を超えない期間から一〇年を超えない期間と改める旨改正された。)により本件飛行場の使用権原を取得したうえ、本土復帰に伴い、本件飛行場を安保条約六条及び地位協定二条一項(a)による施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供し、同国が地位協定三条一項に基づき、運営、管理し、航空機の運航等に使用するようになった。本件飛行場は、右提供の際、旧「嘉手納飛行場」、「キャンプ・サンソネ」及び「陸軍住宅地区」が統合され、現在の「FAC―六〇三七嘉手納飛行場」となっている。なお、現在、被告国は、本件飛行場のうち、国有地となっている部分以外の土地について、それら土地を所有している県、市町村、私人らと賃貸借契約を結ぶか、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(昭和二七年法律第一四〇号)」に基づく使用をするなどして、それら土地の使用権原を取得し、これをアメリカ合衆国に提供している。
(以上、<書証番号略>、証人佐久川政一、弁論の全趣旨)
3 本件飛行場の基地機能の変遷
(一) 本件飛行場は、昭和二〇年四月の米軍占領後、第三一六爆撃飛行隊が使用するようになったが、昭和二五年六月の朝鮮戦争の勃発に伴い、グァム島のアンダーソン基地から第一九爆撃飛行群、フロリダ州のマクディル基地から第三〇七飛行群がそれぞれ本件飛行場に移動し、昭和二八年七月の朝鮮戦争休戦協定成立まで同戦争のための爆撃部隊の基地として使用された。
(二) その後、昭和二九年一一月には、第一八戦闘爆撃航空団(後の第一八戦術戦闘航空団)が韓国から本件飛行場に移動してきた。
昭和三〇年、沖縄の空軍部隊を統括していた第二〇空軍に代わり、第三一三航空師団が編成された。その主力は、前記第一八戦術戦闘航空団である。
(三) 本件飛行場は、逐次基地機能が拡大強化され、昭和四二年五月ころには二本の滑走路が完成し、ベトナム戦争当時は、出撃、補給中継基地として重要な役割を果たした。なお、昭和四三年から昭和四五年にかけてB―五二戦略爆撃機が常駐している。また、昭和四五年には、空中給油等を行う第三七六戦略航空団も本件飛行場を使用するようになった。
(四) 昭和五四年から昭和五六年にかけて、それまでの主力戦闘機F―四ファントム戦闘機に代わり、F―一五イーグル戦闘機が配備され、昭和五五年にはE―三A空中早期警戒管制機が配備された。
(五) 平成三年には、フィリピンのクラーク基地の閉鎖に伴い第三五三特殊作戦航空団と航空機C―一三〇並びに輸送空軍と航空機C―一二が、本件飛行場に移動してきている。
(六) 現在は、横田基地にある第五空軍のき下の第一八航空団(平成三年一〇月第三一三航空師団と第三七六戦略航空団が統合され第一八航空団となった。)が管理し、F―一五イーグル戦闘機、KC―一三五空中給油機、E―三A空中早期警戒管制機、P―三C対潜哨戒機、HC―一三〇救難輸送機及びHH―三救難ヘリコプター等多数の航空機が常駐し、戦闘支援、空中給油、偵察、航空管制、通信、救難、物資及び旅客の輸送等を主な任務として、空軍を中心に海軍及び海兵隊等が共同使用する米軍の東アジア地域における重要基地となっている。
(以上、<書証番号略>、弁論の全趣旨)
二原告らの居住関係
原告らの大半は、本件飛行場周辺につき昭和五八年三月一〇日までに防衛施設庁が告示した生活環境整備法四条所定の第一主区域内に現に居住しているか又は以前に居住していたものである(<書証番号略>)。原告らの主張する居住関係(居住地、居住開始・終了時期、居住地に係る生活環境整備法上の区域指定におけるWECPNL値等)の詳細は、別紙第四「原告ら居住地等一覧表」記載のとおりであり、これについての被告の認否は、別紙第五「原告ら居住地等一覧表に対する認否」記載のとおりである。以上の事項のうち一部争いのある部分についての判断は、後記第三章の第一〇「被告の責任及び損害賠償額の算定」三で示す。
第三当事者の主張の要旨
一原告らの主張の要旨
1 侵害行為
(一) 航空機騒音
(1) 米軍は、第二次世界大戦終了後今日に至るまで本件飛行場を継続使用してきたが、この間、原告らを含む本件飛行場周辺地域住民は、航空機の離着陸や飛行演習等によってもたらされる騒音(なお、原告らは、その被っている騒音の程度が非常に激しいものであるとの趣旨から、その準備書面においては、一貫して「爆音」の語を用いている。)に日夜さらされてきた。
騒音の発生源となっている航空機は、前記第二の一3「本件飛行場の基地機能の変遷」記載のとおりの最新鋭の軍用機であり、これら航空機が離着陸する際に発生する騒音だけでなく、ジェット戦闘機が飛行高度を下げて滑走路へ向け飛来し、滑走路上空で急上昇しながら上空へ迂回していくタッチ・アンド・ゴー演習や、高速度低空で飛行場上空を通過していくフライト・パス演習の際の発生するものなどがある。
また、昼夜を問わず駐機場等で行われる航空機のエンジンテストによって発生する騒音や、航空機の移動や飛行前のエンジン調整(ウォーミングアップ)に伴って発生する騒音等のいわゆる地上音もある。
(2) 右の騒音については、本訴提起前から現在に至るまで、自治体等によって各種の騒音調査が行われている。
これをみると、たとえば北谷町字砂辺、嘉手納町字屋良といった本件飛行場に近接した地域では六〇ホンを超える騒音が日に数時間も持続し、九〇ホンを超える騒音も日に数十回以上発生し、時には一一〇ホン以上にも達するといった激しい騒音にさらされており、夜間や早朝の騒音の発生回数も非常に大きい。
また、沖縄県が昭和五三年以降、継続して、原告らが居住する地域を含む本件飛行場周辺の多数の地点において、年間を通じ、あるいは毎年一週間程度の期間行ってきた測定の結果をみると、このような騒音は、程度の差こそあるものの原告らの居住する地域の全域にわたって発生しており、七〇ホン以上の騒音の発生が一日一〇〇回ないし二〇〇回にものぼる日があり、九〇ホン以上の騒音も毎日のように記録されている。そして、その年次的な推移をみても、騒音の程度は低減していないばかりか、横ばいもしくは激化ぎみでさえある。騒音発生の態様についてみると、前記と同じく深夜、早朝の割合が大きいこと、騒音が集中して発生する日があることが際立った特徴である。
(3) 地上音
原告ら周辺住民は、単に離着陸時あるいは飛行時に航空機の発する騒音に悩まされるだけではなく、前記(1)記載のような地上音によっても大きな苦痛を与えられている。ことにこの騒音の場合には、一過性の音と異なり比較的長時間にわたって継続するため住民に多大な苦痛を与えているという面があり、また、早朝ないし夜間に行われることが多いため、被害感情も極めて大きいものである。
なお、現在では、米軍及び被告によってエンジン用等の減音器が本件飛行場内に設置されている。しかしながら、右減音器は航空機の振動や飛行前のエンジン調整に伴う地上音を低減するものではないうえ、エンジンテストの騒音も、右減音器を使用することによって完全になくなるわけではないし、エンジンテスト場以外の場所での減音器を用しないエンジンテストも引き続き行われているところである。
(二) 航空機の墜落等の危険
本件飛行場に配備された航空機の墜落事故や飛行中の航空機からの落下物による事故が続発しており、数例をあげると次のとおりである。
(1) 墜落事故
ア 昭和三四年六月三〇日午前一〇時四〇分ころ、訓練のため本件飛行場を飛び立ったジェット戦闘機が、離陸直後に火を吹き、石川市の宮森小学校に墜落し、六教室を全焼するとともに、授業中の児童一一名を死亡させ、周辺民家も焼失して、住民一七名が死亡、多数の児童と住民が負傷した大惨事は、今なお原告らを含む沖縄県民の記憶の中にとどめられている。
イ 昭和三六年一二月七日、具志川市川崎の民家にF―一〇〇D戦闘機が墜落し、住民二名が死亡し、原告金城善孝(原告番号四四五)ら四名が負傷した。
ウ 昭和三七年一二月二〇日、KB―五〇米軍給油機が嘉手納町屋良の普久原朝真宅に墜落炎上し、住民二名が死亡し、八名が重軽症を負い、住宅三戸が全焼するという被害を与えた。
エ 昭和四〇年六月一九日、読谷村で、棚原隆子ちゃん(小学五年生)が自宅庭で遊んでいたところ、パラシュートで落下してきたトレーラーにより圧死した。
オ 昭和四一年五月一九日、嘉手納町でKC―一三五空中給油機が県道七四号線に墜落し、付近道路を乗用車で走行中の嘉手納町民一名が死亡した。
カ 昭和四三年一一月一九日午前四時一八分ころ、戦略爆撃機B―五二が、本件飛行場を離陸直後に墜落した。墜落と同時に十数回の大爆発が起こり、滑走路に隣接する県道一六号線沿いの知花弾薬集積所付近の原野は火の海となり、近接する屋良部落をはじめとする嘉手納町内の民間住宅は爆風によって窓ガラスが粉々にくだけ、あるいは壁にガラス片が突き刺さったりし、多数の住民が負傷した。
本土復帰後にも、前記のように大きな死傷事故こそないものの、多数の墜落事故が発生しており、その中には、民家や道路のすぐ近くに航空機が墜落するなど、一歩誤れば大惨事ともなりかねないものがある。
(2) 落下物事故
本件飛行場周辺においては、航空機の墜落事故以外に、本件飛行場に離着陸する航空機から発煙筒、燃料タンク等が落下する事故がたびたび発生している。
(3) 航空機の墜落等の危険による騒音への影響
本件飛行場に離着陸する航空機の飛行回数は、昭和五三年当時において月一万回、一日平均三三〇回とされているところ、それらの航空機は、いずれも原告ら多数の住民が居住する広範な住宅地域の上空を飛行しており、原告ら周辺住民は、日常的に航空機の墜落、爆発による大惨事の恐怖におびやかされ、かつ生命の危険にさらされるという恐怖の環境におかれている。
そのうえ、本件飛行場周辺には、嘉手納弾薬庫、貯油タンク等があり、それらに航空機が墜落すれば、爆発、炎上を起こし、大惨事を招く危険性がある。
このような危険性を有している飛行機の騒音が、本件飛行場周辺の住民に対して不安感や嫌悪感を与え、より一層これを「好ましくない音」と感じさせているのである。
(三) 振動、排気ガス
本件飛行場に離着陸する航空機ことにジェット機は、原告らの居住する家屋上空を飛来する際に強い振動を引き起こす。特に、低空での旋回飛行等の際の振動は極めて大きい。
また、本件飛行場を使用する航空機はその離着陸及びエンジンテスト等の際に大量の排気ガスを周辺にまき散らしている。
(四) その他基地公害と騒音への影響
原告らが居住する沖縄本島の中部地域には、本件飛行場をはじめとして多数の米軍施設が存在し、広大な面積を占めており、原告らは、これらの米軍施設からも、次のような様々な迷惑を被っている。
(1) 右地域には、本件飛行場のほかにも、読谷補助飛行場及び普天間飛行場が存在し、これらの飛行場に運航する航空機によっても、騒音、墜落及び落下物事故の危険等が発生している。
(2) 米軍の演習に伴い、演習場近辺で地元住民に対する人身事故や山火事が発生したり、水源地が汚染されたりしたことがある。
(3) 嘉手納弾薬庫地区でガス漏れ事故が発生したことがある。
(4) 米軍人及び軍属による犯罪が多発し、付近住民に不安を与えている。
(5) 本件飛行場等の米軍施設に送油するためパイプラインが敷設されているところ、それらのパイプラインからの石油の流出によって、川や井戸が汚染されるなどの事故が発生したことがある。
(6) 米軍施設からし尿、廃油、洗浄液、廃液等が流出する汚染事故が発生している。
(7) 米軍施設への弾薬等危険物の搬送によって近隣住民に不安を与えている。
以上のように、原告ら沖縄本島の中部地域住民は、本件飛行場を含む多数の米軍施設の存在によって様々な迷惑を被っており、これらによる被害感情が本件航空機騒音等による不快感、嫌悪感を一層増大させているものである。
原告らは、本訴において、これらを独立の侵害行為及び被害として請求するものではないが、こうした様々な米軍基地による害悪の存在をもって、本件飛行場に運航する航空機による騒音等の侵害行為及びかかる騒音等による原告らの被害の各性質、程度並びに本件飛行場の反公共性に関わる事実関係として主張するものである。
2 被害
(一) はじめに
原告らの居住する本件飛行場周辺地域には、本件飛行場をはじめとする広大な米軍基地が存在し、原告ら住民は、残された狹隘な土地にひしめきあうように居住しており、また、基地のために地域開発も阻害され、そのことだけでも悪化した環境に置かれているものである。そのうえ、本件飛行場に離着陸する航空機による騒音や航空機の墜落の危険等によって一層劣悪な環境のもとでの生活を強いられている。このことによって、原告ら周辺住民は、生活全般にわたる甚大な精神的、肉体的被害、あるいは日常生活の妨害など広範囲にわたる生活環境の破壊による被害を被っており、快適な環境で人たるに価する文化的な生活を営む権利(人格権、環境権、平和的生存権)を著しく侵害されている。
(二) 健康被害
航空機の発する強大かつ異常な騒音は、人間の聴力を一時的に低下させるにとどまらず、騒音が常態化することによって慢性的な難聴をもたらす。原告らの中には難聴や耳鳴りを訴える者が多く、また、頭痛、めまい、肩こり、疲労等の症状をはじめとして、高血圧、心悸亢進、食欲不振、胃腸障害等、心臓血管系、呼吸器系、消化器系等の障害を訴える者が少なくない。
加えて、夜間や深夜、あるいは早朝における飛行やエンジン調整音による睡眠妨害は筆舌に尽くし難く、疲労や病気の回復を妨げるのみならず、ストレス作因となって他の疾病を誘発し、原告らの健康に対し著しい影響を及ぼしている。
また、たとえ右のような身体的被害が明らかでない場合でも、強大な騒音に長年にわたり日夜悩まされ、航空機等の墜落事故におびえ、生活環境が著しく破壊されていることに対する不快感や焦燥感は、原告らのほとんどの者が訴えており、これにより神経過敏やその他の精神神経症状を訴える者さえいる。
騒音による被害のうち、聴覚以外の身体に対する影響は、精神的、心理的ストレスによる二次的被害である。しかしながら、騒音がストレスとなって各種の生理的反応が発現し、胃腸、循環器、妊娠等に病的影響を及ぼす可能性があることは否定しえないところであり、かかる身体的被害、精神的影響はおのおのが相互に不可分に関連し合っており、次のような多様かつ広範な被害を形成している。
(1) 難聴、耳鳴り
原告ら本件飛行場周辺住民は、頭上に飛来する航空機の異常な騒音等により、一時的聴力損失の被害を被り、さらに、航空機騒音に長時間暴露されることによって、騒音性難聴となるなどの聴力損失の被害を受ける者がある。また、原告らのうちには、耳鳴りを訴える者も少なくない。
(2) 頭痛、肩こり、目まい、疲労等
航空機による強大な騒音、振動等は、単なる不快感を超えて、頭痛、肩こり、目まい、疲労等の原因となるものである。原告らのうちには、これらの諸症状を訴え、常時頭痛薬等の薬を服用する者がいる。
(3) 高血圧、心臓の動悸等
騒音による精神的、心理的ストレスが、血圧や心臓等の循環器系の機能に大きな影響を与えることは医学的に明らかであり、原告らは、航空機騒音等により、高血圧、心臓の動悸等の被害を被っている。
(4) 胃腸障害
騒音によるストレスは、消化器系障害をもたらす。原告らは、航空機騒音等により、食欲不振、神経性の胃腸障害等の被害を被っている。
(5) 生殖機能等の障害
事柄の性質上その被害のすべてを網羅することは困難であるが、騒音によるストレスが生殖機能に重大な支障をもたらすことはこれまでの研究成果によって明らかであり、女性に対して、航空機騒音による生理不順や早産、流産の被害が発生する可能性が存在するし、一般的にいって、妊産婦や胎児に対する影響が免れない。
(6) 乳児、幼児、児童生徒への影響
身体、精神のいずれの面においても未発達の段階にあり環境に対する適応能力が十分でない乳幼児等は、激しい航空機騒音等により、深刻な被害を被っている。たとえば、授乳中の乳児は、乳首を放す、寝ていても手足をばたつかせる、あるいは泣き出すといった反応を示し、幼児も、満足に睡眠がとれない、おびえて泣き叫ぶなどの生理的悪影響を被っている。さらに、航空機騒音にさらされ、身体面の成長が遅れるとともに、精神的にも多大の影響を受け、情緒不安定及び性格的に攻撃的傾向に陥るなどの被害を被っている。
(7) まとめ
原告らは、激しい航空機騒音等に暴露されることによって、聴覚障害のほか、前記のとおりの健康被害を被っている。これらの健康被害は、騒音が聴覚器のみならず呼吸器系、循環器系、内分泌系、血液等身体の各機能に影響を及ぼすことによるものであり、こうした騒音の影響は、ひいては、原告らの精神衛生、妊産婦や胎児や子供の健康の阻害にもつながっている。
(三) 睡眠妨害
原告ら本件飛行場周辺住民は、日夜ジェット機等の発する強大な航空機騒音等にさらされ、安らかに眠るというごく最低限の人間的要求すら踏みにじられている。すなわち、騒音による睡眠への影響は、本人が覚醒することなく騒音に気付かない場合であっても生じており、就眠を遅らせ、睡眠深度を浅くし、目覚めを早めさせるうえ、覚醒時の影響と異なり慣れが生じにくい。しかも四〇dB(A)という比較的軽微な騒音であっても睡眠は妨げられる。本件飛行場周辺における騒音は、夜間であっても八〇dB(A)を超え、あるいは一一〇dB(A)を超えることさえ少なくないのであるから、原告らの睡眠が妨害されていることは明白である。
そのうえ、本件飛行場は軍事空港であり、原告ら周辺住民はいつ航空機の離着陸、地上整備等が行われるかを知りえない。かような不安な状態に置かれることが、原告らの精神的緊張を一層高め安眠を妨げていることは経験則上明らかである。
また、夜間に稼動している労働者にとっては、昼間の静穏こそが安眠の重要な要素であるところ、これは完全に破壊されているといえる。そして、安眠ができないことは身体の休養ができないことを意味するから、人間生活の多方面に影響を与える。直接的な休養不足による身体の不調はいうまでもないが、これがいらいらをもたらし、家族関係をはじめとする人間関係にいらざる衝突を生ぜしめ、さらには疲労を進行させて業務や学習能率を低下させ、あるいは労災事故、交通事故の危険をも招くことになる。また、こうした睡眠不足による疲労の蓄積が各種の疾病を発生させる原因となっていくことはいうまでもない。
(四) 精神的被害
本件飛行場に離着陸するジェット機等は昼夜をわかたず一年中原告ら地域住民の頭上に飛来し、騒音をまき散らし、その騒音レベルは一一〇dB(A)を超えることさえ珍しくない。こうした騒音は、原告らに対し既述した様々な健康被害をもたらし、健康で文化的な生活をおびやかす敵対物であるから、原告らのうちで航空機の騒音等にいらいらや不快感を覚えない者はいない。
また、本件飛行場周辺は、他に例を見ないほど墜落、落下物事故等が続発していることは既述のとおりであり、原告らは、常時、墜落や落下物事故等の恐怖におびえ続けている。
このように、原告らが日夜受けているいらいら、不快感、恐怖感等の情緒的被害は、まさに原告らの健康で文化的な生存の基本をおびやかす深刻かつ重大な被害である。そして、かかる情緒的被害は、さらに、精神的ストレスとなって、ノイローゼ、神経衰弱その他の精神神経症状を引き起こすなどの身体的影響を惹起し、それがまたフィードバックして情緒的被害を増大させるという悪循環を招来している。
(五) 生活妨害
原告ら本件飛行場周辺地域住民は、強大かつ異常な騒音等によって、日常生活全般にわたって被害を被っている。
人間の生活に不可欠な家庭生活の団らんの破壊、会話や電話の妨害、ラジオ・テレビ・レコード等の視聴妨害、思考中断、読書妨害、作業能率の低下等枚挙にいとまがないほどである。これを具体的に述べれば次のとおりである。
(1) 会話妨害
騒音による会話妨害の機序としては、話者の発生音の明瞭度の低下、聴者の了解度の低下、意思疎通の困難による精神的影響(いらいら、不快感等)があるが、本件飛行場周辺においては、家庭、職場及び学校で会話が中断を余儀なくされ、電話の通話が重大な妨害を受け、ときには住民達の地声そのものが大きくなってしまうなど、意思疎通に支障をきたし、人間関係に回復し難い悪影響を及ぼしている。
(2) テレビ・ラジオの視聴妨害
原告らは、本件飛行場に起因する航空機の騒音等により、現代人の生活の重要な一部をなしているテレビ・ラジオの視聴を妨害され、国民として通常得られるべき娯楽や報道が得られず、教育番組を利用できないだけでなく、それによって家庭生活自体がとげとげしい雰囲気になることさえある。
(3) 趣味生活の妨害
現代人にとって豊かな趣味を持つことにより貴重な余暇を充実させることは、その精神生活上必要不可欠なことであるが、原告らは、航空機騒音等により、音楽鑑賞や楽器演奏、無線通信等の趣味が困難となるだけでなく、精神の集中が妨げられることにより、読書や編物、スポーツ等の様々な趣味生活の妨害を受けている。
(4) 家庭生活の破壊
航空機騒音は、家庭生活における会話をしばしば中断し、これがため親子や夫婦間等において大声を発したり誤解を生じたり怒りやすくなったり他人にあたるなどの事態を招き、家庭内の緊張や不和の原因となっているが、このような状況の下で、原告らは穏やかな家族関係を形成し維持するのが困難となっている。
(5) 交通事故の危険性
本件飛行場周辺において、航空機の騒音等により、車のクラクションが聞こえない、あるいは運転者及び歩行者の注意力が妨げられるなどの事態がしばしば生じ、原告らは常に交通事故の危険にさらされている。
(6) 学習、思考妨害
騒音が集中力を妨げ、学習、読書等の思考力を要する作業を妨害することは経験則上明らかであるが、原告ら本件飛行場周辺地域住民は、知的作業を伴う仕事や趣味、勉学の面において、とりわけ子弟の受験勉強に際して重大な被害を受けている。
(7) 職業生活の妨害
本件飛行場周辺で職業生活を営む原告らは、航空機の騒音等のため、一方で意思伝達が不可能となることから、顧客や職場の同僚との会話及び電話に支障をきたすことによる営業上の損失、連絡ミスによる作業進行のストップ、労災事故の危険にさらされるとともに、他方で精神集中が妨げられることから、作業等の能率低下、研究、著述等の知的作業の停滞の被害を受け、生活手段の基盤がおびやかされている。
(六) その他の被害
(1) 落下物等による被害
原告らは、墜落、落下物事故の発生に遭遇したり、それらの報道に日常的に接しているため、騒音を聞くたびに墜落、落下の不安を抱かされている。特に、家屋内等にいるために飛行場が見えなくて、騒音の大きさから上空を飛行していると思われるときや、騒音の音質が突然に変化したときには、飛行機に異常が発生したのではないかと不安になり、思わず屋外に出て飛行状態を確認する者も少なくない。
このように、原告らは、常に、墜落、落下の不安、恐怖を抱いていることから、騒音そのものに対しても強い恐怖感を覚えている。
(2) 振動、排気ガス等による被害
原告らは、上空を飛来する航空機の振動により、家屋が震動し、壁、天井、窓ガラス等がひび割れ、はげ落ちるなどの家屋の損傷や、物が倒れる、建具のたてつけが悪くなるなどの被害を被っており、また、航空機の排気ガス等により洗濯物が汚損することがある。
(3) 地価の低下、家屋賃貸の困難
航空機騒音等のために、原告ら所有土地の価格が下落し、また、所有家屋の賃借人を求めるのに困難を生じたり、賃料の額に影響が生じるなどの被害を受けている。
(4) 療養生活の妨害
航空機騒音等によるストレス及びこれに起因する不眠、疲労等は、身体の抵抗力の低下をもたらし、かぜ、頭痛、心臓疾患、胃腸障害等の諸種の病気の治療を妨げ、療養中の原告らにとって最も大切な安静を奪うとともに、症状を悪化させ、時には新しい疾病を引き起こす。
(5) 教育環境の破壊
騒音が、会話、音楽鑑賞、思考、学習を中断する限り、学校教育及び保育を妨害することは当然の事理である。原告らの多くは学齢期にある子弟を養育したことがあり、または現にしているわけであるが、航空機の騒音等により、これらの子弟が受けている授業及び保育は、しばしば聴取が妨害されて中断されるとともに、注意の集中が乱され、思考、記憶、判断等の精神作業が妨げられ、さらに園児、児童生徒だけでなく教師、保母等の教育や保育に対する意欲や情熱が減退することにより、まさに教育が破壊されている。
原告らの多くは、居住地域内の学校に子弟を通学させているが、各学校では、騒音によってしばしば授業が中断され、そのために授業効果は著しく減殺されている。子供らの授業に対する集中力は減退し、思考力も低下し、精神的情緒不安やいらいらが著明で、被害は甚大である。原告らは、親として、子弟を静かな教育環境でより良き人間に育てていく責任を負っているのであるが、騒音等による教育環境の破壊がそれを不可能としている。
(6) 地域自治、経済的、社会的環境の破壊
本件飛行場は、沖縄本島の中部地域のほぼ中央部に広大な面積を占め、その存在が周辺自治体の都市形成、産業の振興、交通、土地利用の重大な制約となって、これにより、中部経済圏としての有機物かつ統一的な地域開発を阻害され、原告ら住民は、より良き経済的、社会的環境を享受する機会を奪われている。
3 侵害行為の違法性
(一) 受忍限度論の誤り
(1) 受忍限度論批判
人格権及び環境権は、歯止めなき利益衡量に帰結しかねない受忍限度論に対する深刻な反省から、人の生存等を守るために生成し、成熟してきた権利である。したがって、人格権、環境権の侵害についての違法性の判断にあたっては、あくまで、被害が発生したか否か、すなわち、人格的侵害、環境権の侵害の事実があったか否かのみが判断されるべきであり、右権利の侵害があれば、他に正当な違法性阻却事由がない限りは、ただちに差止め及び損害賠償が認められなければならない。けだし、人格権又は人格的利益に対する侵害は、いったんこれが発生すると容易に回復し難いかまたは他のものによっては代替し若しくは補いえないという意味で絶対的損失というべき性質のものであって、これらの侵害が発生した場合には、ただちにその侵害行為を除去する以外には絶対的損失の可及的防止は図りえないからである。
また、公害は、人類に与えられたかけがえのない自然環境や生命、健康に対する侵害であり、環境に対する権利は万人の共有するものであるから、被害の存在のみによって違法性を認めるべきであり、侵害行為の態様(公共性、防止措置、先住性等)は一切考慮すべきではない。
したがって、人格権又は人格的利益に対する侵害は、他の諸要素との比較衡量をまつまでもなく、ただちに違法と断じられなければならない。
ことに、本件にあっては、本件飛行場から発生する騒音によって聴力損失等の健康被害が発生し、又は発生する危険性が認められるのであるから、このような健康被害又はその危険性を原告らに受忍すべきことを正当化する法理論は存在しうべくもないことは明らかである。
すなわち、これらの権利が侵害されたことを理由とする損害賠償請求における違法性を判断するにあたり、受忍限度論を用いるべきでないことは明らかであるし、差止請求についても、最低限、健康被害又はその危険性が生じ、又は生じるおそれのある場合には同様のことがいえるからである。
(2) 受忍限度の考慮要素について
仮に、差止めの場面においては、他の諸要素との比較衡量によって違法性を判断すべきであるとの受忍限度論の立場に立ったとしても、その最も主要な判断要素は被侵害利益であり、公共性等の諸要素は、単に違法性の減殺事由にすぎないと考えるべきである。
ところで、公共性を考慮するにあたっては、当該施設または役務が民主的かつ適法、適正な手段によって設置、管理、施行されていることが、その当然の前提となっている。けだし、違法な、あるい非民主的な手続によって設置されたものには共通の損失(瑕疵)が認められこそすれ、共通の利益(便益)であるところの「公共性」を認めることはできないからである。
しかるに、本件飛行場は、いわゆる「銃剣とブルドーザー」という表現に象徴されるように、米軍の占領下において、違法に設置、管理されてきたものであり、沖縄の本土復帰時以降も、その違憲性、違法性が承継されたまま今日に至っているのであって、現在もなお、本件飛行場には、その設置手続の違憲性、違法性が存したままなのである。
したがって、本件飛行場の設置、管理については、違憲性、違法性、すなわち反公共性が認められこそすれ、公共性が認められることは決してない。
(二) 環境基準制定の経過とその規範性
(1) 環境基準の制定経過
昭和四二年八月三日、公害対策基本法が制定され、同九条によって政府が環境基準を制定することが要求された。
これを受けて、政府は、昭和四六年五月二五日閣議決定により「騒音に係る環境基準」を設定した。右「騒音に係る環境基準」は、
ア 特に静謐を要する地域
昼間四五ホン(A)以下、朝夕四〇ホン(A)以下、夜間三五ホン(A)以下
イ 主として住居の用に供される地域
昼間五〇ホン(A)以下、朝夕四五ホン(A)以下、夜間四〇ホン(A)以下
ウ 相当数の居住と併せて商業、工業等の用に供される地域
昼間六〇ホン(A)以下、朝夕五五ホン(A)以下、夜間五〇ホン(A)以下
エ 道路に面した地域
右の一部につき、更に五ないし一〇ホン(A)の範囲で緩和される、
というものであった。
次いで、昭和四六年九月二七日、環境庁長官は、中央公害対策審議会に対して、航空機騒音等特殊騒音に係る環境基準の設定について諮問し、右諮問を受けた同審議会は、その分科会である騒音振動部会特殊騒音専門委員会(以下、原告ら主張においては、「特殊騒音専門委員会」という。)に答申案を検討させ、昭和四六年一二月一八日、その結果の報告を受けた。右報告は、①夜間特に深夜における航空機の発着回数を制限し、静穏の保持を図るものとする、②空港周辺において、航空機騒音が、一日の飛行回数を一〇〇機から二〇〇機として、ピークレベルのパワー平均で九〇ホン(A)(これはWECPNLの八五、NNIの五五に相当する。)以上に相当する地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずるものとすることとしている。
中央公害対策審議会は、右報告を受けて、昭和四六年一二月二七日、環境庁長官に対して、主として東京及び大阪両国際空港周辺地域における航空機騒音被害に対処するため、WECPNL八五以上の地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずべきである旨の答申をなし、環境庁長官は、翌二八日、運輸大臣に対し、同旨の勧告をした。
さらに、昭和四八年四月一二日、特殊騒音専門委員会は、航空機騒音に係る環境基準について、環境基準の指針値はWECPNL七〇以下とする(ただし、商工業の用に供される地域においては、WECPNL七五以下とする。)旨報告した。
中央公害対策審議会は、右報告を受けて、昭和四八年一二月六日、環境庁長官に対し、ほぼ同旨(ただし、地域類型については、Ⅰ、Ⅱの二種類に分けた。)の答申をし、さらに、環境庁長官は、昭和四八年一二月二七日、右答申と同旨のいわゆる「昭和四八年環境基準」を告知した。
「昭和四八年環境基準」は、専ら住居の用に供される地域(類型Ⅰ)においてはWECPNL七〇以下、類型Ⅰ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(類型Ⅱ)においてはWECPNL七五以下を基準値として定め、ただ、飛行場の区分に応じて達成期間に差異を設けた。
なお、沖縄県知事は、昭和六三年二月一六日、ようやく前記類型Ⅰ及び類型Ⅱの地域を指定した。
(2) 特殊騒音専門委員会は、右昭和四八年四月一二日の報告において、横田、大阪、ロンドン空港周辺における地域のNNIと住民被害との関係についての調査結果等を援用して、「NNIでおおむね三〇ないし四〇以下であれば航空機騒音による日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんどあらわれない。また、各国における建築制限等、土地利用が制約される基準はこの値を相当うわまわっている。したがって、環境基準の指針値としては、その中間値NNI三五以下であることが望ましい。しかし、他方、航空機騒音については、その影響が広範囲に及ぶこと、技術的に騒音を低減することが困難であることその他輸送の国際性、安全性等の事情があるので、これらの点を総合的に勘案し、航空機騒音の環境基準としては、WECPNL七〇以下とすることが適当であると判断される。WECPNL七〇は機数二〇〇機の場合ほぼNNI四〇に相当し、二五機の場合NNI三五に相当する」旨結論づけている。
このように、特殊騒音専門委員会は、環境基準値として「日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんどあらわれない」値であるNNI三〇ないし四〇の中間値であるNNI三五以下が望ましいと考えたが、技術的に騒音を低減することが困難であることその他輸送の国際性や安全性等も考慮に入れて、前記の上限であるNNI四〇以下に環境基準値を引上げ、機数二〇〇機の場合のNNI四〇に相当するWECPNL七〇以下を環境基準値としたのである。
また、騒音に暴露されている地域の住民らの被害の訴えは、おおむね、聴取妨害、知的作業妨害、睡眠妨害、心理的被害という点において共通しており、各種アンケート調査の結果によれば、NNI四〇台ともなれば、右被害は相当深刻なものになるといいうることが実証されている。
したがって、特殊騒音専門委員会は、NNI四〇に相当するWECPNL七〇の値を超えれば、「日常生活の妨害、住民の苦情等が現れる」ことを前提として認めていたのである。
(3) WECPNL八五を超えた場合の被害の状況
特殊騒音専門委員会は、前記のとおり、昭和四六年に環境庁長官の諮問に対する答申において、WECPNL八五以上に相当する地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずべき旨を報告したが、その理由は、横田、大阪及びロンドン空港において、NNI五五(機数が一〇〇機から二〇〇機の場合には、WECPNL八五に相当する。)の地域では、会話、電話、テレビ等の聴取妨害の訴え率八〇ないし九〇パーセント以上、読書、思考等の妨害の訴え率七〇パーセント以上、情緒的影響の訴え率九〇パーセント以上となっており、フランス、オランダでも同様の傾向を示した、ということにあった。すなわち、WECPNL八五以上の地域では、全世界的に、ほとんどすべての者について、会話、電話、テレビ等の聴取妨害、読書、思考等の妨害、情緒的影響が認められたのである。
他方、EPA(アメリカ合衆国連邦環境保護庁)が昭和四九年に公表した資料は、ほとんどの人を五dB以上のPTS(永久的聴力損失)から保護するためには、WECPNLに換算すれば、WECPNL八五以下にすることが必要であるとした。
また、騒音影響調査研究会(担当者京都大学山本剛夫教授ら)が昭和四〇年代に実施した実験結果によれば、四〇〇〇ヘルツのTTS(一時的聴力損失)を生じるピークレベルの限界は七五ないし八〇ホンの範囲内にあると考えられ、五dBのTTSを生じる場合のWECPNLは八一ないし九三であった。
このように、WECPNL八五以上であれば生活妨害が生じることは明々白々であるばかりではなく、聴力損失が生じ又は生じるおそれさえも存するのであって、このような値が受忍限度を画するものとなりえないことは明らかである。
(4) 他の騒音規制法規との関連
「騒音に係る環境基準」における住居地域の環境基準値は、最大でも、昼間で五〇ホン以下、夜間においては四〇ホン以下とされており、住居地域の場合の道路に面した地域の環境基準値は、最大でも昼間で六〇ホン以下、夜間においては五〇ホン以下とされている。
ところで、特殊騒音専門委員会が昭和四八年に報告したところによれば、「WECPNL七〇は、道路騒音等の一般騒音の中央値と比較した場合には、各種生活妨害の訴え率からみると、ほぼ六〇dB(A)に相当する」とされているので、WECPNL七〇は、住居地域の場合の道路に面した地域の昼間の環境基準値の六〇ホンに相当することとなる。
また、右報告によれば、「商工業地域の航空機騒音に係る環境基準の指針値は、一般騒音について中央値六五dB(A)を上限値としているところから、訴え率からみてこれに相当するWECPNL七五を採用した」としている。
したがって、「昭和四八年環境基準」は、昭和四六年に定められた「騒音に係る環境基準」の最も基準のゆるやかな地域すなわち商工業地域でかつ道路に面した地域における昼間(一部地域では朝夕も含む。)の環境基準値においてのみ同等ではあるが、それ以外の時間帯では、かなり劣悪なものとなっているといえる。
(5) 音源対策等の不進展
民間空港においては、昭和四七年七月に採用された航空機騒音基準適合証明制度による機材改良及び騒音軽減運航方式を中心とする音源対策が昭和五二、三年ころかなりの騒音軽減効果をあげ、航空機騒音の影響を受ける地域を相当縮小することに成功したとされている。しかるに、軍事空港である本件飛行場にはこのような規制は全く及ばず、野放しの状態となっている。
(6) 防音工事助成措置の根拠
生活環境整備法に基づき、防音工事助成措置の必要な第一種区域が本件飛行場周辺において指定されているところ、その基準値は、当初WECPNL八五であったが、その後、八〇、さらに七五に改正された。右指定は、被告みずからが「航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認め」(同法四条)た結果、防音工事等諸種の騒音対策の実施のためにしたものであるから、被告みずからも、WECPNL七五以上の地域においては航空機の騒音による障害が著しいと認めているものである。
(7) まとめ(WECPNL七五を超えれば、被害は発生している。)
以上のように、NNI四〇とほぼ同一水準の値であるWECPNL七〇の値を超えれば「日常生活の妨害、住民の苦情等が現れる」ところ、住民の苦情等が有意に現れることは、すなわち受忍限度を超えた証左にほかならない。けだし、WECPNL七〇以下の地域でも「騒音」は発生しているのであって、それらの地域で住民の苦情等が現れないのは住民が受忍しているからにほかならないのである。また、日常生活の妨害についても、同様に、WECPNL七〇以下の地域でも「騒音」は発生しているが日常生活の妨害はほとんど感じられていないのに対して、WECPNL七〇を超えるとそれが発生するのは、まさにそこに権利侵害が発生しているからにほかならない。
また、WECPNL七〇、七五の各基準値については、前記のとおり「騒音に係る環境基準」の基準値に比しても劣るものであるといえるのであって、これについて右「騒音に係る環境基準」と同様に行政目標又は望ましい基準とみることはできず、受忍限度をこれよりも低く設定することは許されない。
結局、「日常生活の妨害、住民の苦情等が現れる」値であるNNI四〇とほぼ同一水準の値であるWECPNL七〇から一段階レベルの高いWECPNL七五をもって、違法な権利侵害の存在すなわち受忍限度を画する値とすべきである。
4 被告の責任
(一) 差止請求について
(1) 根拠たる権利
原告らは、憲法一三条及び二五条に基づき、個人の生命、身体、精神及び生活利益といった人間としての生存に基本的かつ不可欠な利益の総体としての人格権、国民が健康で快適な生活を維持しうる外的条件であるところの良好な環境を享受し、かつ支配しうる権利としての環境権及び平和的手段によって平和状態を維持し、その下で快適な生活をする権利としての平和的生存権を保有している。
しかるに、被告は、前述のように、米軍により本件飛行場周辺の原告ら住民を長期にわたり激しい騒音にさらし、その健康を害し、生活環境を破壊させたものであり、これは、原告らの居住地域における健康で快適な生活を維持し、かつ静穏な環境の下で幸福を追求する権利(人格権、環境権ないし平和的生存権)を著しく侵害するものであることは明らかである。
そして、右の人格権、環境権ないし平和的生存権が侵害され又は侵害される危険がさし迫った場合には、右権利に基づきただちにその違法行為の差止めを求めることができるところ、原告らは前記のように違法な継続的侵害行為により深刻かつ広範な被害を被り右各権利を著しく侵害されているのであるから、被告に対し、かかる侵害行為の差止めを請求することができるというべきである。
よって、原告らは、被告に対し、請求の趣旨第一項記載の各措置を求める。
(2) 被告に対する差止請求の根拠
本件において、直接に航空機騒音等を発生させ、侵害行為を行っている者は米軍であるが、次のような理由から、本件飛行場の提供者である被告国に対する差止請求を肯認すべきである。
ア 被告国は、本件飛行場の敷地を提供しているだけではなく、あらゆる施設、便益及び特権を供与し、かかる米軍への協力を通じ米軍の航空機の離発着、基地の維持管理に直接間接に関与しているのであるから、航空機騒音の発生につき米軍と一体の関係にあり、これらの騒音を除去しうる地位にあるというべきである。
イ 学説上も「不動産所有者が第三者に妨害を及ぼすべき設備つきの不動産を賃貸し、賃借人がこの設備を利用することによって第三者を妨害するときは、不動産所有者も、みずから妨害行為をしなくとも妨害排除請求の相手方たりうる」ことは承認されている(好美清光「注釈民法(6)」有斐閣・八九頁参照)。
ウ 直接侵害行為を行っている米国を相手方として訴訟を提起することは、米国が自発的に応訴しない限り不可能であり、被告国を相手方として差止訴訟ができないと、原告らの裁判を受ける権利の侵害となる。
エ 民事特別法は、米軍の不法行為による国の損害賠償義務を認めているが、同法の趣旨からしても、被告国は、米軍の違法行為を是正する義務があるというべきである。
オ 米軍は、地位協定三条三項によって「公共の安全に妥当な考慮を払って」本件飛行場を使用する義務があり、また、地位協定一六条によって日本国の法令を尊重することを義務づけられている。そうすると、米軍が国民の人格権、環境権を侵害するような方法で本件飛行場を使用してはならないことはいうまでもなく、そのような場合には地位協定に反することとなり、被告国は米軍に対しその使用態様の変更を要求する権利があるのみでなく、これを要求すべき義務を国民に対し負っている。
(二) 損害賠償請求について
(1) 根拠条文
ア 民事特別法一条
米軍は、航空機騒音等によって原告ら本件飛行場周辺住民の人格権、環境権及び平和的生存権を侵害し続けてきたが、これらの侵害行為が「(米軍の)構成員又は被用者が、その職務を行うについて」加えたものであることは明らかであるから(個々の行為者を特定する必要はない。)、被告は民事特別法一条によって原告らの損害を賠償する責任がある。
イ 民事特別法二条
本件飛行場が同条にいう「合衆国軍隊の占有し、所有し、又は管理する土地の工作物その他の物件」に該当することはいうまでもない。また、同条にいう「設置又は管理の瑕疵」については国賠法二条にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」と同様の解釈がなされるべきところ、右瑕疵とは営造物(土地工作物)が通常有すべき安全性を欠いていることをいうのであるが、これは物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥による危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むものと解すべきである(大阪空港最高裁判決同旨)。
本件飛行場は、人口密集地域にあり、航空機騒音等によって不可避的に原告ら周辺住民に甚大な被害を与える状態にあるから、本件飛行場の設置には瑕疵があるというべきであり、また、米軍が昼夜を問わず航空機を離着陸させ又はエンジン調整をし、何ら有効な被害軽減措置をとらずに原告らに被害を与えたことは、本件飛行場の管理に瑕疵があるというべきである。
よって、原告らの被害は本件飛行場の設置又は管理の瑕疵によって生じたものであるから、被告は民事特別法二条によって原告らの損害を賠償する責任がある。
ウ 国賠法一条
同条にいう公権力の行使には、非権力的行政作用、単なる事実行為、不作為も含まれるところ、被告は、米軍に本件飛行場を提供し、その機能強化に協力したうえ、米軍の違法な騒音暴露を容認して、音源対策はほとんどせず、その他有効な対策をしないまま騒音公害を放置してきたものである。
原告らの被害は、かかる被告の作為、不作為によって生じたものであるから、被告は国賠法一条一項によって原告らの損害を賠償する責任がある。
エ 国賠法二条
本件飛行場は、被告によって米軍に提供され「国防」目的のために設置運営されているのであるから、同条にいう「公の営造物」にあたる。同条にいう「公の営造物の管理」とは、国による「事実上の管理状態」があればよいと解されるところ、被告が本件飛行場を米軍に提供し、エンジン用減音器等の工事をみずから行ったことは、被告の「事実上の管理」を示すものである。このことは、本件飛行場が米軍の管理する土地の工作物であることと矛盾しない。
また、本件飛行場に設置又は管理の瑕疵があり、これによって原告らに被害が生じたことについては、民事特別法二条について述べたことがそのまま当てはまるから、被告は、国賠法二条一項によって、原告らの損害を賠償する責任がある。
オ 以上のとおり、被告国は民事特別法一条又は二条若しくは国賠法一条又は二条により原告らの被害につき損害賠償の責任を負うべきものであるから、原告らは、本件において、被告の右各損害賠償責任を選択的に主張する。
(2) 損害
ア 慰藉料
原告らの損害の本質は、広範かつ深刻な環境破壊であり、人格権の侵害であるところ、賠償さるべき損害は、少なくとも原告らが受けた一切の不利益を償うものでなければならない。すなわち、直接の肉体的、精神的な苦痛及び社会的、家庭的、経済的な一切の日常生活上の有形無形の損失や不利益のもたらす精神的苦痛、これらの苦痛及び身体的被害を避けあるいは回復するために要する努力、経済的損失、あるいはこれら相互が複雑にからまりあい強化し合う中での被害のすべてを包括する「総体としての被害」を償うに足るものでなければならない。
しかしながら、右の広範かつ複雑な損害を個別に立証することの困難性及び原告らが一般的に右立証責任を負うことの不当性に鑑み、右総体としての被害のうち個別具体的に発生する財産的損害とされる部分を除き、すべての原告らに共通して認められる財産的及び非財産的損害(ただし、財産的損害については、厳密にいえば、独立の損害として主張するものではなく、非財産的損害に基づく慰藉料の額を決定するにあたっての判断資料として主張するものである。)のごく一部を金銭に評価し、原告ら各自につき①沖縄のいわゆる本土復帰の日である昭和四七年五月一五日から本件各訴状送達の日(第一次訴訟原告らについては昭和五七年三月一一日、第二次訴訟原告らについては昭和五八年三月一四日、第三次訴訟原告については昭和六一年一〇月一八日)までの損害について一〇〇万円、②本件各訴状送達の日の翌日から請求の趣旨第一項1及び2の履行済みまでの損害について一か月三万円ずつの金員の各支払を求める。
イ 弁護士費用
原告らは、本訴の提起と訴訟追行を原告ら訴訟代理人弁護士らに委任したが、本件訴訟の専門性に照らし、少なくとも原告ら各自につき、①本件各訴状送達の日までに生じた弁護士費用として一五万円、②本件各訴状送達の日の翌日から請求の趣旨第一項1及び2の履行済みまでに生じる弁護士費用として一か月三〇〇〇円ずつ、について本件不法行為と相当因果関係のある損害といえるから、右各金員の支払を求める。
ウ 将来の損害賠償請求の訴え
右ア及びイの各②の損害のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成四年一二月四日以降に生ずべき損害についての賠償請求に係る訴えは、将来の給付の訴えであるが、被告は、前記のとおり、過去長期間にわたり原告ら本件飛行場周辺住民に対し広範かつ甚大な被害を与え続け、加害行為を中止するどころか、軍事空港としての機能を拡大強化し、侵害行為を継続してきたのであるから、口頭弁論終結後においても違法な侵害行為が継続されることが推認され、現在において請求の基礎たる事実関係が存在しているといえ、したがって、被告によって近い将来における侵害行為の消滅が立証されない以上、民事訴訟法二二六条における「予め請求をなす必要がある場合」に該当するものといわなければならない。
エ 遅延損害金
原告らは、①本件各訴状送達の日までの損害賠償金一一五万円に対する本件各訴状送達の日の翌日から支払済みまで、②本件各訴状送達の日の翌日から本件口頭弁論終結の日までの損害倍償金一か月三万三〇〇〇円に対する本件口頭弁論終結の日の翌日から支払済みまで、③本件口頭弁論終結の日の翌日以降の損害賠償金一か月三万三〇〇〇円に対する当該月の翌月一日から支払済みまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(いずれも、不法行為後の日からの請求である。)。
二被告の主張の要旨
1 人格権、環境権及び平和的生存権について
原告らが差止請求の根拠となる権利及び損害賠償請求の被侵害利益として主張する人格権(一般的人格権)、環境権及び平和的生存権は、いずれも実定法上の根拠を欠くものであり、またその要件、効果が不明確であって、このようなものに権利性を求め、妨害排除請求権の根拠とし、あるいは損害賠償請求権の被侵害利益とすることはできない。
2 差止請求に係る訴えの不適法性(本案前の主張)
(一) 統治行為ないし政治問題
原告らは、本訴において、被告に対し、差止請求として、米軍をして、「嘉手納飛行場において、毎日午後七時から翌日午前七時までの間、一切の航空機を離着陸させてはならず、かつ、一切の航空機のエンジンを作動させてはならない」、「嘉手納飛行場の使用により、毎日午前七時から午後七時までの間、原告らの居住地内に六五ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない」旨の請求をしているが、すべての原告らとの関係でその居住地に到達する航空機騒音を六五ホン以下にするということはほとんど不可能であり、結局、原告らの差止請求は、本件飛行場を飛行場として使用することの全面的禁止を求めているに等しい。
このように、原告らの差止請求の実体が、本件飛行場の飛行場としての使用を全面的に禁止することを求めるものである以上、そのような請求の当否を司法裁判所が判断することは、統治行為ないし政治問題として許されないものである。
すなわち、米軍は、安保条約及び地位協定に基づいて本件飛行場の使用を許されているのであり、被告としては、米軍に対して本件飛行場を使用せしめるべき条約上の義務を負担しており、米軍の航空機の本件飛行場における運航活動に関しては何らの規制権限を有していないものであるから、米軍機の運航に関して、本件飛行場の使用禁止という一般的、継続的制約を課することはできず、したがって、原告らの請求する差止請求の内容を実現するためには、安保条約及び地位協定を改変するほかなく、そのためには、日米合同委員会における協議等外交交渉を通じて、米国の同意をうる必要がある。しかし、安保条約及び地位協定は、日米両国の安全保障に関する高度の政治性を有するものであり、右条約の改変は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ、直接わが国の国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為である。そして、わが憲法の三権分立制度の下において、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものということはできず、このように直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為等は、統治行為ないし政治問題として裁判所の司法審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負う、政府、国会等の政治部門の判断にゆだねられ、最終的には国民の政治的批判に任されているものと解すべきであるから、米軍機に対する本件差止請求は、統治行為ないし政治問題として司法裁判所の判断事項に属しないというべきである。
(二) 民事訴訟による本件差止請求の不適法性
原告らの求める差止請求は、実質的には、アメリカ合衆国政府との交渉を被告に義務づける行政上の義務付け訴訟ないし被告に対して同国政府との外交交渉をすべきことを求める行政上の給付訴訟にほかならず、民事訴訟として不適法なことは明らかである。
すなわち、本件飛行場は、米軍により管理され、その管理する航空機が離着陸しているが、これは、安保条約及び地位協定に基づくものである。そして、米軍は、提供施設及び区域を提供目的の範囲内で自由に使用できるのであり、本件飛行場における航空機の離着陸、航空機エンジンの作動、航空機誘導等が、その使用権限の範囲内に属することは明らかである(地位協定二条一項)。したがって、右のような使用を許容すべき条約上の義務を負っている提供国である被告が一方的に米軍の使用を制限したり禁止したりすることは許されるものではない。そして、被告が米軍に対する指揮、命令、監督の権能を有するものでない以上、被告において、米軍に対して、本件飛行場の使用の制限ないし禁止をしようとするならば、地位協定二五条に定める合同委員会を通じた日米両国政府の協議によるか、この協議によって問題が解決しないような場合や、右の協議によっては解決できないような問題に関する場合には、日米両国政府間の外交交渉によって本件飛行場の使用制限、禁止等についてアメリカ合衆国の同意をとりつける以外に方法はないが、このような外交交渉は、内閣の職務の一つであり(憲法七三条二号、三号)、公権力の行使であることは明らかである。したがって、本件差止請求は、実質的には、同国政府との交渉を被告に義務付ける行政上の義務付け訴訟ないし被告に対して同国政府との外交交渉をすべきことを求める行政上の給付訴訟にほかならず、それが行政事件訴訟として適法とされる余地があるか否かはともかく、民事訴訟として不適法なことは明らかである。
加えて、給付訴訟として、被告に対し一定の作為ないし不作為を命ずることを求めるには、その命令を被告が履行しない場合に、その履行を裁判所において強制しうる方法が存するようなものでなければならないことはいうまでもないが、右のような米軍の行為の差止めを被告に対して命じても、裁判所が被告に外交交渉の成功を強制する法的な方法が存しないのはもちろんのこと、外交交渉自体を強制しうる法的な方法も全く存しないのである。このように裁判所として履行を強制できないことを給付判決によって命じることができないことはいうまでもない。
(三) 差止請求の趣旨の不特定性
本件差止請求は、請求の趣旨自体が不特定であり、この点において既に不適法である。
本件差止請求は、被告に対し一定の不作為又は作為を求めるもののようである。このような「不作為」ないし「作為」を求める請求においては、「不作為」ないし「作為」の内容が具体的に特定されていなければならないことは当然である。すなわち、具体的訴訟の場において、請求を受ける被告にとっては、請求の趣旨によって示された請求の内容が最終的な防御目標であるから、原告から何を請求されているのかという点についていささかも迷うようなことがあってはならないし、また、裁判所にとっても、請求の趣旨によって示された訴訟物が、審理の対象となり、主張立証の両面において当事者に攻撃防御を尽くさせる主題となるものであるから、請求の具体的内容である「不作為」ないし「作為」についての疑問の生ずる余地がない程度に特定していなければならないのである。
ところが、本件差止請求は、被告に対する不作為ないし作為の具体的内容を特定していない。すなわち、本件差止請求のうち、請求の趣旨第一項の1については、これが夜間、早朝における米軍機の離着陸及びエンジン作動の禁止を意味することは理解できるとしても、右離着陸等の主体でない被告に対し、いかなる不作為ないし作為を求めているのかは明らかでない。また、同第一項の2については、被告に対しいかなる不作為ないし行為を求めているのか全く明らかでない。もしそれが、現在本件飛行場において運航されている航空機の一部のみの離着陸の禁止を求める趣旨であるならば、その旨を明示すべきであるし、原告らに到達する航空機騒音等の音量を低下させるような施設の設置又は飛行経路の変更を求めるという趣旨であるならば、その旨を明らかにすべきである。そして、原告らの求める趣旨がこれらいずれであるかによって、差止めの効果の及ぶ範囲が異なり、また、それについて講ずべき措置等も異なるし、それに応じて、本件訴訟において審理の対象となるべき利益衡量の範囲も異なるのであって、これらの点の特定を欠く本件差止請求に係る訴えは、不適法といわざるをえない。
3 損害賠償請求の根拠法条及び民事特別法二条適用の問題点
(一) 損害賠償請求の根拠法条に関する問題点
原告らが本件損害賠償請求の根拠法条として主張するのは、国賠法一条一項、同法二条一項、民事特別法一条及び同法二条であるが、本件に国賠法一条一項、同法二条一項及び民事特別法一条の適用の余地はない。
すなわち、原告らが被告に対し国賠法一条一項、民事特別法一条に基づきその責任を問うには、違法行為をしたとする「公務員」(国賠法一条一項)、「アメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍の構成員又は被用者」(民事特別法一条)を特定し、職務上の違法行為の内容及び故意、過失の内容を具体的に明らかにすべきであるのに、原告らはこれらの点を何ら明らかにしていないのであるから、本件について国賠法一条一項、民事特別法一条を適用する余地はなく、また、本件飛行場の管理権はアメリカ合衆国にあり、被告は、安保条約及び地位協定に基づき本件飛行場及び付帯設備を提供しているにすぎないのであるから、本件飛行場が被告の設置、管理する「公の営造物」にあたらないものであることは明らかで、国賠法二条一項の適用の余地もない。
(二) 民事特別法二条適用の問題点
(1) 本件における物的性状瑕疵の不存在
民事特別法二条にいう「土地の工作物その他の物件の設置又は管理の瑕疵」とは、本来的には、当該工作物を構成する物的施設について通常有すべき安全性を欠く状態が生じている場合(以下「物的性状瑕疵」という。)をいうものと解すべきところ、本件飛行場は、航空機の離着陸の用に供されることを本来の目的としており、その目的達成のために飛行場が通常備えるべき性質及び設備を有し、本来持つべき安全性を完全に具備しているものであるから、本件飛行場には物的性状瑕疵は存しない。
(2) 本件における供用関連瑕疵の不存在
最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法廷判決(民集三五巻一〇号一三六九頁、以下、被告の主張においては、「大阪空港最高裁判決」という。)は、国賠法二条一項にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」には、物的性状瑕疵にとどまらず、「その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合」(以下、「供用関連瑕疵」という。)をも含むと解するに至ったが、同最高裁判決は、①当該営造物の利用がその態様及び程度において一定の限度を超え、それによって他人に危害を生ぜしめる危険性があること(第一要件)、②右営造物の設置、管理者において右危険性につき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用に供し、その結果利用者又は第三者に対し現実に危害を生ぜしめたこと(第二要件)、③右危害の発生が右設置、管理者の予測しえない事由によるものではないこと(第三要件)の三要件及び違法性の存在を供用関連瑕疵の要件としているのである。そして、仮に民事特別法二条の瑕疵についても、物的性状瑕疵の範囲を超えて供用関連瑕疵も含まれるとする立場をとる場合も、その要件については右と同様に解すべきであり、各要件の主張、立証責任は、すべて原告が負っているのである。
したがって、本件においても、原告らは、損害賠償請求の請求原因として、危害発生の危険性、予見可能性及び回避可能性の存在、すなわち、受忍限度を超える重大かつ広範な騒音障害の可能性、その予見可能性及び本件飛行場の管理者においてどのような特段の措置、適切な制限を講ずれば危害の発生を回避することが可能であるかを具体的に主張立証すべきものである。
しかるに、原告らは、単に本件飛行場に離着陸する航空機により発生する騒音等により甚大な被害を受けていると主張するだけであり、その主張自体全く不十分であって失当である。
4 違法性の判断基準
(一) はじめに
原告らの主張は、本件航空機騒音の問題を、個人生活に対するカラオケ騒音、ピアノ騒音、工場騒音の侵害等、個人的利益の衝突の場面と同一視し、私法規範にその解決をゆだねようとするものである。しかも、その主張するところを子細に検討すると、それは、地域の特性、原告らの居住の経緯等現実的側面を一切捨象し、飛行場の存在しない環境を前提にして、当該航空機騒音は受忍限度を超える違法なものであり、航空機運航活動の差止めなり損害賠償なりを求めることができるという、極めて一方的な見解に基づくものである。
しかし、本件は、いうまでもなく、私益相互の対立ではなく、公益の実現と私益の主張との対立が争いを構成しているものであり、右のような私益相互の対立の場合と公益と私益の対立の場合とでは、それぞれの違法性の論理構造はせつ然と区別されなければならないものである。すなわち、違法とはひろく法秩序違背をいうと解されるところ、私益相互間の対立の場合であれば、双方の利益が対等の立場で尊重され、それゆえ、一方からの法益侵害があればすなわちそれが原則として法秩序に違背するものとして違法を構成するのに対して、公益と私益との対立の場合には、公益を実現するために行使される公権力作用が仮に特定の私益を侵害したとしても、それがただちに原則的に違法を構成するとしたり、公益との比較衡量により例外的に違法性が阻却される場合があるにすぎない、などと考えるべきものではない。
一般に、法令に基づく、あるいはこれに依拠する公権力作用が第三者に対する関係において違法な権利侵害あるいは法益侵害となるかどうかを判断するにあたっては、大阪空港最高裁判決が正しく判示するように、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸事情をも考慮し、これらの諸要素を全体的、総合的に考察してこれを決しなければならないのである。そして、米軍による本件飛行場の設置、管理行為及び同飛行場における米軍機の運航活動が条約等規範性の高い法令に基づく適法な行為であることもいうまでもなく、また、航空機騒音は、右適法行為から不可避的に生ずるものであるから、本件における違法性判断にあたっても、右諸要素を全体的、総合的に考察してこれを決しなければならない。
(二) 違法性判断の基準としての受忍限度
元来、社会生活が成り立っていくためには、騒音、振動、ばい煙等ニューサンス、イミッシオンと呼ばれる生活妨害によるある程度までの被害は、相互に受忍しなければならないことは、何人にも異論のないところである。そして、本件飛行場における米軍機の運航活動等は本来適法行為である。したがって、本件飛行場における米軍機の運航活動等が違法とされうるのは、それが権利濫用にあたる場合であるか、これによっていわゆる受忍限度を超える被害を他に及ぼす場合でなければならない。権利の行使に伴い騒音等を生ずる行為の違法性の判断基準を受忍限度に求めることは、判例上確立した基準である。
(三) 受忍限度の判断基準
「受忍限度」は、権利を有する者の権利の行使に伴う侵害を違法と判断するについてとられる基準であるから、受忍の限度内にあるか否かということは平均的、一般的な社会生活者を標準にして判断すべきである。
また、差止要件としての受忍限度と損害賠償要件としての受忍限度とでは、前者の方がより高いといわなければならない。
(四) 環境基準と受忍限度
航空機騒音については、公害対策基本法九条に基づいて、昭和四八年に、昭和四八年環境庁告示第一五四号「航空機騒音に係る環境基準について」(以下、被告の主張においては、「環境基準」という。)が設定され、政府の航空機騒音に対する総合的施策を進めるうえでの指標とされている。右環境基準は、自衛隊等(自衛隊法二条一項に規定する自衛隊及び安保条約に基づき日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊をいう。以下同じ。)の使用する飛行場にも適用され、防衛施設庁は、本件飛行場の周辺地域についても右環境基準の達成をめざして各種の対策を実施しているものである。
しかしながら、環境基準の法的性格は、たとえば、騒音規制法が定める規制値などとは異なって、政府が航空機騒音に対する総合的施策を進めるうえで達成されることが望ましい値を示すものであって、差止請求権や損害賠償請求権の成立を基礎づける受忍限度の判断要素となったり、健康被害や環境破壊等の事実を推認させる基準になるものではない。すなわち、航空機騒音に係る環境基準は、公法上の規制基準でないことはもちろん、差止請求権や損害賠償請求権の発生を基礎づけるような違法性判断基準ではありえないし、また、右環境基準の数値を引き合いに出して、これを上回る騒音量を受けているならばそれらの者は右騒音によって一般的に健康被害や環境破壊による被害を受けていると推認したり、さらにはそれらの者のすべてが一律に右の被害を受けているなどと推断することは、到底許されないというべきである。
(五) 周辺対策の実施基準と受忍限度
生活環境整備法四条は「自衛隊等の航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認めて防衛施設庁長官が指定する防衛施設の周辺の区域(以下「第一種区域」という。)」においては、周辺対策として住宅防音工事の助成措置を行うものとし、その助成対象区域は、当初WECPNL八五以上であったが、その後WECPNL八〇以上に改正され、さらにWECPNL七五以上に改正されている。この住宅防音工事の助成措置は、防衛施設の周辺区域に居住する住民に対する航空機騒音等による障害を防止し又は軽減するため、対象区域内に現に所在する住宅について防音工事の助成をする措置で、航空機騒音の防止のための施策を総合的に講じても達成期間内に環境基準を達成することが困難と考えられる地域について、「環境基準が達成された場合と同等の屋内環境(すなわち、本件飛行場においては、屋内でWECPNL六〇以下)が保持されるようにする」(環境基準第2の3)ためにする措置であるが、他面、この措置は、公共用飛行場周辺の関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的とする政策的補償措置という性質をも有しているものである。そこで、その実施も、国会が国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分を決定する予算の下で、その必要性を比較しつつ優先度の高いものから実施していかざるをえず、また、その対象区域の範囲も、一義的なものではなく、環境基準を指針として、できる限りこれにそうようにこれまで漸次その範囲が拡大されてきたものである。
そして、生活環境整備法四条が規定する「音響による障害が著しい」との意味内容については、必ずしも一義的に定義しうるものではないが、基本的には環境基準が達成されない状況において存在しうるところの航空機騒音による日常生活の妨害を指すものであり、右の「障害が著しい」とは、航空機騒音等により生じうる日常生活上のさしさわり等の好ましくない影響一般が住宅防音工事により防止される必要がある程度のものをいうのである。したがって、前述した環境基準の性格と同様、これがただちに違法性判断における受忍限度を意味するものでないことはいうまでもない。
(六) 受忍限度の考慮要素に関する一般的な問題点
(1) 侵害行為、被侵害利益と受忍限度
本件訴訟は、原告ら各自が、その主張するような被害を受けていることを理由に、航空機の離着陸等の差止めと共に損害賠償の請求をしているものである。したがって、民事訴訟制度の建前からして、原告ら各自が、それぞれの主張するような損害を被っていること及びその程度並びにその損害と本件航空機騒音等との間に因果関係が存することについて個別に主張、立証し、その事実をもとに、原告ら各自についてその被害が受忍限度を超えるか否かが判断されるべきである。
しかるに、原告らは、右のような個別の主張立証をしておらず、そもそも原告らにおいて受忍すべきか否かを判断すべき被害自体が明らかでないのである。
(2) 本件飛行場の公共性と受忍限度
本件における違法性を判断するには、差止請求についてはもちろんのこと、損害賠償請求についても、公共性、社会的有用性の有無、程度についての考慮が特に不可欠であり、単にその発生する航空機騒音量等のみによって受忍限度が判断されるべきではない。
(3) 地域性の法理及び危険への接近の法理と受忍限度
地域性の法理及び危険への接近の法理が受忍限度の判断の際の重要な要素として評価されるべきものであることは、学説、判例においても広く支持されているところであり、本件においても、受忍限度の判断にあたっては、個々の原告らについて、右各法理の適用の当否が判断されなければならない。そして、本件において右各法理の適用の当否を判断するにあたっては、本件飛行場周辺の、飛行場の維持、運営のために利用されるという地域特性の形成の有無及びその時期並びにこれと個々の原告らの居住時期との先後関係、あるいは本件飛行場の公共性の程度、原告らが受けているとする騒音被害の内容と程度等の諸事情が詳細に検討されなければならない。
(4) 損害回避のための措置と受忍限度
ある行為が受忍限度を超えているか否かを判断するにあたっては、行為者が損害回避のためにどのような措置を講じたかが重要な考慮要素となる。そして、本件におけるように高度な公共性を有する飛行場に係る騒音等の影響の違法性を判断するについては、これを他の施設に代替させることは不可能であって、損害回避のための措置としては、音源対策を含む飛行場周辺対策によらざるをえないことを十分考慮すべきである。
被告は、本件飛行場において、音源対策のほか、生活環境整備法や行政措置等に基づいて、本件飛行場周辺の住民に対し、住宅防音工事の助成、学校等公共施設に対する防音工事の助成、移転補償、騒音用電話機の設置、テレビ受信料減免措置等の幅広い諸対策を行っているのであって、本件の受忍限度の判断にあたってはこれらの事実を十分に考慮すべきである。
5 瑕疵(違法性)の不存在
5の1 侵害行為の有無、程度
原告らは、本件飛行場における航空機の運航活動による侵害行為として、航空機による騒音及び航空機の墜落等の危険を主張している。右侵害行為についての主張の内容は、騒音一つを取り上げてみても原告らの各居住地における実態について何ら明らかにされていないなど、いずれも具体性を欠くものであるが、被告は、右の諸点につき、その実態を説明し、本件飛行場における航空機の運航活動が原告らに対する違法な侵害行為と評価しうるものでないことを明らかにする。
(一) 騒音
(1) 航空機騒音の特色
原告らの主張する侵害行為のうち、その中心となるものは、航空機が発する騒音である。
およそ航空機は、発進準備時ないし離着陸に際してある程度の騒音を発する。そこで、航空機騒音による影響を問題にする際には、特に、航空機騒音の特色、暴露時間、航空交通量等の、他の騒音とは異なる航空機騒音の特殊性を総合的に考察する必要がある。
まず、航空機騒音は、持続時間も短く、一過性の間欠的なものであることが大きな特徴である。特に離着陸時のピークレベル音の持続時間はほとんど瞬時でしかない。すなわち、ある地点で受ける航空機騒音の伝達のようすは、航空機の接近に伴って小さな音から徐々に高まり、瞬時にピークを迎え、通過とともに急激に減衰していくというものであり、ピークレベル値ないしこれに近い値の音のみが継続するものではない。そして、その時間は全体としてみても十数秒から二十数秒程度であり、仮に、航空機騒音により飛行場周辺住民の生活上の利益に何らかの影響があったとしても、右の影響は騒音の終了と同時にすみやかに消失し、生活上の利益はただちに回復するのが通常である。したがって、本件飛行場における航空機騒音の程度を判断するに際しても、ピークレベル音が長時間にわたって持続する定常騒音による研究結果を基礎とすることは正当でない。
現在までの間に、航空機騒音を評価する方法について種々の研究がされ、現在では、WECPNLが国際標準として採用され、最も妥当な評価方法とされている。したがって、本件飛行場周辺における航空機騒音の状況を把握するにあたっても、その評価はWECPNLによるべきであり、右の航空機騒音の特質に顧慮することなく、単に騒音のピークレベルとその発生回数のみによって騒音状況を把握することは正当でない。
また、航空機騒音による影響は、飛行場からの距離により著しく異なるのは当然として、さらに、航空機の機種、離着陸の方向、離着陸の別、飛行経路によっても異なるものである。たとえば、航空機の離着陸は、いずれも風上に向かって行われるため、航空機の離着陸の方向は、本件飛行場においては、時々の風向により、南西又は北東に変更され、同じ風向の下においては、離陸機と着陸機が同一の地域上を通過することはありえないのであり、また、一般に、航空機は離陸の場合は高出力で一気に高度を上げるが、着陸の場合はエンジン出力を最低にして徐々に高度を下げることから、同じ航空機の場合、着陸の際の航空機騒音は離陸の際のそれよりも低いものである。したがって、本件飛行場における航空機騒音の程度を判断するに際しても、本件飛行場に離着陸する航空機の全体としての離着陸の回数ないしその騒音量そのものの合計を基準にすることは正当ではない。なぜならば、そのような騒音量に暴露される地点は現実には存在しないからである。そして、右のとおりの騒音影響の実態に照らすならば、当然のことながら、原告らに対する航空機騒音の影響の有無、程度は、各原告ごとに確定されなければならないのである。
加えて、原告らが問題としている被害はほとんど建物内のものであるが、屋内においては、建物の遮音効果によりその影響は当然のことながら相当程度緩和される。したがって、騒音による侵害行為の程度について判断するにあたっては、右騒音の影響が建物の内外いずれで問題とされるかを峻別し、屋内における影響であれば、建物の遮音効果(防音工事が施工されている建物であれば、同工事による遮音効果も含む。)が当然考慮されなければならない。これは、騒音評価値についてWECPNL値を用いる場合であっても同様である。そして、被告が周辺対策の基礎としているWECPNL値は屋外値であり、屋外でのWECPNL値が環境基準を超える地域であっても、住宅防音工事の施工されている屋内では環境基準が達成されたと同等の屋内環境が保持されていることに十分留意しなければならない。
航空機騒音の影響を把握するには、概観しただけでも右のような特殊事情がある。したがって、各原告らに対する騒音の影響を判断するにあたっては、前述の具体的諸条件の相違を十分にふまえ、さらに、各原告らの年齢、職業、地位その他の生活実態を個別的に検討したうえで、その影響の有無、程度を個別的に確定するのでなければ、到底適正な事実認定とはいえないのである。
(2) 本件飛行場周辺の騒音状況
前述したとおり、原告らに対する本件飛行場の騒音の影響の有無、程度は、各原告ごとに確定されるべきものであり、また、航空機騒音の状況の把握はWECPNLによってなされるべきものであるから、本件訴訟においても、各原告は、それぞれの居住地において暴露されている航空機騒音がWECPNLで評価した場合どの程度のものであるか、さらに、屋内における被害をいうのであれば屋内における値を主張立証すべきである。しかるに、原告らは右の点について何ら立証活動をしていないどころか、主張すらしておらず、単に航空機騒音が他に比類ないものである旨を強調するにすぎない。
ところで、被告は、生活環境整備法に基づく種々の周辺対策を実施するための対象地域を確定するため、その騒音状況に応じて区域指定を行っており、その騒音状況の把握は、騒音測定の結果に基づきWECPNLを算出し、その騒音コンター(WECPNLコンター、すなわち、地図の等高線のようにW値の等しい点を結んだ線図である。)を作成することによりされている。そして、本件飛行場周辺においても、被告は、騒音コンターを作成し、これに基づき、生活環境整備法上の区域指定を行っている。したがって、被告が本件飛行場周辺における区域指定の際に使用した騒音コンターが、本件訴訟の各原告の住民地のWECPNLを認定するための資料としての価値を有するものであること自体は否定するものではない。しかし、区域指定の際に使用した騒音コンターは、周辺対策に際しできるだけ手厚く対策を行うという趣旨の下に作成されているものであり、右各指定区域内に居住することがただちにその指定に対応したWECPNLに応じたうるささに暴露されていることを意味するものではないことには十分留意すべきである。
すなわち、本件飛行場周辺の騒音状況は、被告が周辺対策を実施するため作成した騒音コンターによって認められる騒音量と同等の騒音に年間を通じて暴露されているものでないことはもちろんのこと、前記区域指定がされているにもかかわらず、年間の何日間かは環境基準であるWECPNL七〇ないし七五以下の騒音状況なのである。そして、屋外におけるWECPNLが七〇を超えても、被告が周辺対策として助成している住宅防音工事を施工すれば、施工室内においては、ほとんどの日は環境基準が達成されたのと同等の屋内環境であると評価されているWECPNL六〇が保持される状況となっているものであり、かつ、区域指定によるWECPNL八〇以上の区域における住宅騒音工事は、希望者に対しては、追加工事も含めてほぼ完了しているのであるから、屋外騒音がWECPNL七〇以下となる日がそれほど多いとはいえないWECPNL八〇以上の区域についても、ほとんどの日は、住宅内においては環境基準が達成されたと同等の屋内環境が保持されているのである。
したがって、本件飛行場周辺の航空機騒音の程度は、原告らが主張するような甚大な被害をもたらすほど強度なものであるとは到底認めることができない。
(二) 航空機の墜落等の危険
本件飛行場は、わが国の航空関係法規によって安全性が確保されている民間飛行場よりはるかに広大な敷地を有しており、滑走路の位置、長さ、幅員にも欠陥はなく、航空管制に必要な設備も具備されている。また、米軍は、みずから各種の基準を定めてその安全性の確保に努めており、飛行経路については人口の多い地域を避けるなどの配慮がなされている。
このように、本件飛行場における航空機の運航は、安全性の確保について可能な限りの配慮を尽くしてなされているものであるから、通常の社会生活上支障となる程度の墜落等の恐怖感を与えるものではない。
5の2 被侵害利益の有無、程度
原告らが被侵害利益として主張するところは、極めて不明確かつあいまいであるが、被告は、まず、基本的に原告らの主張立証自体において、被侵害利益の存在が明らかにされたものでないことの一般的な主張をし、さらに、原告らのいう各別の被害の不存在を明らかにする。
(一) 原告らの主張立証方法の基本的誤り
本件訴訟は、原告らが、本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音等により被害を受けているとして、被告に対して、米軍をして一定の時間帯に本件飛行場に航空機を離着陸させないことなどの請求及び損害賠償の請求をしているものである。したがって、原告らは、各自の受けた被害及びそれが本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音等によって発生したものであることを個別的、具体的に主張立証しなければならないことはいうまでもない。なぜなら、本件訴訟は、原告数が九〇〇名を上回る大型集団訴訟であるとはいうものの、民事訴訟手続の面から各請求相互の関係をみると、原告ら各自の被告に対する損害賠償等の請求が単に主観的に併合されているにすぎないのであるから、個々の請求においては、もともと各原告ごとの被害の有無が争点になるはずのものだからである。しかも、各被告の被害の内容、程度は、本来個別性を有するものであるから、右被害の有無、程度等については、原告ごとに判断する必要があるのであって、この判断を省略し、あるいは簡便なほかの立証方法をもってこれに置き換える余地はないのである。
しかるに、原告らは、右被害には同一性ないし共通性があるとして各原告ごとの個別的、具体的な被害立証をほとんど行っておらず、その被害立証の方法も、右のような主張を反映して、もっぱら本人尋問あるい本人の愁訴を記載した陳述書のみによることとし、その余は、本件飛行場及び他の飛行場の周辺住民に対するアンケート調査や一般的な騒音の影響についての実験、論文等の書証を提出しているにすぎないのであるから、原告らの被害を認定することはできないものといわなければならない。
(二) 原告らの主張する個別的な「被害」に対する反論
本件飛行場における航空機騒音が、周辺住民の日常生活(会話、テレビ聴取等)をある程度妨害するとともに、うるささによる精神的不快感を与えることにより生活の快適さを低下させることはありうることである。しかし、その程度は、全体としては社会生活上受忍できないほどに重大かつ深刻なものではない。
なお、航空機騒音障害は、純然たるうるささの問題であって、現在の本件飛行場周辺の騒音レベルでは周辺住民に対して直接的な身体的被害を与えてはいない。
以下、原告らの主張する被害の主要なものについて個別的な反論を加える。
(1) 「心身に及ぼす影響」について
ア 身体的被害について
航空機騒音問題と人間の健康との間には相当感情的な問題が含まれているが、現在までに調査研究された結果によれば、飛行場周辺で航空機騒音を最大に受けることにより、一般的な意味で、肉体的、精神的に深刻な影響を受けるということを示す明確な証拠はないとされている。航空機騒音が個々の人間に対し心理的に間接的かつ微妙な悪影響を及ぼすことがありうるとしても、それは純然たるうるささの問題であって、騒音を受けている人々に対して直接的な健康被害を与えているとは認められないのである。
なお、比較的強大な騒音に定常的に暴露される職業性騒音暴露の場合に聴力への影響が問題とされているのは事実であるが、一般的に肯定されている医学的知見によれば航空機騒音により周辺住民に聴力損失が生じる可能性はほとんどないとするのが今日の医学上の定説である。
原告らは、航空機騒音が及ぼす身体的影響の証拠として各種実験結果を書証として提出しているが、それらは、一般的にいって、騒音に対して人が示す一般的反応を研究した実験報告にすぎないうえ、実験方法にも問題があり、被験者の数も限られており、また、極めて限定された条件の下で実施されたものであって、本件飛行場周辺における航空機騒音の実情とは状況を異にする条件下でのものであるから、本件飛行場周辺に居住する原告ら主張の被害認定の資料となしえないものであることはいうまでもない。
イ 精神的被害について
一般的に、航空機騒音を聞く者がうるささを感じることはありうることであるが、健康被害等の具体的、客観的な被害を伴わない単なる不快感のごときものは、独立して損害賠償の対象となるような被害とはなりえないものというべきである。
加えて、本件飛行場周辺の航空機騒音の発生は、一日の生活時間帯の極めて限定された部分についてのものであり、しかも、それらについては住民の社会生活への妨害を極力少なくするように十分配慮されているものであるから、これによる精神的不快感は、それがあるとしても、社会生活上受忍できる範囲内のものであるというべきである。
ウ 睡眠妨害について
米軍は、後述のとおり、本件飛行場において、午後一〇時以降翌日午前六時までの間は飛行活動及び地上活動とも最小限に抑えるという運航規制を行っており、人々が睡眠のために特に静謐を必要とする右時間帯における騒音の発生は極めて少ないものであり、また、国の助成による住宅防音工事は、夜間における睡眠妨害を解消又は軽減しているものである。
原告らは四〇dB(A)の騒音で睡眠に対する被害が生ずると主張するが、この程度の騒音では睡眠妨害は生じないと考えられる。騒音と睡眠妨害の量的対応関係はいまだ十分解明されているとはいい難く、六〇ないし八五dB(A)程度では、騒音レベルとその睡眠に対する影響の程度との間に有意な相関は必ずしも認められないとする研究結果もある。いずれにしても、本件飛行場周辺における夜間飛行は規制されており、住民に対して社会生活上受忍できないほどの頻度、内容の睡眠妨害を生じさせてはいない。
(2) 日常生活の妨害について
航空機騒音による生活妨害については、航空機が通過するまでの極めて短時間、一時的に会話、テレビ・ラジオ聴取及び思考、読書等の知的作業が若干妨害されるという意味で望ましい生活の快適さを損なうものがあるかもしれないが、それは、決して、会話等がかなり長時間にわたって不可能になるといった深刻なレベルで生じているものではない。加えて、被告の助成により防音工事が施工された室内においては、その妨害は解消又は大幅に軽減されているものである。
(3) 教育その他の環境破壊について
原告らは、学校における子供の学習が航空機騒音により重大な影響を受けていると主張している。しかし、原告らが、これを本件における原告ら自身の被害として主張するのであるならば、まずその被害を受けている原告を特定すべきである。しかるに何らこのような特定をしていないのであるから、右主張はそれ自体失当である。また、右主張の趣旨が、原告らの養育している子女についての教育への影響を問題としているのであるならば、そのような影響によって仮に損害が生ずるとしても、それが生ずるのは教育を受ける者自身についてであって、その父母等に慰藉料請求権が生ずる余地はない(民法七一一条参照)。
また、右の点はおくとしても、本件飛行場周辺の学校等における子供の学習妨害の程度は、それがあるとしても、甚大なものではなく、社会生活上受忍できる範囲内のものであり、原告らの主張は失当である。すなわち、本件飛行場周辺で、子供が学校で学習する際に航空機の飛行により一過的に若干の学習妨害を受けることがあったとしても、学校防音工事により教室内の騒音レベルは大幅に低下しているのであって、障害は解消ないし大幅に軽減されているものである。加えて、国の助成により設置された学習等供用施設の自習室には学校防音と同程度の防音工事が施工され、教室内と同様、騒音レベルは大幅に軽減されており、また、住宅防音工事の施工された部屋では相当の遮音効果があるのであるから、下校後の子供の学習の妨害も、学習等供用施設や自宅の防音工事室を利用すれば、解消ないし大幅に軽減されるものである。
5の3 本件飛行場の公共性
本件における侵害行為の違法性の有無を判断するにあたっては、差止請求はもとより、損害賠償請求についても、被害の内容、程度を正確に把握することはもちろんのこと、本件飛行場の公共性についてその重みに応じた適切かつ均衡のとれた比較衡量がなされなければならない。本件において原告らが侵害行為であるとする本件飛行場の使用の違法性の有無は、単にその使用による発生騒音量等のみによって一面的あるいは画一的に判断されるべきことではない。その判断をするためには、被害の内容、程度及び飛行場の使用の必要性、相当性あるいは代替可能性等についてバランスのとれた判断が必要であり、本件飛行場の使用に高度の公共性が認められれば、飛行場の使用に必然的に伴う騒音等の発生は、それが生活妨害の程度にとどまる限り、周辺住民にとって、やむをえないものとして受忍すべき範囲内のものと評価されるべきであり、違法にならないものというべきである。
そして、本件飛行場は、わが国の平和と独立を守り、国民生活の安全を守るため必要不可欠な施設であって、これを米軍が使用することによりわが国ないし国民が受ける利益は、国家の存立と平和の維持という極めて本質的なものであり、まことに大きなものである。すなわち、今日、わが国は、自由と民主主義を基本理念とする先進自由主義国家の一つとして繁栄と発展の道を歩んでいるが、国の存立は、国民の生活と福祉に不可欠な基盤であり、国の平和と安全を確保し続けていくことは、国民の幸福を守り、増進させるために必須の要件である。わが国は、武力紛争がほとんど絶えることがない厳しい国際情勢の中で、戦後四五年余り幸いにして他国の侵略を受けることはなかったが、将来万一にもわが国が他国から侵略されるなどの事態が発生すれば、国民の安全が重大な危険に直面することはもとより、これまでのように自由と幸福を追求することは到底困難となる。そして、みずから適切な防衛力を保持するとともに日米安全保障体制の下に国の防衛を全うしようとするわが国において、本件飛行場を含む在日米軍等の使用する防衛施設は、その目的遂行上不可欠なものであり、このような防衛施設の機能が十分に発揮されかつその安定的な使用が確保されることは、わが国の平和と独立を守り国民生活の安全を守るため必要不可欠なことなのである。これに対し、本件において原告らが受けている航空機騒音障害の内容は、前述のとおり、精神的不快感ないし生活妨害にとどまるものであるから、それは、社会生活上受忍限度の範囲内にあると評価されるべきものである。
5の4 地域性の法理及び危険への接近の法理
(一) 地域性の法理の原告らへの援用
(1) 居住地域の環境条件が次第に悪化している場合に、その最も条件の良かった早い時期から居住していた者と、ある程度悪化し又は悪化が一般的に予測しうるようになった時期に居住を開始した者との間では、その事情を異にし、異なった評価を受けるべきである。そして、本件飛行場のように、飛行場周辺が公共性を有する航空機活動による騒音を伴う環境にあることが社会的に承認された後は、当該地域がそのような環境下にあるとの法秩序適合性が是認されたものと評価され、被害の内容、程度が本件のような生活妨害にとどまるものであるときは、そのような被害は受忍限度内と評価されるべきである。このような考えが地域性の法理と称されるものであり、大阪空港最高裁判決においても理論的には認められているものである。
そして、右法理を適用するにあたって、右の社会的承認があるといえるためには、当該地域が公共性のある航空機活動による騒音を伴う環境であることについて、その認識が一般的に浸透し、そのような地域であるとの評価が客観的に定着することをもって足りると解すべきである。したがって、地域性の法理が適用される場合には、危険への接近の法理の場合とは異なり、被害者個々人の事情は問題とならないし、また、地域性の法理が適用される時期以前からの居住者もそのような環境の違法性を主張することは許されないものであって、地域性の法理は、個別的に被害者の承諾があれば違法性が阻却されるというような次元の問題とは全く異なる次元の法理というべきである。
(2) 本件飛行場周辺地域については、昭和一九年の旧日本陸軍航空本部による本件飛行場開設により防衛施設たる飛行場が維持、運用される地域としての特殊性が形成され、昭和二〇年四月に米軍に占領された後も、本件飛行場は、一貫して、防衛施設たる飛行場として維持、運用されていたものであり、この間、昭和四二年には、アメリカ合衆国の施政権による信託統治下にあって、現況の滑走路二本が完成するなど、極東における同国軍隊の最重要基地として整備され、沖縄のわが国への復帰に際しても地位協定二条一項(a)により同国に提供され現在まで飛行場として維持、運用されているものであるから、遅くとも右復帰の日である昭和四七年五月一五日までには、本件飛行場周辺が航空機の離着陸等による相当程度の騒音にさらされる地域であることが、一般的、社会的に承認され、あまねく了承されていたものというべきである。
そうすると、本件における航空機騒音等の影響が生活妨害の程度にとどまること、これに対応した被告の被害防止ないし軽減措置が着々と実施されていること及び本件飛行場の高度の公共性等をあわせ考察すれば、昭和四七年五月一五日以降については、地域性の法理により、本件飛行場周辺地域における航空機騒音の暴露等の侵害行為について違法を問いえないものであることは明らかである。
(二) 危険への接近の法理の原告らへの適用
(1) 危険への接近の法理とは、ある者がある場所に危険が存在することを認識しながら又は過失により認識しないで、あえてその場所に入って危険に接近し、そのため被害を受けたときは、危険を容認したもの又はそれに準ずるものとして、損害賠償請求が否定されるもので、この法理は、大阪空港最高裁判決においても明確に認められているところである。
すなわち、右最高裁判決は、①侵害行為の存在についての認識を有しながらそれによる被害を容認して居住したこと、②その被害が精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので、直接生命、身体にかかわるものでないこと、③侵害行為に高度の公共性が認められること、の三要件を充足する場合には、実際の被害が入居時の侵害行為から推測される被害の程度を超えるものであったとか、入居後に侵害行為が格段に増大したとかいうような特段の事情がない限り、入居者において被害を受忍しなければならず、侵害行為者は免責される旨判示している。そして、本件における原告ら主張の被害は、日常生活への支障程度以上のものではなく(右②の要件の充足)、また、本件飛行場は高度の公共性を有することも明らかである(右③の要件の充足)から、本件においても、右①の要件を充足する原告については、本件航空機騒音等を受忍すべきものと解すべきである。
(2) 本件飛行場は、前記のとおり、アメリカ合衆国の施政権による信託統治下において、すでに大幅な拡張がされ、ジェット戦闘機等も配備され、一方、昭和四〇年には、航空機騒音の影響が周辺地域における社会的問題となり、嘉手納町(当時嘉手納村)においてはこれに抗議するための団体も結成されていたものであるから、遅くとも沖縄のいわゆる本土復帰の日である昭和四七年五月一五日以降に本件飛行場周辺に転居してきた者は、本件飛行場周辺の航空機騒音の存在を認識し、これを容認していたものと認めるべきである。したがって、昭和四七年五月一五日以降に本件飛行場周辺での居住を開始した原告らは、航空機騒音による障害を受忍すべきであり、これらの者の差止請求及び損害賠償請求は否定されるべきである。
5の5 騒音対策
被告は、本件飛行場周辺において、周辺住民が被る騒音障害を防止軽減するための補償的措置として種々の騒音対策を行っているものである。この騒音対策は、当初、個別の事例ごとに行政(予算)措置に基づいて実施していたものであるが、その後、周辺整備法、生活環境整備法が制定されたことにより、主としてこれらの法律に基づいて実施されている。本件飛行場周辺において実施されている騒音対策を概説すると次のとおりである。
なお、被告は、米軍機の運航活動を規制する権限を全く有していないので、米軍機の運航方式を直接規制することはできないが、アメリカ合衆国は、日米合同委員会の合意等に基づいて、本件飛行場の使用方法について規制を設け、周辺住民に対する航空機騒音の影響の軽減に努めている。
(一) 音源対策
本件飛行場には、地上における航空機のエンジンテストに伴い発生する騒音を減少させるため合計一二基の消音装置が設置されており、これによりいわゆるエンジンテスト音については相当の騒音軽減効果をあげている。そして、右一二基のうち六基は、米軍の要請に基づき被告が設置したものである。
また、米軍の管理する軍用機については、いわゆる騒音証明制度の適用はなく、かつ、軍用機、特にジェット戦闘機にあっては、その性能技術上騒音の軽減低下は期待しえないところであるが、本件飛行場においては、空中給油機について従来のKC―一三五A型機より低騒音化がはかられているKC―一三五R型機が導入されている。
(二) 周辺対策
(1) 移転補償措置
この措置は、生活環境整備法五条に基づいて、飛行場周辺の一般的にいえば必ずしも人の居住に適しない程度の騒音があると認められる地域内の住民の希望により、建物等の移転等の補償及び土地の買入れをして、土地、建物の所有者等が航空機騒音の影響がない地域へ移転することを容易にしようとするものである。
なお、この制度を利用するか否かは居住者の任意の意思にゆだねられており、居住者としては、航空機騒音等の影響を抜本的に解消することを希望する場合にはこの措置を利用することができるが、これを希望せずあえて居住を継続しようとする場合には、立ちのきを強制されることはなく、また、住宅防音工事の助成を受けることもできるのである。このように、移転補償制度を利用するか否かは居住者の意思にゆだねられているのであるから、これを利用せず居住を継続するというのであれば、その居住者は、航空機騒音の影響があっても当該地域に居住する利便を選択しているものというべきであって、その不利益もみずから甘受すべきものである。したがって、居住者がこの措置を利用するか否かにかかわらず、すなわちこの制度の利用実績いかんにかかわらず、このような施策がとられていること自体が、空港供用の違法性判断にあたって考慮されるべきである。
(2) 住宅防音工事の助成
この措置は、生活環境整備法により新たに採用された施策であり、飛行場周辺の一定の区域内に居住する住民が住宅に防音工事を施工する場合、その工事費用等を被告が助成するものである。被告は、本件飛行場周辺において、昭和五〇年度から同法四条に基づきこれを実施してその拡充を図っており、今後とも被告が最も重点を置く騒音対策である。
被告の助成によって施工される住宅防音工事は、屋内における騒音状況を環境基準が達成されたのと同等の状態であると評価されているWECPNL六〇以下に保持することを目的とした工事であり、そのために所要防音量を定め、これを達成するために必要な工事をするものである。
ところで、この住宅防音工事の効果については、原告らの住居の全室に対して防音工事が施工されているとは認められないこと、通常の生活を営む以上は常時防音室内のみに在室することはできないこと、防音室を常時閉め切っておくことはできないことなどを理由に、住宅防音工事の助成措置によっても周辺住民に対する騒音による影響を完全に解消するものではないとして、この対策の効果を不当に低く評価する反論が予想されないわけではないが、そのような見解は全く皮相なものというほかない。なぜなら、住宅防音工事の施工により航空機騒音による損害を全面的に解消されるに至れば、そもそも損害が存在しなくなり、したがって、違法性を論ずる余地はなくなるのであるから、違法性判断にあたり騒音対策として実施された住宅防音工事の助成を考慮するとは、住宅防音工事の施工によっても航空機騒音による損害が全面的に解消されるに至っていない場合であっても、住宅防音工事の助成を行っていることが、他の諸対策とあいまって、技術的及び財政的制約の下でできうる限りの騒音対策をとっていると認められるか否かを判断することであり、住宅防音工事の効果を評価するにあたっても、右のような観点から評価すべきであるからである。
(3) 住宅防音工事の助成以外の防音対策
被告が実施している住宅防音工事の助成以外の防音対策には、学校等に対する防音対策(生活環境整備法三条二項一号、三号)、病院等に対する防音対策(同項二号、三号)及び民生安定に係る公共施設に対する防音対策(同法八条)がある。これらの諸対策は、飛行場周辺の住民が自宅以外で行う学習、療養、サークル活動等に対する騒音の影響を防止軽減することなどを目的としているものである。
(4) 緑地帯整備
この措置は、航空機の運航上の支障を軽減するとともに、飛行場に近接した地域としての好ましい自然環境を整備し、あわせて地上音の軽減を図るため、生活環境整備法六条及び同条の趣旨に基づいて、移転措置実施後の跡地を整備し、植樹等によって緑地化するものである。
(5) その他の騒音対策
騒音による人々の主観的な反応を軽減させるためには、飛行場周辺に対する全体的、地域的対策及び各個人に対する助成ないし補償的対策を含めた総合的対策こそが最も効果的なものであることから、被告は、周辺住民の生活の安定及び福祉の向上のため、①障害防止工事の助成、②民生安定施設の一般助成、③特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付、④国有提供施設等所在市町村助成交付金の交付、⑤農耕阻害補償、⑥テレビ受信料の補助、⑦騒音用電話機の設置等の諸施設を実施している。
(6) 原告らに対する周辺対策
原告らのうち、移転補償措置、住宅防音工事の助成等の周辺対策を受けた者及びその内容、実績等は、別紙第六「原告別騒音防止対策補助事業実績表(1総括表、2個別表)」記載のとおりである。
(三) 運航対策等
被告は、日米合同委員会航空機騒音対策分科会等において、米軍に対し、本件飛行場における騒音の軽減を要請しており、米軍においては、本件飛行場において、騒音軽減のため、飛行場の場周経路の輪郭はできる限り人口稠密地域上空を避けるようにすること、低空飛行は任務がかかる飛行を必要とする場合を除き避けること、アフターバーナーの使用は任務の遂行又は運用上の必要性のために必要な場合だけに制限すること、午後一〇時以降翌日午前六時までの間は飛行活動及び地上活動とも最小限に抑える場周経路においては航空機がダウン・ウィンド・レグ(場周経路上の順風の位置)に入るまではクリーン・コンフィギュレーション(脚等を引っ込めた状態)で飛行すること(クリーン・コンフィギュレーションで飛行する場合、出力を小さくすることができるため騒音は減少する。)などの運航対策を行っている。
6 損害賠償請求についての問題点
(一) 将来の損害賠償請求について(本案前の主張)
原告らは、本訴において、その求める差止めの履行済みまで一か月につき各三万三〇〇〇円の支払を求めるとして、将来発生する損害の賠償をも請求している。しかし、右将来の損害賠償請求に係る訴えは、次のとおり不適法である。
いわゆる継続的不法行為が存在する場合において、将来生ずべき損害についてあらかじめ損害賠償請求をすることが許されるのは、民事訴訟法二二六条の規定に照らし、将来にわたって、侵害行為、違法性、損害の範囲等の不法行為の成立要件があらかじめ一義的かつ明白に確定しうる場合でなければならない。
ところが、本件の場合、将来における航空機騒音の暴露等の侵害行為及びその違法性の存否、損害の範囲等は、被告の実施している騒音対策の進展、原告らの生活事情の変動等を考慮すると、これらにつきあらかじめ明確な判断をなしえないのである。したがって、本件の将来の損害賠償請求は、民事訴訟法二二六条所定の将来の給付の訴えとしての適格性を欠く違法なものであり、却下されるべきものである。
(二) 一律請求について
原告らは、原告ら各自について一一五万円とか一か月三万三〇〇〇円という一律の金額による請求をしている。しかし、原告らにその主張のような損害が仮に存するとしても、そのそれぞれの内容は、各原告の居住地の本件飛行場からの距離、居住期間、一日のうちの居住地にいる時間、居住環境、職業、性別等のいかんによって明らかに異なるはずであり、これら各別の事情を捨象した一律請求は不当である。
7 消滅時効の抗弁
仮に、原告らに何らかの損害が生じているとしても、本件地域においては、昭和四七年までの間に本件航空機騒音等に抗議する団体が結成され、同趣旨の集会がたびたび開かれるなどしており、このことからすると、原告らは本土復帰後に開かれたそうした一連の集会の最後の日である昭和四七年一〇月二九日までには、被告に対し損害賠償請求をすることが可能であることを知っていたというべきである。そうすると、第一次訴訟については原告らが訴えを提起した昭和五七年二月二六日から、第二次訴訟については原告らが訴えを提起した昭和五八年二月二六日から、第三次訴訟については原告が訴えを提起した昭和六一年九月三〇日から、それぞれ三年以前の損害(弁護士費用も含む。)についての請求権は時効によって消滅している。
被告は、本訴において、右消滅時効を援用する。
三被告の主張に対する原告らの反論の要旨
1 統治行為論に対する反論
わが国の判例上、統治行為論ないし高度の政治問題の概念は確立した法理とはいえない。また、本件差止訴訟は、嘉手納基地の使用の全面的禁止を求めているわけではなく、一定の時間帯の騒音の排出の禁止とその余の時間帯の一定程度以上の音量の騒音の原告ら居住地内への到達の禁止を求めているにすぎず、かかる騒音差止めの訴えについての訴訟要件の存否を判断するうえで、わが国の防衛態勢の適否あるいは安保条約そのものの効力等について判断しなければならないという必然性はない。
2 民事訴訟による本件差止請求の適法性
本件差止訴訟は、被告国に対して一定の侵害状態の排除を求める私法上の訴えであり、通常の民事上の給付請求である。たとえその内容を実現するために外交交渉等の手段をとることが適当であると被告国が判断したとしても、それは給付内容を実現するための一つの方法にすぎず、それ自体が給付の対象になるわけではない。すなわち、原告らは、被告国に対し、外交交渉等の義務付けを求めているものではない。
3 差止請求の趣旨の特定性
本件差止請求のうち、一定時間帯における一定程度以上の音量の騒音の原告ら居住地内への到達の禁止を求める部分についても、侵害発生の原因を明らかにしたうえ除去されるべき侵害の結果を特定すれば足りるというべきであり、侵害の除去のための具体的な行為内容を特定することまでは必要でない。本訴のような請求の方法をとるならば、加害者にとっても、侵害の防止措置の手段を任意に選択する機会を与えられることになるのであって、より公平であり、合理的である。また、その執行手続についても、間接強制及び民法四一四条三項後段の「将来のための適当な処分」によって十分可能である。
4 危険への接近の法理に対する反論
被告国は、米軍に本件飛行場を提供し、その拡張に協力して、原告らの騒音被害を助長してきた悪質な加害者であり、撤去されるべきはむしろ本件飛行場のほうであって、危険への接近の法理の適用はかえって公平の理念に反する。また、基地周辺の住宅地の形成は被告国の責任である。したがって、危険への接近の法理は本件には妥当しない。
また、原告らが本件飛行場周辺地域に転入してきたのは、結婚、家族の扶養看護、転職等によって転居を余儀なくされたこと、親からの贈与や相続等によって土地、建物を取得したことなどやむをえない事情に基づくものであり、こうした個別事情から判断しても、原告らに危険への接近の法理を適用すべきでない。
5 消滅時効に対する反論
(一) 本件騒音による被害は長期間にわたって累積されてきた一個のものとみるべきであり、これを個々の不法行為に分解して日々時効が進行していくと解することは適当でない。本件については鉱業法一一五条二項を類推適用すべきであって、未だ時効が進行していると解すべきではない。
(二) 被告国は、住民らの抗議行動を無視して侵害行為を継続してきたものであり、また、原告らが本件訴訟を提起するについて相当の困難が伴ったことなどに鑑みると、被告国が消滅時効を援用することは権利の濫用であって許されない。
第四争点の概要
本件訴訟における争点の概要は次のとおりであり、その詳細については第三章「争点についての判断」の各該当箇所で説示する。
一本件差止請求の成否
二本件航空機騒音等の実態とそれによる原告らの被害の内容、程度、とりわけ難聴等の身体的被害が生じており、あるいはその危険性があるといえるか。
三右侵害行為や被害内容の認定に基づき、また、本件飛行場の公共性、被告の騒音対策等を勘案したうえで、本件航空機騒音等の侵害が受忍限度を超えた違法なものと評価されるかどうか、すなわち本件における具体的な受忍限度の基準値とその決定方法
四いわゆる危険への接近の法理の適用の有無、ことにその具体的要件と主張立証責任
五消滅時効の成否
六将来の損害賠償請求に係る訴えの適否
七損害賠償額の算定方法及び金額
第三章争点についての判断
第一差止請求について
本件差止請求は、前記第二章第二の一2「本件飛行場の設置、管理の経緯」に示したとおり被告が安保条約六条及び地位協定二条一項(a)に基づき米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供している本件飛行場について、被告に対し、アメリカ合衆国をして、一定の時間帯(毎日午後七時から翌日午前七時までの間)において航空機の離着陸等をさせないこと及びその余の時間帯において原告らの居住地内に一定限度以上の航空機騒音を到達させないことを求めるものである。
すなわち、原告らは、被告が本件飛行場をアメリカ合衆国に提供し、これに付随して種々の便益を米軍に与えていること等を理由として、被告に対し、米軍の航空機の離着陸等の差止めや米軍の発する航空機騒音の到達の差止めを求めているものであって、原告らの主張する被害を直接に生じさせている者が被告ではなく米軍であることは、原告らもその主張の前提としているものと解される。
そうすると、本件差止請求は、原告らに対する被害を直接に生じさせている者ではない被告に対し、第三者である米軍の行為の差止めを求めるものであるから、原告らが被告に対してその主張するような差止めを請求することができるためには、被告が米軍の使用する航空機の運航等を規制し、制限することのできる立場にあることを要するものというべきところ、前記のとおり、本件飛行場に係る被告と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから、被告は、条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り、米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限しうるものではなく、関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうすると、原告らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、本件差止請求は、その余の点について判断するまでもなく、主張自体これをとることができないものとして棄却を免れない(最高裁昭和六二年(オ)第五八号、昭和六三年(オ)第六一一号、各平成五年二月二五日第一小法廷判決・前者につき民集四七巻二号六四三頁)。
なお、付言すれば、本件差止請求は、前記のとおり、またその請求の趣旨からも明らかなとおり、被告に対し、あくまでアメリカ合衆国に対する何らかの作為ないし働きかけを行うことによってその請求内容を実現することを求めるものと解される。原告らの主張にはこの点若干あいまいな部分があるものの、これを全体としてみれば右のような趣旨と解され、本件差止請求について、これとあわせて、被告に対し、米軍とは全く関係なく、言い換えれば前記のような条約ないしこれに基づく国内法令中の特段の定めの有無にかかわりなく、被告独自でなしうる措置をとることによってその請求内容を実現することをも求めるものとまでは解されない。したがって、この点については判断の限りではない。
第二損害賠償請求に係る訴えの適法性、被侵害利益及び根拠法条について
一訴えの適法性について
本件損害賠償請求に係る訴えのうち、口頭弁論終結の日までに生じたとする損害の賠償を求める部分については、訴えの適法性について何ら問題となるような点は存しない。原告ら各自について同一の金額による一律請求をしている点についても、原告ら各自の被っている個別的被害を一定限度で原告らに共通するものととらえたうえでその賠償を請求するものと解されるから、不当とはいえない(もっとも、現実に損害額を算定するにあたっては、原告ら各自が被っている騒音被害の程度に応じ、ある程度の幅をもった段階的な評価がされることが合理的であるといえるが、このことが原告らの一律請求を不当とするものでないことは当然である。)。
本件損害賠償請求に係る訴えのうち口頭弁論終結の日の翌日以降に生じるとする損害の賠償を求める部分については、本案前の問題としてその適法性が問題となるが、これについては後記第九「将来の損害賠償請求に係る訴えの適法性」で改めて検討することとする。
二損害賠償請求の被侵害利益について
被告は、原告らが本件損害賠償請求の根拠として主張している被侵害利益のうち人格権、環境権及び平和的生存権については、実定法上の根拠を欠くものであり、また、その要件及び効果が不明確であって、権利性を欠き、本件損害賠償請求の被侵害利益とならない旨主張する。
原告らの主張している各種の被害のうちその中核となる身体的、精神的被害が不法行為法上法的に保護された利益の侵害にあたることはいうまでもないから、本件損害賠償請求について判断する前提としてあえてこの点について判断を加えておく必要はないとも考えられる。しかしながら、右のような被侵害利益が単に不法行為法上法的に保護された利益であるというにとどまらず、実体法上その権利性を承認された具体的権利である場合には、このことが違法性ないし受忍限度の判断に影響を及ぼすものと考えられるから、これについて一応の判断を加えておくこととする。
1 人格権について
原告らが本訴において人格権として主張するものの具体的な内容は、騒音、振動等によって難聴等の身体的被害が生じた、又は身体的被害に至らないまでも日常会話や睡眠等の人間が生活していくうえで当然守られるべき生活上の必須条件を侵害されたというものである。
そこで検討するに、まず、人の生命、身体に関する権利はもちろん、名誉あるいは氏名や肖像に関する権利等の、人間にとって物権や各種の財産権以上に重要でありかつ構成要件の明確ないくつかの権利が個別的人格権としてその権利性を主張しうるものであることは今日広く承認されているところである。したがって、原告らの主張する被侵害利益のうち身体に関する権利については、これを人格権の中核たる権利としてとらえることができる。
次に、原告らの主張する被侵害利益のうち身体に関する権利を除いた生活上の諸利益、たとえば他人と円滑に会話をかわし、十分な休養や睡眠をとるなどの平穏かつ快適な日常生活を享受する利益も、人たるに値する生活を営むための重要な前提ないし要素となるものであるから、かかる利益も、不法行為法上法的に保護された利益にあたることはもちろん、少なくともそれらのうち生命、身体に関する権利に準じるような重要かつ明確なものについては、これを人格権概念の中に含めて考えることができないではないと思われる。しかし、このような日常生活上の利益については、その性格や重要性の程度についても幅があるので、たとえこれを人格権概念の境界領域に含めて考えるとしても、このような生活上の利益の侵害があればただちに違法性判断にあたっての利益衡量が大幅に制限され、受忍限度が飛躍的に高まるとまで解することはできず、違法性の判断にあたって被侵害利益の性質や内容を検討するうえで右の点が考慮されるべきであるというにとどまるものと解される。
2 環境権について
原告らが主張する環境権とは、良き生活環境を享受し、かつこれを支配しうる権利であるということであるが、このような抽象的内容にとどまる限り、実体法上の根拠を欠く(憲法一三条や二五条によって、ただちに、これに私法上の権利としての性格が与えられたと解することはできない。)のみならず、その要件、効果等が明確でないなど、権利性が未熟であって、法的権利として確立したものと認めることはできない。なお、原告らが主張する環境利益の侵害は、これが個人の具体的、基本的生活利益の重大な侵害となる限り、前述のような意味における人格権の侵害の問題として把握することができ、その中で法的保護をはかることができるものであり、現時点における法解釈としては、これをもって足りるというべきである。
3 平和的生存権について
原告の主張する平和的生存権とは、平和的手段によって平和な状態ないし環境を維持し、その下で快適な生活を営む権利ということであるが、これについても、環境権と同様に実定法上の根拠を欠くのみならず、原告らが平和的生存権の中核をなす概念として主張する「平和」は、理念ないし目的としての抽象的概念であって、私法上の権利の目的、対象となるような具体性を有しないものというほかないから、平和的生存権を、私法上の具体的な権利として把握することは困難であるといわざるをえない。
三損害賠償請求の根拠法条について
被告は、原告が本件損害賠償請求の根拠法条として主張する民事特別法一条、二条、国賠法一条、二条は、本件に適用の余地がない旨主張するので、前提問題としてここでこの点について判断しておくこととする。
1 民事特別法二条について
まず、民事特別法二条について検討するに、同条にいう「土地の工作物その他の物件の設置又は管理の瑕疵」とは、当該物件を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって他人に危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず、その物件が供用目的に沿って利用されることとの関連において他人に危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、当該工作物等の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても、これを超える利用によって危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右工作物等の設置、管理には瑕疵があるというを妨げず、したがって、右工作物等の設置、管理者において、そのような危険性があるにもかかわらず、これにつき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用に供し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生ぜしめたときは、それが右設置、管理者の予測しえない事由によるものでない限り、同項の規定による責任を免れることができない(最高裁昭和六三年(オ)第六一二ないし六一四号、各平成五年二月二五日第一小法廷判決、なお、最高裁昭和五一年(オ)第三九五号、同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁)。
これを本件に即してみれば、前記第二章第二の一「本件飛行場の概要」において判示した事実に照らし、本件飛行場が米軍の占有、管理する土地の工作物に該当することは明らかであるから、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音等によって原告ら周辺住民が受忍限度を超える被害を受けており、これについて米軍に前記のような一定の要件が存在するならば、原告らは同条を根拠として被告に対し損害賠償請求をすることができるものであって、この点に関する被告の主張(同条の瑕疵は物的性状瑕疵に限られ、供用関連瑕疵は含まれないとの主張)は理由がない。
次に、被告は、民事特別法二条の要件として、①危害発生の危険性、②予見可能性、③回避可能性、の各存在が必要であり、これらはすべて原告らが主張立証責任を負う事項であるところ、この点についての具体的主張立証がない旨主張するが、原告らは、前記のとおり、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音等によって受忍限度を超える被害を被っており、また、これは、本件飛行場が多数の住民が居住する地域に極めて接近しているなどその立地条件が劣悪であり、これにジェット戦闘機を中心とした多数の航空機が離着陸すること又はエンジン調整を行うこと等の運航行為によって周辺住民に騒音等による被害を与えることが避け難い状況にありながら、これを管理する米軍が何ら有効な被害防止又は軽減のための措置を講じないままそれら航空機の離着陸に使用してきたことに起因すると主張しているのであるから、原告らの主張自体は右の各要件をみたしているものと理解できる。次にそれらの要件の立証についても、原告らとしては危害(受忍限度を超えた被害)の発生のみを立証すれば足り、②、③についてはむしろ被告においてその不存在を基礎づける事実を間接反証として立証しない限り、設置又は管理の瑕疵が推認されると解するのが相当である。なお、後に認定判断するとおり、本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音等により原告らの一部に受忍限度を超えた被害が発生しているところ、後に認定する事実関係の下では、本件飛行場を管理する米軍においてその予見及び回避が不可能であったとはいえない。
2 その他の根拠法条について
原告らは、右に検討した民事特別法二条のほか、民事特別法一条、国賠法一、二条に基づく損害賠償請求をも選択的に主張するので、これら法条の適用の有無について検討するに、まず、前記のとおり本件飛行場は米軍が占有、管理するもので、被告が設置、管理するものといえないから、国賠法二条一項の適用の余地のないことは明らかである。
また、国賠法一条一項については、原告らの主張では、その対象となる不法行為者及び不法行為を十分に特定しているとはいえないのではないかという問題があり、その適用を必ずしも簡単に肯認することはできないと考えられる。
次に、民事特別法一条については、本件航空機騒音が、米軍の構成員又は被用者がその職務である航空機の運航等を行うことにより発生しているものであることは当事者に争いのないところと考えられるから、前記の点の特定は最低限満たしているものと理解される。しかし、同条の適用を肯定するためには、原告らの被害が受忍限度を超えたものと認められる必要があると解され、米軍の構成員又は被用者による航空機の運航によってそのような被害が発生していることが認められるような場合には、後に認定する事実関係の下では、同時に、本件飛行場につき民事特別法二条にいう「設置管理の瑕疵」の要件を満たすこととなると解されるから、仮に、民事特別法一条の重畳的な適用を認めたとしても、これが民事特別法二条によって認められる被告の損害賠償責任の範囲をいささかなりとも拡張するとは考えられない。
このことに、原告らがこれらの責任を選択的に主張していることをあわせて考えると、本件損害賠償請求のうち民事特別法二条に基づく損害賠償請求について判断すれば必要にして十分であるといえるので、民事特別法一条に基づく損害賠償請求権の存否についてはあえて判断する必要がないと解される。
第三侵害行為
一航空機騒音
1 はじめに
航空機騒音は、大きくみると飛行騒音と地上音(エンジンテスト音、航空機の離陸前のエンジン調整音や誘導音等)に分けることができる。そこで、以下、まず、飛行騒音を中心とした本件航空機騒音全体の内容、程度について説示し、次いで地上音のみの影響について述べ、最後にこれらをあわせた航空機騒音の影響を全体的に考察することとする。
本件飛行場に運航する航空機の発する騒音の原告ら周辺住民に対する影響は、航空機が発する騒音の音量、音質、発生頻度、原告らの住民と本件飛行場との距離あるいは飛行経路との位置関係等に大きく左右され、さらに、風向、気温、地形等の自然的条件によっても変化しうることは経験則上明らかである。しかし、本件飛行場が米軍の占有、管理、使用する軍事飛行場であることから、本件飛行場における航空機の運航は不定期であるうえ、米軍機の日常の飛行回数、飛行経路等その飛行実体を具体的に明らかにする的確な証拠資料が提出されていないため、騒音発生の実態を具体的かつ正確に把握することは困難である。また、個々の原告の住居(住居地)に到達する騒音の程度についてみても、本件飛行場と各原告の住居との距離だけから単純に推認できるものではなく、前記のとおり、飛行経路との位置関係や地形等様々な要素によって相当変わってくるものと考えられるところ、こうした要素についても本件証拠上明確ではなく、原告らの各住居の存する地域ごとの騒音の程度を、各地域ごとに具体的、継続的に明らかにするような証拠資料もない。
したがって、本件飛行場周辺における航空機騒音の実態は、本件証拠のうち、主として周辺自治体等が航空機騒音を特定の地点についてある程度の期間にわたって継続して測定した記録やこれに基づいて被告において作成したグラフや表、あるいは当裁判所の検証の結果等によって、全体としてのおおよその傾向を把握したうえ、個々の原告らの住居に到達する実際の騒音の程度については、原告らの各居住地に係る生活環境整備法上の区域指定(以下、これを単に「区域指定」ということもある。)におけるWECPNL値を手がかりにして推認するほかない。
ところで、本件航空機騒音の発生は、米軍に提供されている軍事飛行場というその性格から日々変動していて定常性がないので、その実態を把握するためには、できる限り長期にわたり継続的に騒音の発生を調査、記録することが必要であるところ、本件証拠となっている周辺自治体、関係機関等による騒音測定記録は、一部の例外を除き、短期間の、かつ限られた地域のものがほとんどで、しかも、大半の測定記録が昭和五〇年ころ以降の騒音調査によるものであって、それ以前の傾向を把握するに足る信頼性の高い客観的資料に乏しい。また、本件飛行場の基地機能の変遷や具体的配備機種及び機数等の変遷についての信頼できる具体的な資料も乏しく(<書証番号略>等一時期における配備機種、機数を示すものがあるのみであり、それも自治体等作成の資料であって、その根拠は必ずしも明らかではない。)、これらによってもせいぜい前記第二章第二の一3「本件飛行場の基地機能の変遷」に記載した程度の事実が認定できるだけであるから、右のような事実から具体的な騒音量の推移を読み取ることも容易ではない。
以上のような本件証拠の概況に鑑みると、本件における航空機騒音の実態を正確に把握することはかなり困難な作業というほかないが、以下、本件証拠資料のうち、一定の地点について比較的長期間継続的に測定されていてその信頼性が高いと思われる北谷町、嘉手納町の騒音測定記録(後記3)、また沖縄県が多数の地点について、同様に、常時、あるいは毎年一定の期間継続的に測定した結果を環境白書にまとめたもの(後記4)ないしこれらに基づいて被告において作成提出したグラフや表等を中心に検討していくことにより、本件における航空機騒音の傾向をできる限り明らかにし、これとあわせて生活環境整備法上の区域指定におけるW値などを参考にしながら、原告らの各住居の存する地域における騒音の程度を認定していくこととする。
2 滑走路南西端付近及び北東端付近における航空機騒音自動測定結果
被告国が本件飛行場の滑走路南西端付近及び北東端付近の二か所に設置した自動騒音測定装置による年間の航空機騒音(七〇dB(A)以上)の測定結果は、別紙第七「嘉手納飛行場に係る航空機騒音自動測定結果」記載のとおりである(<書証番号略>)。
これに基づいて、各年度ごとの一日当たりの平均騒音発生回数を求めると次のとおりとなる。
滑走路南西端付近 滑走路北東端付近昭和六二年
約98.8回 約109.9回
昭和六三年
約92.9回 約101.6回
平成元年
約93.5回 約98.4回
平成二年
約168.7回 約108.0回
平成三年
約163.1回 約106.7回
右測定地点は、滑走路に近接した最も騒音の激しい地点であって、原告らの居住地に到達する騒音は、そこで発生している騒音よりは相当程度減衰しているものと考えられるが、右測定結果による騒音の発生回数は、平成二、三年の滑走路南西端付近でのそれをみると、一日当たり平均一六〇ないし一七〇とかなり頻度の高いものであり、それ以外の数値も一日当たり平均一〇〇回前後の頻度を示しているから、本件飛行場、ことにその滑走路先端に近接した地域ではかなり頻繁に航空機騒音が発生していることを示すものといえる。
3 北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による検討
(一) はじめに
(1) 北谷町は、①北谷町字吉原一〇番地(北谷町役場。以下、測定地点名を「北谷町役場」と略称する。)及び②北谷町字砂辺四〇七番地(以下、測定地点名を「北谷町砂辺」と略称する。)において、嘉手納町は、昭和五九年六月二八日以前は③嘉手納町字嘉手納八一番地(旧嘉手納町役場)、同月三〇日以降は④嘉手納町字嘉手納五八八番地(現嘉手納町役場)(③及び④の測定地点は数百メートルの距離にあって近接しており、両者の騒音の程度に格段の相違があるとまでは考えられないので、以下、まとめて、測定地点名を「嘉手納町役場」と略称するが、その測定数値は、昭和五九年六月二八日以前は旧嘉手納町役場で、同月三〇日以降は現嘉手納町役場で測定されたものである。)において、それぞれデジタル騒音計を設置して、右各測定地点に到達する騒音を継続的に測定しているところ(<書証番号略>)、これらの騒音測定記録は、本件証拠となっている騒音測定の結果のうちでは、同一地点について比較的長期間にわたって継続的に測定されたものであり、その結果も比較的よく整理されていて信頼性が高いので、まず、これによって、本件飛行場周辺地域おける航空機騒音発生の状況について検討することとする。
(2) 測定条件
騒音記録の設定レベルは七〇dB(A)で、騒音継続時間五秒以上(ピークレベルから一〇dB(A)低いレベル以上の継続時間が五秒以上のものをいう。)の騒音を記録することになっており、右条件を満たすならば地上音も騒音として記録されることはもとより(したがって、以下検討する測定値には地上音も相当程度含まれている場合もあるものと認められる。)、航空機騒音以外の騒音も記録されることとなっている。また、台風の影響などで風速一五メートル以上の風が吹くと、マイクロホン近傍で発生する風雑音が騒音として記録されることがある(<書証番号略>)。しかし、右各測定地点において航空機騒音以外に七〇dB(A)以上の騒音を発生させるような特に目立った騒音源があるとは考えられず(もっとも、原告長浜眞一(原告番号一六五)に係る本人尋問調書添付の地図によると、現嘉手納町役場については国道五八号線に面していることが認められるから、道路騒音の影響が若干はありえないではない。)、また、<書証番号略>によると、台風等の時は測定を中止している場合があることが認められ、これによると異常気象の時には一般的に測定を中止していることが窺われるから、風雑音による影響がそれほどあるとも思われない。また、右測定結果は、後に認定するような他の騒音測定結果とも矛盾しない結果を示しているから、<書証番号略>の騒音測定記録は、右各測定地点における航空機騒音(地上音を含む。)の影響をよく示しているものとみてさしつかえないと考えられる。
(3) 各測定地点の状況(弁論の全趣旨により認められる。なお、各測定地点のおおまかな所在場所については、別紙第八「北谷町及び嘉手納町固定測定点位置図」に示されているとおりであり、北谷町役場が同図の①、北谷町砂辺が同図の②、旧嘉手納町役場が同図の③、現嘉手納町役場が同図の④である(<書証番号略>)。)
ア 測定地点「北谷町役場」は、本件飛行場の南側滑走路南西端から南方へ約3.5キロメートルの地点に位置し、生活環境整備法上の区域指定においてW値八〇以上八五未満の区域として告示された区域内にある。
イ 測定地点「北谷町砂辺」は、原告渡慶次保(原告番号四四)宅であり、本件飛行場の南側滑走路南西端から西方へ約0.7キロメートルの地点に位置し、生活環境整備法上の区域指定においてW値九五以上の区域として告示された区域内に所在し、本件飛行場周辺にあって原告らが居住する地域のうち航空機騒音の最も激しい(ただし、地上音を除く。)区域内にあるということができる。
ウ 測定地点「嘉手納町役場」のうち、旧嘉手納町役場は、本件飛行場の北側滑走路のほぼ中央から北方へ約1.2キロメートルの地点に位置し、生活環境整備法上の区域指定においてW値八五以上九〇未満の区域として告示された区域内にある。現嘉手納町役場は、本件飛行場の北側滑走路のほぼ中央から北方へ約一キロメートルの地点に位置し、生活環境整備法上の区域指定においてW値八五以上九〇未満の区域として告示された区域とおおむね同程度の騒音に暴露される地域と推認できる(生活環境整備法、同施行令に基づく防衛施設庁の昭和五三年一二月二八日の告示(<書証番号略>)がされた時点では未だ米軍提供施設区域内にあったため、現在も未指定区域であるが、右告示によってW値八五以上九〇未満の区域として告示された区域よりも本件飛行場寄りの場所に位置する。なお、後記第五の二「周辺対策」1「概観」に示すように右区域指定の基礎となったと考えられる<書証番号略>の八一、八二ページのコンター(WECPNLコンター、すなわち、地図の等高線のようにW値の等しい点を結んだ線図である。)上でみると、この地点は、W値八五以上九〇未満の区域内にある。)。
(二) 騒音発生回数
一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数の年間平均値は次のとおりである(以下、(二)ないし(五)において――で示した部分は、測定自体がされていないか、あるいは資料上数値が集計、算出されていない―該当する項目についての数値を算出するのに十分な測定がなされていないなどの理由によるものと考えられる。―ものである。)。
北谷町役場 北谷町砂辺 嘉手納町役場
昭和五三年 45.1 ―― 134
昭和五四年 48.5 ―― 131
昭和五五年 26.2 ―― 108
昭和五六年 16.3 ―― 38
昭和五七年 21.1 ―― 31
昭和五八年 21.8 ―― 85
昭和五九年 21.2 ―― 122
昭和六〇年 21.7 112.0 106
昭和六一年 25.8 125.6 105
昭和六二年 30.7 117.6 108
昭和六三年 21.8 116.1 102
平成元年 19.2 108.4 95
平成二年 18.5 99.2 83
平成三年 14.2 90.8 71
このうち、早朝(〇時ないし七時)、深夜(二二時ないし二四時)の一日当たり騒音発生回数の年平均値は次のとおりである(上段は早朝の発生回数を、下段は深夜の発生回数を示す。)。なお、右に示した時間帯の区分は、後記第五の二「周辺対策」1「概観」に示すようなW値算出の過程において一日の総飛行回数算出のために時間帯による重み付けをする際の時間帯の区分によるものである。
北谷町役場 北谷町砂辺 嘉手納町役場
昭和五三年 ―― ―― 5/7
昭和五四年 ―― ―― 7/3
昭和五五年 ―― ―― 6/2
昭和五六年 ―― ―― 1/1
昭和五七年 ―― ―― 1/0
昭和五八年 0.7/0.2 ―― 4/1
昭和五九年 0.7/0.1 ―― 8/3
昭和六〇年 0.9/0.4 3.9/1.0 7/2
昭和六一年 0.9/0.3 3.9/1.3 7/3
昭和六二年 1.8/0.3 4.4/1.0 6/2
昭和六三年 1.2/0.3 4.2/1.6 6/2
平成元年 1.1/0.2 3.6/1.6 5/2
平成二年 0.7/0.5 4.4/1.9 4/2
平成三年 1.0/0.2 6.2/3.8 3/2
(早朝の発生回数/深夜の発生回数)
(三) 騒音持続時間
一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音持続時間(騒音累積持続時間、単位は秒)の年間平均値は次のとおりである。
北谷町役場 北谷町砂辺 嘉手納町役場
昭和五三年 七九四 ―― 三六四二
昭和五四年 八二七 ―― 三三一〇
昭和五五年 四〇八 ―― 二五四六
昭和五六年 二〇八 ―― 七二九
昭和五七年 三三五 ―― 五六九
昭和五八年 三四三 ―― 一九四八
昭和五九年 三三三 ―― 三四九六
昭和六〇年 三三一 三七九九 四二九二
昭和六一年 三八七 三六五七 五一〇三
昭和六二年 四二〇 三八八四 四六六二
昭和六三年 三四五 四一三〇 四三三〇
平成元年 二六六 三六七五 三五二六
昭和二年 二五六 三七〇六 三〇五四
昭和三年 一九五 三六一五 二三六七
(四) 騒音のパワー平均値
七〇dB(A)以上の騒音の月間パワー平均値(dB(A))を各年ごとに平均したもの、すなわち各年ごとの騒音のパワー平均値は次のとおりである。
北谷町役場 北谷町砂辺 嘉手納町役場
昭和五三年 84.1 ―― 83.7
昭和五四年 84.8 ―― 85.4
昭和五五年 83.8 ―― 85.1
昭和五六年 82.6 ―― 80.9
昭和五七年 83.8 ―― 79.6
昭和五八年 82.1 ―― 85.6
昭和五九年 83.2 ―― 87.6
昭和六〇年 84.3 93.9 85.6
昭和六一年 82.7 94.9 86.4
昭和六二年 82.2 94.8 85.4
昭和六三年 84.5 95.1 84.9
平成元年 87.5 94.0 84.6
平成二年 83.2 ―― 85.0
平成三年 83.6 91.6 83.8
(五) 月間WECPNL値の年平均値
WECPNLの月間パワー平均値を各年ごとに平均したもの、すなわち各年ごとのWECPNLの平均値は次のとおりである。
北谷町役場 北谷町砂辺 嘉手納町役場
昭和五三年 75.9 ―― 81.2
昭和五四年 76.5 ―― 82.2
昭和五五年 72.4 ―― 81.5
昭和五六年 69.1 ―― 72.6
昭和五七年 72.0 ―― 70.1
昭和五八年 71.0 ―― 79.5
昭和五九年 71.2 ―― 83.5
昭和六〇年 ―― 88.8 81.7
昭和六一年 ―― 89.9 83.8
昭和六二年 ―― 90.4 81.4
昭和六三年 ―― 90.7 80.8
平成元年 76.2 89.2 80.1
平成二年 71.7 ―― 79.8
平成三年 71.8 88.7 77.8
(六) 騒音量の年次的推移
以上(二)ないし(五)に示した数値によると、騒音量は、昭和五三年から平成三年までの間に年によって多少のばらつきがあるものの、北谷町役場で昭和五三、五四年の騒音発生回数と騒音持続時間が大きく、北谷町砂辺で平成三年の早朝、深夜の騒音発生回数が大きく、嘉手納町役場で昭和五三、五四年の騒音発生回数がやや大きく、反対に、昭和五六、五七年には騒音発生回数、騒音持続時間が小さく、W値もかなり低いことがそれぞれやや目立つ程度であり、全体としての増加又は減少等の目だった傾向は指摘できず、ほぼ横ばいということができる。なお、平成三年にはペルシャ湾岸紛争があったが、年間の平均的な騒音量としてみると、これにより騒音が増加しているとはいえない。
(七) 騒音量の月別、曜日別、時間帯別推移
各測定地点における騒音量の月別、曜日別、時間帯別推移は、別紙第九「北谷町及び嘉手納町の航空機騒音測定結果(<書証番号略>)に基づく推移表(平成元年から平成三年まで)」(被告が<書証番号略>における平成元年から平成三年までの測定結果に基づいてグラフ化したもの)のとおりである(<書証番号略>)。
これによれば、各測定地点における騒音量の月別、曜日別、時間帯別推移について、次のような傾向がみられる。まず、月別の推移については、各測定地点において目立った増減傾向は指摘できず、ただ北谷町砂辺において六、七月ころに騒音量(月別W値)にやや増加傾向が認められるのみである。次いで、曜日別の推移については、各測定地点とも、曜日別W値、同測定飛行回数は、おおむね、火曜、水曜、木曜を中心とした(ただし、北谷町役場については、はっきりした傾向はない。)平日に比較的高い値を示し、土曜、日曜にはこれと比較すれば低い値を示しているといえるものの、これを絶対量としてみるならば、土曜、日曜にもなおかなりの騒音が発生しているということができる。さらに、時間帯別の推移については、各測定地点とも、早朝(〇時ないし七時)、深夜(二二時ないし二四時)の騒音量は、全体としての騒音量に占める割合からみる限りは比較的少なく、夜間(一九時ないし二二時)の騒音量の占める割合は、これに次いで少ないといえる。しかし、これもあくまで全体としての騒音量の中に占める割合の相体的な比較の問題であって、右早朝、深夜の騒音量は、絶対量としてみるならば、ことに北谷町砂辺、嘉手納町役場においては、人間の生活において通常高い静謐さが要求される時間帯の騒音量としては決して少ないとはいえず、むしろ騒音発生の頻度はかなり高いものといわざるをえない(なお、右時間帯区分の意味については、前記(二)と同様である。)。
(八) 各測定地点における騒音暴露の内容、程度についてのまとめ
以上に示した騒音測定結果の概要に照らし、各測定地点における騒音暴露の内容、程度について、騒音量の大きい地点から順にまとめて検討する。
(1) 北谷町砂辺
北谷町砂辺においては、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数は、約九〇回ないし一二五回(平均約一一〇回)であり、各年によって多少の変動があるものの、かなり頻繁に騒音が発生しており、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音持続時間も約一時間強(平均三七八一秒)であり、これが間欠的騒音であることを考えると、かなり頻繁に騒音に暴露されているものといえる。早朝(〇時ないし七時)、深夜(二二時ないし二四時)の一日当たりの騒音発生回数は、早朝が平成三年を除きほぼ四回前後であり、深夜がやはり平成三年を除き一、二回程度となっており、人間の生活において通常高い静謐さが要求される早朝、深夜の時間帯の騒音量としては、決して少ない騒音量ということはできない。また、七〇dB(A)以上の騒音の月間パワー平均値をさらに各年ごとに平均した数値は、毎年九〇dB(A)を超え、九五dB(A)に達する年もあり、月間WECPNL値の年平均値も八八と九一の間といった非常に高い値を示しているので、個々の騒音のレベルも非常に高いといえる。以上のとおり、北谷町砂辺の騒音の程度は相当激しいものというほかない。
(2) 嘉手納町役場
嘉手納町役場においては、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数は、各年によってかなりのばらつきがあるものの、昭和五六、五七年を除き一〇〇回前後の回数(全体の平均約九四回)であり、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音持続時間も昭和五六、五七年を除き一時間前後(全体の平均約三一一二秒)であり、北谷町砂辺に準ずる頻度の騒音に暴露されているものといえる。むしろ、早朝(〇時ないし七時)、深夜(二二時ないし二四時)の一日当たりの騒音発生回数は、早朝が昭和五六、五七年を除きほぼ五、六年前後であり、深夜が同じく二、三回程度であり、北谷町砂辺よりもやや多いくらいである(これは、後記8「地上音」でふれるとおり、同地点における夜間の地上音の発生の頻度が高いことと関係があると思われる。)。また、七〇dB(A)以上の騒音の月間パワー平均値をさらに各年ごとに平均した数値は、おおむね八五dB(A)前後であり、月間WECPNL値の年平均値も八〇前後といった高い値を示し、北谷町砂辺よりは低いものの、なお、かなり高い騒音レベルを示しているといえる。
(3) 北谷町役場
北谷町役場においては、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数は、年によってかなりのばらつきがあるものの、大体二〇ないし三〇回前後の回数(平均約二五回)であり、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音持続時間も大体六分前後(平均三八九秒)であり、騒音発生の頻度は前記各測定地点と比較するとかなり低い。早朝(〇時ないし七時)、深夜(二二時ないし二四時)の一日当たりの騒音発生回数も、早朝が一回前後、深夜が0.5回以下であり、それほど頻度は高くない。もっとも、七〇dB(A)以上の騒音の月間パワー平均値をさらに各年ごとに平均した数値は、毎年八二dB(A)と八八dB(A)の間にあり、個々の騒音のレベル自体はかなり高いといえる。しかし、月間WECPNL値の年平均値は七二、七三前後を中心としており、さほど高いものではない。以上をまとめると、騒音発生の頻度は他の測定地点に比較するとかなり低いものの、騒音の程度それ自体としては無視し難いレベルに達しているということはできる。
なお、以上のW値の算出については、後記5「株式会社アコーテックの騒音調査結果」あるいは第五の二「周辺対策」1「概観」において説示する生活環境整備法上の区域指定のためのW値算出の場合と異なり、飛行回数の少ないほうから累積度数九〇パーセント相当の飛行回数を基礎とせず、各日について算出したW値をパワー平均する通常どおりのW値の算出方法によっている。右各W値の数値が同法上の区域指定のW値のそれよりもやや低くなっている原因の大きな部分はここにある。この点は、後記4「沖縄県環境白書による検討」の場合も同様である。
4 沖縄県環境白書による検討
(一) 概観
沖縄県は、昭和五三年以降、本件飛行場周辺である別紙第一〇「沖縄県移動測定点位置図」記載のとおりの北谷町砂辺ほか二四地点において、常時(二地点)あるいは毎年一週間くらいずつ(他の地点)騒音測定を行い、その結果を同県が発行する環境白書に公表してきている(<書証番号略>)。本件訴訟において、被告は、右資料に基づき、各測定地点ごとにWECPNLのパワー平均値を集計整理して提出しているが、その結果は別紙第一一「沖縄県の調査による嘉手納飛行場周辺の航空機騒音推移状況(一)」記載のとおりである(<書証番号略>、弁論の全趣旨)。
さらに、右環境白書に基づき、各測定地点における一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数及び一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音累積持続時間の各平均値を示すと、別紙第一二「沖縄県の調査による嘉手納飛行場周辺の航空機騒音推移状況(二)」記載のとおりとなる。
(二) 騒音量の年次的推移並びに月別、曜日別推移
騒音量の年次的推移について、平成二年版環境白書(<書証番号略>)によると、常時測定地点(北谷町砂辺―なお、北谷町の測定地点とは場所が異なる―、石川市美原)におけるWECPNL値の年次的推移は、年度によってやや変動はあるものの、昭和五五年度以降ほぼ横ばい傾向を示している(ただし、昭和五三年度の北谷町砂辺のW値については、92.7と90を相当超えており、他の年度よりかなり高い―<書証番号略>)。月別の騒音量の推移について、昭和五九年度版ないし平成二年版環境白書(<書証番号略>)によると、常時測定地点において、それほど目立った傾向はないが、年により、北谷町砂辺において六、七月ころにW値が高くなり、一〇、一一月ころには低くなる傾向がある。さらに、同資料により、騒音量の曜日別推移についてみると、常時測定地点において、W値及び騒音発生回数とも火曜、水曜、木曜に高く、土曜、日曜には低い値を示す傾向がある。
以上の傾向は、前記北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録に基づく年次的推移並びに月別、曜日別推移の傾向とほぼ符合するものである。
(三) 各測定地点の騒音暴露量の評価
前記別紙第一一、一二によると、各測定地点の騒音暴露量について、おおむね次のようなことがいえる。
まず、生活環境整備法上の区域指定においてW値九五以上とされた北谷町砂辺では、WECPNLのパワー平均値は八二と九三の値、おおむね八七、八八であり、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数、七〇dB(A)以上の騒音持続時間の平均値は、それぞれ、おおむね一〇〇回余、一時間前後であり(ただし、昭和五三年度には、突出して、二一三回、一時間三四分余を示している。)、相当激しい騒音(全体としてみると、前記3の北谷町砂辺の測定記録とほぼ同様の騒音)が発生しているといえる。
次に、前記区域指定において、W値九〇以上九五未満とされた嘉手納町屋良では、WECPNLのパワー平均値は、八〇と八九の間を示し、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数、七〇dB(A)以上の騒音持続時間の平均値は、それぞれ、一〇〇回、一時間を超える程度の年が多く(ただし、平成元年度には、突出して、一四一回、二時間三七分余を示している。)、かなり激しい騒音(全体としてみると、前記3の北谷町砂辺と嘉手納町役場の中間にあたる程度の騒音)が発生しているといえる。
次に、区域指定におけるW値八五以上九〇未満とされた地点についても、以上の地点ほどではないにしても、その騒音暴露の程度はかなり激しいものがある。たとえば、石川市美原では、WECPNLのパワー平均値は、八三と八六の間と嘉手納町屋良にひけをとらず、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数、七〇dB(A)以上の騒音持続時間の平均値も、それぞれ六〇回以上、三〇分以上に達する年度も多い。具志川市栄野比での騒音量は、それに次ぐ。嘉手納町水釜、同町中区、北谷町宮城、同町上勢頭、同町桑江、沖縄市松本では、WECPNLのパワー平均値自体は、おおむね七三ないし七八程度と右各地域に比較すれば低いものの、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数、七〇dB(A)以上の騒音持続時間の平均値についてみると、地点によっては、それぞれ六〇回以上、三〇分以上を示す年度もあり、決して騒音の頻度が低いということはいえない。以上の地域の各数値は、石川市美原のWECPNLを除けば前記3の嘉手納町役場のそれよりはいくらか劣るものの、なおかなり高い数値を示している。この比較―もっとも、沖縄県の測定は常時測定地点を除けば年一週間程度の測定であるから、おおよその比較ではあるが―からみると、前記3の嘉手納町役場の騒音の程度は、区域指定のW値八五以上九〇未満の地域としては比較的高いものと考えられる。
さらに、区域指定におけるW値八〇以上八五未満とされた地点についてみるに、具志川市川崎、沖縄市池原、同市登川(昭和五七年度以降)、同市八重島では、WECPNLのパワー平均値はおおむね七〇ないし七六程度と、前記嘉手納町水釜、同町中区、北谷町宮城、同町上勢頭、同町桑江、沖縄市松本などよりさらに低い数値を示している(もっとも、沖繩市池原では、年度によっては、七七ないし八一程度の数値をも示している。)。しかし、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数、七〇dB(A)以上の騒音持続時間の平均値についてみると、それぞれ、おおむね四〇回前後、二〇分前後に達しており、沖縄市八重島では五〇回以上、一時間以上を記録した年度もある。したがって、これらの地点での騒音量も区域指定におけるW値八五以上とされた地点よりさらに低いとはいえ、地点や年度によっては、それにさほど劣らない程度の騒音が発生しているものとみることができる。以上の地域の各数値は、前記3北谷町役場のそれよりはやや高いものとなっている。この比較からみると、前記3の北谷町役場の騒音の程度は、区域指定におけるW値八〇以上八五未満の地域としては比較的低いものと考えられる。
これに対し、区域指定におけるW値七五以上八〇未満とされた地点、具志川市新赤道、恩納村塩屋、読谷村波平、同村伊良皆、同村大湾、沖縄市中央(昭和六三年度、平成元年度では、WECPNLのパワー平均値は七〇未満のことが多く、七〇を上回ることは多くはない。また、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数、七〇dB(A)以上の騒音持続時間の平均値も、それぞれ、おおむね三〇回、一五分を下回り、二〇回以下、一〇分以下の場合も多い。したがって、これらの地点では、騒音は発生しているものの、もし、後記第五の二「周辺対策」1「概観」に示すような生活環境整備法上の区域指定のためのW値の算出方法によらずに、各日ごとに通常の方法によってWECPNL値を算出するならば、後記第六の三「環境基準」1(四)で示す「航空機騒音に係る環境基準」W値七〇あるいは七五を上回るような騒音が発生する日は、実際にはそれほど多くはないものと思われる。
なお、以上に示した測定地点のうち北谷町砂辺、石川市美原の二つの常時測定地点を除いた測定地点での測定は一年につき一週間程度の短期間のものではあるが、多数の地点について、ある程度長期間にわたって、県により継続的に行われたものであるから、これらによって各地点ないしは前記区域指定における各区域の騒音の一般的な傾向を推認することに問題はないものと考えられる。
5 株式会社アコーテックの騒音調査結果
防衛施設庁の委託により株式会社アコーテックが昭和五二年一二月に本件飛行場周辺で行った騒音調査(事前調査は五日間、本調査は一二日にわたって行われ、本調査のうち火曜日から翌週の月曜日までの連続した七日間の調査結果に基づいて基礎数値が算出された。)の結果に基づいて作成されたWECPNL騒音コンター図は、別紙第一三「WECPNLコンター」記載のとおりである(<書証番号略>)。右WECPNL値の算出式は、後記第五の二「周辺対策」1「概観」に示すとおり、後記の「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和四八年環境庁告示第一五四号)(<書証番号略>)に定められた算出式に基本的には準拠したものであるが、具体的な算出方法は、防衛施設庁で定めた「防衛施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準」(<書証番号略>)に従い、算出式に代入する飛行回数Nについて、一定期間において一日の総飛行回数の少ない方からの累積度数曲線を求め、累積度数九〇パーセントに相当する飛行回数を一日の標準飛行回数とするとの方法によって算出する点等が異なっており、右期間中の各日について算出したW値をパワー平均した場合あるいは右期間中の平均的飛行回数によってW値を求めた場合よりもW値は大きくなることになる(なお、コンター作成方法の詳細については後記第五の二1参照)。
別紙第一三「WECPNLコンター」によると、本件飛行場の滑走路の延長線方向(北東又は南西方向)に騒音の激しい地域が広がっており、本件飛行場にごく近接した地域を別とすれば、滑走路と垂直方向(北西又は南東方向)にある地域では、延長線方向(北東又は南西方向)にある地域に比べると騒音がかなり低いことがわかる。これは、騒音が航空機の離着陸経路直下を中心としてその両側に広がってゆくことを示すものである。
右株式会社アコーテックの騒音調査結果に基づいて、防衛施設庁は、昭和五三年一二月二八日以降に生活環境整備法所定の区域指定を告示している(<書証番号略>)ところ、右区域指定は、おおむね、右「WECPNLコンター」を基礎とし、道路、河川等現地の状況を勘案して線引きしたものであると認められる(<書証番号略>、弁論の全趣旨)から、右区域指定におけるW値は、右株式会社アコーテックの騒音調査結果に基づいて算出されたW値とほぼ符合するとみてよいと考えられる。
6 当裁判所の検証の結果による検討
当裁判所は、本件飛行場周辺で原告らの住居等について二回にわたり検証を行っているが、その結果の記載の要旨(ただし、騒音測定結果報告書の記載により修正した部分がある。)は次のとおりである。(騒音測定における騒音レベルの単位はすべてdB(A)である。)。
(一) 第一回検証
第一回検証は、昭和六一年一一月六日、①原告根路銘安永宅、②同池原信德宅、③同松田カメ宅で実施されたが、その結果は次のとおりである。
(1) 原告根路銘安永宅
ア 原告根路銘安永(原告番号三二五)宅は、石川市字東恩納一五四五番地に所在し、本件飛行場北東端から北東方向へ約6.5キロメートルの地点に位置し、生活環境整備法上の区域指定におけるW値八五以上九〇未満とされている。
イ 同所で、午前一〇時三〇分から一一時三〇分までの一時間に八回の航空機騒音を測定し、その騒音レベルの内訳は、八〇以上九〇未満六回、九〇以上二回であり、屋外、屋内防音室及び屋内非防音室における最高値と最低値は次のとおりであった。
最高 最低
屋外 93.5 81
屋内防音室 63.5 53
屋内非防音室 85.5 73
(非防音室については、開口部を開けたり閉めたりして測定したが、最高値85.5は開口部を閉めていたときに測定されたものである。
なお、開口部を開けていたときの最高値は八一であった。)
ウ 右検証の際、屋外においてはジェット戦闘機の音で聴取困難のため指示説明が中断されることがあったが、防音室内では、騒音は聞こえる程度で、耳ざわりに感じたり不快感を覚えることはなかった。
(2) 原告池原信德宅
ア 原告池原信德(原告番号二一七)宅は、嘉手納町字屋良九六四番地の一に所在し、本件飛行場滑走路中央線上から直角方向に北西約六一〇メートルの至近距離に位置し、前記区域指定におけるW値九〇以上九五未満とされている。
イ 同所で、午後一時三〇分から午後三時までの一時間三〇分に五一回の航空機騒音を測定し、その屋外における騒音レベルの内訳は、七〇未満二回、七〇以上八〇未満一七回、八〇以上九〇未満二六回、九〇以上六回であり、屋外、屋内防音室及び屋内非防音室における最高値と最低値は次のとおりであった。
最高 最低
屋外 92.5 67.5
屋内防音室 65 43.5
屋内非防音室 89.5 60
(非防音室については、開口部を開けたり閉めたりして測定したが、最高値89.5は開口部を開けていたときに測定されたもので、閉められていたときの最高値は八三であった。)
ウ 同所では、本件飛行場からエンジン調整音も混じって騒音がほぼ間断なく聞こえ騒々しく感じられた。そのほか検証の際の状況については、右(1)ウと同様であった。
(3) 原告松田カメ宅
ア 原告松田カメ(原告番号九〇七)宅は、北谷町字砂辺二四二番地に所在し、本件飛行場滑走路南西端から南西に約八〇〇メートルの至近距離に位置し、前記区域指定におけるW値九五以上とされている(なお、同所は、前記3、4の各「北谷町砂辺」地点と同じく、原告らが居住する地域のうち、航空機騒音(ただし、地上音を除く。)のもっとも激しい地域に属する。)。
イ 同所で、午後三時五〇分から午後五時二〇分までの一時間三〇分に五六回の航空機騒音を測定し、その屋外における騒音レベルの内訳は、七〇以上八〇未満九回、八〇以上九〇未満二八回、九〇以上一四回、測定不能五回であり、屋外、屋内防音室及び室内非防音室における最高値と最低値は次のとおりであった。
最高 最低
屋外 94.5 72.5
屋内防音室 68.5 45.5
屋内非防音室 83 60.5
(非防音室については、開口部を開けたり閉めたりして測定したが、最高値八三は開口部を開けていたときに測定されたもので、閉めていたときの最高値は七五であった。)
ウ 同所では、本件飛行場方向からエンジン調整音あるいは航空機の移動する音が、かなりの時間、時には激しい音も断続的に響かせて聞こえてきたが、その喧騒音は耳ざわりで焦燥感を覚えるものであった。
しかし、右喧騒音も着陸等のため上空をジェット機が通過するときは聞こえなくなり、会話なども全くできない状態であった。また、右通過が低空で行われるときは、金属性の耳ざわりな音で一層不快感を覚えると同時に前記の焦燥感もより高まった。もっとも、防音室内では、騒音は聞こえる程度で、耳ざわりに感じたり、不快感を覚えたりすることはなかった。
エ なお、当裁判所が、平成四年五月八日に同原告宅において同原告の本人尋問を行った際に、原告代理人らが同原告宅屋外で行った騒音測定の結果(<書証番号略>)によると、午前五時から午前九時までの四時間に四〇回の航空機騒音を測定し、その騒音レベルの内訳は、七〇未満三回(最低値六二)、七〇以上八〇未満四回、八〇以上九〇未満一一回、九〇以上一〇〇未満五回、一〇〇以上一七回(うち一一〇オーバーにつき測定不能二回)であって、騒音の最高値は一一〇を超えていたことが認められる。この測定結果は、同地点において右検証時の激しい騒音が日常的に発生していることを示唆するとともに、前記の裁判所の検証時よりもさらにピークレベルの高い一一〇dB(A)以上もの騒音に暴露されることがあることをも示すものである(なお、前記3で分析した<書証番号略>の記載によっても、北谷町砂辺では毎日のように一〇〇dB(A)以上の騒音が発生していることが認められる。)。
(二) 第二回検証
第二回検証は、平成二年九月一三日、①木塚朝治宅、②北谷町上勢地区学習等供用施設、③比嘉恒彦宅、④嘉手納町立屋良幼稚園、⑤原告兼島兼俊宅、⑥同山田義治宅、⑦同金城盛行宅、⑧同比嘉蕃信宅で各一時間ずつ実施されたが、各一時間に測定された航空機騒音の騒音ベル等の検証結果は次のとおりである。
(1) 木塚朝治宅(北谷町字桑江六一四番地の一一に所在、区域指定におけるW値八五以上九〇未満(<書証番号略>))
航空機騒音が暗騒音以下で測定不能。
(2) 北谷町上勢地区学習等供用施設(北谷町字上勢頭六九六番地の四に所在、区域指定におけるW値八五以上九〇未満(<書証番号略>))
航空機騒音を四回測定、屋外の騒音レベルの最高値七三、最低値六五。屋内の騒音レベルの最高値四九、最低値四五。
(3) 比嘉恒彦宅(嘉手納町字水釜三七三番地の一二二に所在、区域指定におけるW値八五以上九〇未満(<書証番号略>)
航空機騒音を六回測定、屋外の騒音レベルの最高値七八、最低値六二。屋内の騒音レベルの最高値五六、最低値四四。
(4) 嘉手納町立屋良幼稚園(嘉手納町字屋良九番地に所在、区域指定におけるW値九〇以上九五未満(<書証番号略>))
航空機騒音を二一回測定、屋外の騒音レベルの最高値八六、最低値六二。屋内の騒音レベルの最高値四七、最低値三八。
(5) 原告兼島兼俊宅(原告番号五二六、具志川市字栄野比九九一番地二所在、区域指定におけるW値八五以上九〇未満)
航空機騒音を三回測定、屋外の騒音レベルの最高値八八、最低値六二。
(6) 原告山田義治宅(原告番号四一六、具志川市字川崎一五二番地に所在、区域指定におけるW値八〇以上八五未満)
航空機騒音を六回測定、屋外の騒音レベルの最高値七六、最低値六二。
(7) 原告金城盛行宅(原告番号五六五、沖縄市登川三丁目二六番六号に所在、区域指定におけるW値八〇以上八五未満)
航空機騒音を四回測定、屋外の騒音レベルの最高値七六、最低値六〇。
(8) 原告比嘉蕃信宅(原告番号七七五、読谷村字大湾四三二番地の一に所在、区域指定におけるW値七五以上八〇未満)
航空機騒音が暗騒音以下で測定不能。
(三) 各検証の結果についての考察
これらの検証は、各検証場所について一時間ないし一時間三〇分といった短時間になされたものであるから、必ずしもこの結果のみから各検証場所における騒音発生の一般的な傾向を把握できるものではない。ことに第二回検証の結果についてはそうであって、屋良幼稚園における騒音測定回数が比較的多く、騒音レベルも比較的高いこと、同じく原告兼島兼俊宅での騒音レベルが比較的高いことを除けば、確たる傾向を見いだし難いものとなっている。
しかし、第一回検証の結果によると、本件飛行場に極めて近い原告松田カメ宅では著しく激しい騒音が生じていることを窺わせ、原告池原信德宅でもそれに準じるような激しい騒音が生じていることを窺わせ、また、右の二地点では飛行騒音だけでなく地上音の影響も相当程度存することを示すものといえる。原告根路銘安永宅でも、右の二地点と比べると騒音の頻度は低いものの、騒音レベルからみると相当うるさい騒音が発生していることが窺える。これらの騒音の程度は、当該検証場所に係る生活環境整備法上の区域指定におけるW値と相当程度比例しているものとみることができる。
7 その他の騒音調査の結果
そのほか、関係機関、関係自治体、労働組合等の実施した様々な騒音調査の結果が、本件検証として提出されている(<書証番号略>)。これらの調査は、必ずしも、厳密な測定条件を定めたうえで、特定の測定地点において、ある程度長い期間にわたって継続した測定を行っているものではなく、ほとんどが単発的なものなので、これらの結果のみによって各測定地点の騒音発生の一般的な傾向を推しはかることは困難である。
まず、これらの騒音調査の多くは前記3、4で分析した騒音調査結果と同じく昭和五三年以降に行われたものであるが、それらから認められる騒音の状況は、これまでに掲げた証拠から認められる騒音の状況とおおむね合致するものといえる。また、これらの騒音調査の結果をみても、昭和五二年以前の騒音の状況を把握できるような詳細な資料は少ない。結局、本件証拠のうち、昭和五二年以前になされた騒音調査の結果に係る資料のうち、まとまっており、信頼性の比較的高いものとしては、せいぜい、昭和四七年の沖縄の本土復帰前後ころになされた次のような単発的な騒音調査結果があるだけである。
(一) 復帰前の騒音調査結果
沖縄県発行「公害の現状と対策」(昭和四七年度)(<書証番号略>)に引用されている本土復帰前の琉球公害衛生研究所及び那覇市の調査資料によると、復帰前になされた騒音調査の結果は、ほぼ次のとおりである。
(1) 昭和四二年五ないし六月に嘉手納警察署、嘉手納村役場で行われた騒音調査結果では、各二四時間に、一〇〇ホン以上の騒音が四ないし一〇回、九〇ないし九九ホンの騒音が一三ないし二三回、八〇ないし八九ホンの騒音が七ないし一三回記録された。
(2) 昭和四三年二月に嘉手納消防署で一か月間行われた騒音調査結果では、一日平均一〇〇ホン以上の騒音が一一回、九〇ないし九九ホンの騒音が三五回、八〇ないし八九ホンの騒音が四一回、七〇ないし七九ホンの騒音が八回記録された。
(3) 昭和四四年七月に嘉手納村屋良小学校で行われた騒音調査結果では、二四時間に、一〇〇ホン以上の騒音が二回、九〇ないし九九ホンの騒音が四九回、八〇ないし八九ホンの騒音が六五回、七〇ないし七九ホンの騒音が三七回記録された。
(4) 昭和四六年三月に北谷町砂辺で行われた騒音調査結果では、二四時間に、一〇〇ホン以上の騒音が四一回、九〇ないし九九ホンの騒音が三〇回、八〇ないし八九ホンの騒音が七回、七〇ないし七九ホンの騒音が一回記録された。
(5) 昭和四六年四月に屋良小学校で行われた騒音調査結果では、二四時間に、九〇ないし九九ホンの騒音が四回、八〇ないし八九ホンの騒音が二六回、七〇ないし七九ホンの騒音が八〇回記録された。
(二) 復帰後昭和五二年までの間の騒音調査結果
(1) 沖縄県が昭和四七年九月二〇ないし二一日の二四時間に左記二地点で行った騒音調査の結果(<書証番号略>)は次のとおりである。なお、各地点の所在場所は同号証の一五三頁に示されており、いずれも嘉手納町(ただし、本件飛行場に提供されている部分を除く。以下、7、8での測定地点の特定において同様。)のうち本件飛行場北側に接する地域にある。
1
測定地点
2 70dB(A)以上の
騒音発生回数
3 70dB(A)以上の
騒音持続時間
4 3のうちエンジン
調整によるもの
5
3に対する4の割合
嘉手納村屋良区
194
140分38秒
84分9秒
60%
嘉手納消防署
145
83分57秒
50分4秒
60%
なお、右各騒音の主な原因はKC―一三五空中給油機の離着陸に伴う騒音とエンジン調整音並びにファントム戦闘機の離陸や通過時の騒音で、全体の九〇パーセント以上を占めており、午後九時から翌朝七時までの間における騒音発生に限定すると、KC―一三五機によるものが全体の九八パーセント以上を占め、その大部分がエンジン調整によるものであった。
(2) 沖縄県等が昭和五〇年五月一二ないし一三日の二四時間に左記五地点で行った騒音調査の結果(<書証番号略>)は次のとおりである。
1
測定地点
2
70dB(A)以上の
騒音発生回数
3
70dB(A)以上の
騒音持続時間
4
3のうちエンジン
調整によるもの
5
3に対する4
の割合
6
W値
7
60dB(A)以上のエンジン
調整音の持続時間
(右は一日、左は午後
九時から午前六時)
石川市美原
公民館
33
6分20秒
0
0
82
0
沖縄市池原
公民館
60
19分40秒
0
0
80
0
嘉手納村屋良
128
63分5秒
27分35秒
44%
89
101分55秒
43分10秒
嘉手納消防署
112
93分55秒
48分55秒
52%
83
62分30秒
21分25秒
北谷町砂辺
公民館
156
51分40秒
5分30秒
11%
84
21分15秒
6分5秒
(3) 沖縄県等が昭和五二年八月四ないし五日の二四時間に左記二地点で行った騒音調査の結果(<書証番号略>)は次のとおりである。なお、各地点の所在場所は同号証の九、一〇頁に示されており、それぞれ、嘉手納町のうち本件飛行場北側に接する地域、また、北谷町(ただし、本件飛行場に提供されている部分を除く。以下、7、8での測定地点の特定において同様。)のうち本件飛行場滑走路南西端に最も近接した地域にある。
1
測定地点
2
70dB(A)以上の騒音発生回数
3
70dB(A)以上の騒音持続時間
4
3のうちエンジン調整によるもの
5
3に対する4の割合
6
W値
7
60dB(A)以上のエンジン調整音の持続時間
(右は一日、左は午後九時から午前六時)
嘉手納町屋良
小学校
203
89分37秒
16分2秒
18%
86
78分7秒
14分2秒
北谷町砂辺
公民館
198
82分39秒
11秒
-0.20%
95
6分25秒
2分12秒
8 地上音
(一) 地上音として問題となるのは、エンジンの試験、調整作業によって生ずるエンジンテスト音、航空機の離陸前、着陸後などに滑走路と駐機場等の間の移動等によって生ずる誘導音、離陸前のエンジン調整(ウォーミングアップ)に伴って発生するエンジン調整音等である。本件証拠となっている騒音測定記録中には、単に「エンジン調整音」として記録されているものもあるが、本件飛行場内での騒音発生源の状況自体はそれら騒音測定においては明確でなかったと思われるから、右は単なるエンジン調整音の影響を記録したものでなく、右のような広い意味での地上音による騒音を測定したものと理解すべきであろう。
これまで検討してきた騒音測定記録等に表れた地上音の影響についてみるに、前記3の北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録においては、地上音も飛行騒音と区別することなく記録されている(<書証番号略>)ものであり、前記4の沖縄県の騒音測定記録でも、特に地上音を区別することなく記録しているものと思われる。また、前記5の株式会社アコーテックの騒音調査については、証人水島猛は、地上音も一部はあわせて記録されている旨供述するが、<書証番号略>の記載をみる限りでは、地上音も一緒に記録されているかどうかは明らかではない。前記6の当裁判所の検証の際の各検証場所における地上音の影響については、その騒音レベル自体は記録されていないものの、原告池原信德宅や同松田カメ宅で地上音の影響が相当程度存することは既に述べたとおりである。したがって、これまで検討してきたほとんどの騒音測定記録では、地上音も含んだ航空機騒音全体を把握していたものと理解してよい(なお、7「その他の騒音調査の結果」(二)に記載した騒音調査結果については、いずれも「エンジン調整音」と明記されている。しかし、これらについても、前記のとおりそれ以外の地上音が含まれている可能性が大きい。)が、そのほかの騒音測定記録等も検討すると、地上音について特に次のようなことが指摘できる。
(二)(1) 復帰後昭和五二年までの県等による騒音調査結果のうち、地上音(エンジン調整音)に関するものは、7の(二)に説示したとおりである。
(2) 沖縄県が昭和五四年七月一九ないし二〇日の二四時間に嘉手納町屋良で行った騒音調査の結果(<書証番号略>)は次のとおりである(本調査の地上音には、エンジン調整音以外も含むことが明記されている。)。なお、右地点の所在場所は同号証の一五、一六頁に示されており、嘉手納町のうち本件飛行場北側に接する地域にある。
1
70dB(A)以上の
騒音発生回数
2
70dB(A)以上の
騒音持続時間
3
2のうち地上音
によるもの
4
2に対する3
の割合
5
W値
6
60dB(A)以上の地上音
の持続時間
(右は一日、左は午後
九時から午前六時)
141
97分57秒
38分16秒
39%
84.2
140分14秒
58分50秒
(3) これまでに検討してきた各種の騒音調査結果、ことに右(1)(2)に示したそれによると、嘉手納町のうち本件飛行場北側に接する地域にある各測定地点では地上音の発生が非常に目立っており、またその発生は夜間においてもかなりの程度に達していることが窺われる。しかし、北谷町のうち本件飛行場滑走路南西端に最も近接した地域にある北谷町砂辺公民館では、やはり地上音は発生しているものの、その程度は前記の各地点ほど大きくはない。もっとも、前記6(一)の第一回検証時の北谷町字砂辺所在松田カメ宅での地上音の程度はかなり激しかったようであり、この点はその日の航空機の離着陸方向によっても相当変化するものと思われる(たとえば、沖縄県が昭和五四年七月一二ないし一三日の二四時間に北谷町砂辺で行った騒音調査の結果―<書証番号略>・一頁以下、なお、右地点の所在場所は同一五、一六頁に示されており、北谷町のうち本件飛行場滑走路南西端に最も近接した地域にある。―では、地上音は一度も記録されていないが、原告照屋明本人尋問の結果によると、航空機が北東方向に向かって離陸するときは、本件飛行場の南西側―北谷町砂辺方向―に地上音が聞こえ、南西方向に向かって離陸するときはこの逆であることが認められ、また、<書証番号略>によると右調査時の航空機の離着陸方向はすべて南西方向であることが認められるから、このことが地上音が記録されていない原因になっているものではないかと考えられるのであり、また、このようなことは同地点のように滑走路先端方向に所在する各地域では一般的に生じうることと考えられるのである。)。
しかし、いずれにせよ、関係各証拠を総合すると、北谷町のうち本件飛行場滑走路南西端に最も近接した地域である同町砂辺の地上音の程度は、全体としてみれば嘉手納町のうち本件飛行場北側に接する地域ほど大きくはないものと考えられる。
(4) 以上によれば、本件飛行場に近接した地域、ことにその北側にごく近接した地域では、地上音が相当程度の影響を及ぼしており、また夜間にも相当程度の地上音が発生しているから、これがそれら地域に居住する原告ら住民の睡眠を妨げる等の影響を及ぼしていることが窺え、原告らの本人尋問の結果や原告らの陳述書及び陳述録取書(<書証番号略>)(以下、以上の証拠を一括して「原告ら陳述書等」ということがある。)において、地上音の影響やそれによる夜間早朝の睡眠妨害を訴える原告も多いことからみても、少なくとも右のような地域では地上音による騒音の影響が大きいことが推認される。しかし、本件証拠上、本件飛行場周辺地域に及ぼす地上音の影響(その及ぶ範囲や程度)を全体的に把握できるような客観的資料は乏しく(信頼するに足る客観的証拠は前記のものくらいである。)、原告ら各自の居住地に及ぼす地上音の影響及びその程度を具体的に把握することは困難というほかない。
ただ、たとえば原告ら陳述書等のうち比較的具体的な供述のある原告本人尋問の結果をみても、嘉手納町や北谷町のみならず、読谷村、石川市、沖縄市等に居住する原告らの中にも程度の差こそあれ地上音による被害を訴える者が存在するので、本件飛行場のその時々の利用状況のいかんによっては、時としては、本件飛行場を中心としたかなり広範な地域に地上音の影響が及ぶこともあるのではないかと考えられる。
(三) ところで、エンジンテストに伴う騒音を低減するために、本件飛行場内に従来米軍が設置、使用してきた消音装置六基(ただし、その詳細は証拠上明らかでない。)のほかに、国によって昭和五六年機体用一基、エンジン用一基の消音装置が、平成元年にエンジン用の消音装置四基が設置され、それを利用してエンジンテスト等を行うようになり、この消音装置内でエンジン調整をする限り、そこから五〇〇メートル離れた場所には七〇dB(A)を超える騒音は到達しないという騒音低減効果があるとされる(<書証番号略>、証人大田長秀、弁論の全趣旨)。
したがって、右消音装置設置後は、エンジンテスト自体に伴う騒音の発生は相当程度低減しているものと推認される。しかし、右消音装置設置後に離陸前のエンジン調整音あるいは航空機誘導音等をも含めた地上音が全体としてどの程度低減しているかについては、これを客観的に明らかにする確たる証拠がない。
9 まとめ
(一) 地域性と航空機騒音の影響
本件飛行場周辺地域は、戦前は純農村地域であったが、戦中に日本軍が接収し、飛行場等としていた土地を中心として、戦後米軍により本件飛行場及びその他の大規模な基地が次々に建設され、戦前に右地域に居住していた住民が米軍により居住を許可された基地外の地域に帰郷するとともに、他の産業が不振であったこともあって、基地及び米軍関連の仕事を求めて沖縄市(旧コザ市)等を中心に新たに人や事業所が集中するなどし、次第に市街化が進行した地域であるということができる(もっとも、本土復帰後は、米軍の基地再編成により、基地関連産業は衰退している。)。しかし、右地域には、現在でも、本件飛行場以外には、騒音源となるような大規模な工場等の施設は存在せず、沖縄市や嘉手納町の中心にある商業地域等の若干の商工業地域を除けば、住宅地域、住宅と小規模の営業所、商店等が混在する地域又は農村地域のいずれかに属するものと思われる(<書証番号略>)。
前記6(一)の第一回検証時の各検証場所における屋外暗騒音のレベルは、原告根路銘宅では四七ないし五三dB(A)、原告池原宅では56.5ないし60dB(A)、原告松田宅では53ないし57.5dB(A)であったが、原告池原宅ではエンジン調整音等の地上音が暗騒音に混じっており、原告松田宅についてもその可能性が高い。同6(二)の第二回検証時の各検証場所における屋外暗騒音のレベルのうち、記録されているものは、上勢地区学習等供用施設で四七dB(A)、比嘉恒彦宅で四八dB(A)であり、屋良幼稚園で六〇dB(A)以下であるが、右屋良幼稚園については、前記8記載のとおり嘉手納町屋良においてはエンジン調整音等の地上音の影響が顕著であることから、これが暗騒音に混じっている疑いがある。したがって、本件飛行場周辺での昼間の暗騒音レベルは、エンジン調整音等の地上音の影響が大きいと思われる本件飛行場に極めて近接した地域や道路騒音の影響があると思われる幹線道路沿いの地域、沖縄市中心部等の一部の商業地域等を除けば、大体五〇dB(A)以下であるか、少なくとも右レベルを大幅に超えることはないものと推認できる。
本件において、個々の原告の居住地につき、その属する用途地域等、居住地周辺の地域特性を具体的に明らかにするような確たる証拠はないし、本件各地域についてみると、右のような用途地域の指定をもってただちにその地域特性が明らかになるともいい難いところであるが、以上に述べたところを総合すると、原告らの住居は、前記のような商業地域や幹線道路沿いの地域を除けば、基本的には、比較的静かな住居地域又はこれに小規模の営業所、商店等あるいは農地等が混在する地域に属するとみてよい。したがって、一般的にいえば、これら地域、ことに本件飛行場に近接した地域では、日常の生活騒音と本件飛行場から発せられる航空機騒音との差は相当大きく、したがって、原告らの生活に及ぼす航空機騒音の影響も大きいものと考えられる。
ところで、身近にある騒音の例として一般的にいわれているところによれば、静かな事務所が五〇dB(A)に、普通会話声が六〇dB(A)に、騒々しい事務所や静かな工場はほぼ七〇dB(A)に、電車の中や普通の工場はほぼ八〇dB(A)に、騒々しい工場は九〇dB(A)に、電車が通ときのガード下が一〇〇dB(A)に相当するものとされている(<書証番号略>)から、これと比較すれば、前記3記載の北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による北谷町役場、北谷町砂辺、嘉手納町役場における騒音のピークレベルのパワー平均値約八一ないし九五dB(A)といった騒音の大きさは容易に理解できるところである。また、前記6「当裁判所の検証の結果による検討」の(一)(3)エで示したとおり、北谷町砂辺など最も騒音の激しい地域では、一〇〇dB(A)を超える騒音が発生することも多く、時には一一〇dB(A)を超える騒音が発生することさえあるのであるから、こうした地域に居住する原告らは非常に激しい騒音にさらされているものといえよう。
(二) 騒音量の推移について
前記7「その他の騒音調査の結果」で示したとおり、本件証拠となっている騒音測定記録は、ほとんど昭和五〇年ころ以降の騒音調査によるものであって、しかも、ある程度広範囲かつ継続的な騒音調査がなされるようになったのは昭和五三年以降のことである。したがって、昭和五〇年頃以前の騒音量の推移について客観的資料に基づいて詳細な認定をすることは困難であるが、前記7記載の復帰前後の騒音調査結果によると、本件飛行場に近接した嘉手納町屋良や北谷町砂辺等の地域では、昭和四〇年代から、現在にまさるとも劣らない程度の騒音に暴露されていたことが推認され、これはそのほかの本件飛行場周辺地域でもほぼ同様と思われる。
原告ら本人尋問の結果によると、既に朝鮮戦争当時から相当程度の騒音が発生していたようであるが、ことに昭和四〇年代のベトナム戦争のころからはB―五二機等のジェット機の離着陸が多くなり、騒音が激しくなったようである。前記第二章第二の一3「本件飛行場の基地機能の変遷」(三)に記載したとおり、昭和四三年から昭和四五年にかけてはB―五二機が常駐しており、原告らの供述するとおり(原告ら本人尋問の結果中で、原告らの多くが、B―五二機が常駐していたころの騒音が最も激しいものであった旨述べている。)、この前後ころにはベトナム戦争の影響でかなりの騒音が発生していたのではないかと考えられる。それ以降の騒音の推移については、原告らの供述によると、多くの者は、B―五二機が常駐しなくなって以降の騒音量は大体同じ程度であり変化しないと述べている。もっとも、一部には、騒音はだんだん激しくなっているという者(原告渡慶次保―原告番号四四、同金城善孝―原告番号四四五)もあり、また、反対に、昭和四〇年代よりも昭和五〇年代のほうが騒音の量そのものは若干減っていると思うという者(原告山内徳信―原告番号二九六)や、B―五二機(ジェット爆撃機)よりもその後に多数配備されたF―四機、F―一五機等のジェット戦闘機のほうがうるさいという者(原告照屋明―原告番号一)もあって、あまりはっきりとはしていない。なお、<書証番号略>(五五頁以下)によれば、B―五二機の離着陸時の騒音量は、離陸時の騒音継続時間がF―四機の二倍以上あるが、騒音ピークレベルは同機ほど高くはなく、着陸時の騒音継続時間及び騒音ピークレベルはいずれもF―四機のそれよりも小さい数値を示しているから、B―五二機の離着陸時の騒音自体がそれ以降に配備された機種のそれよりも大きいとは必ずしもいい難いものの、前記のような原告らの供述からみると、ベトナム戦争時の離着陸回数は相当頻度が高く、原告らに与えた被害が大きかったものであろうと思われる。
昭和五二年から平成三年までの期間の本件飛行場周辺の騒音量はほぼ横ばいとみえることは、前記3「北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による検討」(六)及び4「沖縄県環境白書による検討」(二)で述べたとおりであるところ、これに前記7の復帰前後の騒音調査結果や右原告らの供述等をあわせて考えると、B―五二機の常駐していた昭和四三年ないし昭和四五年ころには右昭和五三年以降の期間の騒音量を上回る程度の騒音量であったものと思われる。しかし、その後は、特に著しく本件飛行場の騒音量を増加させるような大きな国際情勢の変動はなく、一方、この期間に逆に騒音が極端に低下したとの証拠もないから、結局、昭和四六年ころから昭和五二年までの期間の騒音量は、少なくとも、その後の昭和五三年から平成三年までの期間のそれと同程度のものであるか、あるいは前記7(二)の復帰後の騒音調査結果(ことに嘉手納町の各地点の数値)あるいは前記4の(二)(三)に示した昭和五三年度における北谷町砂辺の測定結果をみると、時にはむしろそれを上回る場合もあったのではないかと推認される。もっとも、前記のとおり、右7(二)の騒音調査は単発的なものであり、右4の昭和五三年度の数値もいささか孤立したものであるから、これらをもって昭和四六年ころから昭和五二年までの騒音量の全体的な傾向を推しはかることには限界がある。
(三) 原告らの個々の住居における騒音量の把握
原告らの個々の住居(居住地)における騒音量は、以上に検討した各騒音測定記録における測定地点の近隣や検証場所及びその近隣の者については、それらの騒音調査結果や検証の結果からある程度推認することができよう。しかし、これらの騒音調査が本件飛行場周辺に広範囲に点在する原告らの住居のすべてを網羅するものでないことは明らかであり、原告らの個々の住居における騒音量を認定する資料としてはこれだけでは十分とはいえない。そうすると、結局のところ、原告らの個々の住居における全体としての騒音の程度は、生活環境整備法上の区域指定におけるW値から推認するほかない。右W値は、前記5「株式会社アコーテックの騒音調査結果」に述べたとおり、昭和五二年一二月の調査に基づいて作成されたものであるが、前記騒音量の年次的推移がおおむね横ばい傾向であることに照らして、これを昭和四六年以降現在までの各原告らの住居における騒音量の資料として評価することは、必ずしも不合理とはいえないと思われる。
ところで、前記5に述べたとおり、区域指定上のW値は、一定期間において、一日の飛行回数の少ないほうからの累積度数曲線を求め、累積度数九〇パーセントに相当する飛行回数を一日の標準飛行回数とするとの方法によって算出したもので、右期間中の各日について算出したW値をパワー平均した場合あるいは右期間中の平均的飛行回数によってW値を求めた場合よりもW値は大きくなることになる。しかし、日本大学理工学部の木村翔らの研究(<書証番号略>)によると、航空機の運航が不定期な軍事空港の場合、住民は、ある一定期間中の平均的飛行回数によってうるささを判断するのではなく、その期間中の飛行回数の多い日のうるささを基準にうるささを判断すると思われるので、類積度数曲線の度数の多い方から一〇パーセントの値をとることによって、日常生活妨害、テレビ、会話等の聴取妨害の住民反応について、定期的に飛行の行われている民間空港のそれと同等の比較、評価が可能であるとしている。住民が数多く飛行した日のうるささを基準として生活妨害の訴えをするとの右研究の指摘はそれなりに納得できるものであり(本件原告らが原告ら陳述書等で訴えるところにも合致しているし、ことに本件飛行場に近接した騒音の激しい地域においては、そのような訴えに合理性が高いと思われる。)、防衛施設庁が社団法人日本音響材料協会に委託して行った研究の結果(「防衛施設周辺騒音調査研究報告書」昭和五三年―<書証番号略>)においても同様の指摘がなされており(なお、右研究には前記木村も加わっている。また、前記5「株式会社アコーテックの騒音調査結果」で言及した「防衛施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準」は、この研究の結果に依拠しているものと考えられる。)、これらの研究の結果や報告書並びに証人水島猛の証言に照らすと、少なくとも、日常生活妨害や精神的被害を理解するうえでは、累積度数九〇パーセントの飛行回数を代入したW値をもって評価基準とすることに格別の不合理があるとはいえないと考えられる。
もっとも、難聴や耳鳴り等の聴力被害を理解するうえでは、たとえば、後記第四の五「聴覚被害(聴覚障害及び耳鳴り)」で後述するEPA(アメリカ合衆国連邦環境保護庁)の資料や別件における山本剛夫の証言調書にみられるような考え方、すなわち労働衛生上の安全基準をLeqひいてはWECPNLに引き直して難聴の危険性を判断するといった考え方をとる場合などには、原告らの住居において、年間の大部分は、被告が主張するように当該区域指定におけるW値以下の騒音しか発生していないこと(<書証番号略>)は十分考慮する必要があり、むしろ各日について算出したW値のパワー平均値を基準として判断するほうが適切であろう。また、現実の騒音の程度を評価するには、W値のほかに、実際の騒音発生回数や騒音持続時間等も考慮する必要がある。
ところで、本件においては、各原告の住居ごとにこれらの数値が明らかとなっているとはいえない。しかし、結局、これらの住居におけるW値のパワー平均値あるいは実際の騒音発生回数、騒音持続時間といった数値については、前記3「北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による検討」、4「沖縄県環境白書による検討」で検討した各測定値のうち、原告らの住居に近接しており、かつ原告らの住居の存する生活環境整備法上の指定区域と同じ指定区域に属する測定地点における各数値とおおむね同等であろう推認するほかはない。
二航空機の墜落等の危険
証拠(<書証番号略>、原告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告らが主張するように、本件飛行場に配備された航空機の墜落事故や飛行中の航空機からの落下物事故がたびたび発生し、ことに本土復帰以前の昭和三四年ないし昭和四三年ころにおいては、多数の死傷者が生じるような重大な事故が何回も発生していることが認められる。また、右各証拠によれば、本件飛行場周辺には弾薬庫等危険物を保管している施設が存在することが認められるから、原告らが、とりわけ本件飛行場や航空機の離着陸経路に近接した地域に居住している者らを中心として、これら墜落事故や落下物事故についてかなりの危惧感を抱いていることは十分に理解できる。しかし、これらの事故の事実から、ただちに本件飛行場の設置、管理や航空機の安全管理等に構造的な欠陥があることまでを推認することは困難であり(なお、復帰後についてみると、復帰前のような大きな事故は発生していない。)、そのほか、本件飛行場の日常の設置、管理や航空機の安全管理等に構造的な欠陥があることを認めるに足りる確たる証拠はない。右過去の事故の事実や本件飛行場が大規模な軍事空港であることに照らし、本件飛行場に近接した地域に居住している原告らには墜落等の抽象的な危険が混在していること自体は否定できないが、これが損害賠償等何らかの法律上の請求を可能とするような現実的危険にまで至っていると認めることは困難である。すなわち、右の航空機の墜落等の危険をそれ自体で独立した侵害行為と認めることは困難であるといわざるをえない。
もっとも、本件航空機騒音について原告らが感じる不快さには、単に音質、音量等音の成分自体が不快であるというだけではなく、かかる航空機騒音によって墜落等の恐怖、不安を感じるといった面も大きいと思われるから、かかる墜落等についての危惧感、恐怖感は本件航空機騒音について原告らが感じる不快さを高める一つの要素として理解することができる。しかも、右のように過去に重大な事故がたびたび起こっており、復帰後もなおパラシュート訓練中の事故や、幸い人身事故には至っていないものの戦闘機やヘリコプターの墜落事故も発生しているという事実に、前記のとおり本件飛行場周辺には弾薬庫等の危険物貯蔵施設が存在することをあわせ考えると、ことに、滑走路先端に近接し航空機の主要な離着陸経路の直下に居住する原告らや弾薬庫等の施設に近接した地域に居住する原告らにとっては、墜落等の恐怖がそれなりに現実感のあるものであることは一概に否定できず、こうした事情が本件航空機騒音による後記の精神的被害の程度を高めていることはいなめないと考えられる(この点については、後記第四の四「精神的被害」において改めて説示する。)。
三振動、排気ガス
1 振動
大阪府立大学工学部災害科学研究所が財団法人航空振興財団の委託に基づいて昭和四三年一一月一日から昭和四四年二月一五日にかけて大阪国際空港周辺で航空機の通過による建造物の振動について調査した結果(<書証番号略>)によれば、航空機騒音が地上に達したときの音圧が直接励振力として働き、地面と家屋全体がほとんど一体となって垂直に振動していること、測定した機種のうち騒音レベル、振動加速度の最大値を示したものは四発ジェット機(コンベア八八〇機)であって、その騒音レベルが一一〇デシベルのとき建築物の垂直加速度が一〇〇ガル程度に達すること、不快を感じる程度に振動が大きくなるのはジェット機に限られ、ターボプロップ機やプロペラ機の場合はほとんど問題にならないこと、同一測定箇所の振動加速度の対数値(デシベル値)はほぼ騒音レベルに比例することなどが認められる。また、運輸省航空局の委託により財団法人小林理学研究所が昭和五〇年に福岡空港周辺の木造家屋で行った調査の結果でも、航空機飛来による屋根瓦や家屋内柱の振動が確認されている(<書証番号略>)。
本件飛行場に離着陸する航空機による家屋等の振動の状況を客観的に明らかにする資料はないが、右の大阪府立大学等の調査結果や前記一で認定したとおりの航空機騒音の状況に加え、原告らの中に、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音によって窓ガラスや家財道具が振動すると訴える者が生活環境整備法上の区域指定におけるW値の高い地域を中心にかなり存在すること(<書証番号略>、原告ら陳述書等)に照らすと、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音によって、本件飛行場に近接した地域に居住する原告らの家屋の窓ガラスや家屋内の家財道具等に振動が生じ、家屋内の住人に不快感を与えていることが推認できるものである。
2 排気ガス
証拠(<書証番号略>)によれば、①航空機の排気ガス中には、一酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素等の汚染物質が含まれ、とりわけ大型の旅客機でみた場合、一機当たりの排出量はかなりの量に達すること、②もっとも、航空機排気ガスは濃度が薄く拡散率が高いため、局所濃厚汚染現象を起こしにくいこと、③環境庁が東京国際空港及び大阪国際空港周辺で航空機の排気ガスによる大気汚染について調査した結果では、大気汚染に対する寄与を明らかにできなかったこと、などが認められる。
本件飛行場周辺における航空機からの排気ガスによる大気汚染についての客観的な証拠はみあたらない。もっとも、前記一で認定したとおり、本件飛行場に多数の航空機が離着陸することに照らし、これら航空機の発する排気ガスも相当量に達すること自体は推認できないではない。しかし、本件飛行場周辺において、大型旅客機が多数発着する前記両国際空港に比較してさらに航空機による排気ガスの濃度が高いということまではできないし、右に述べたとおり、これら空港での航空機の排気ガスによる大気汚染への寄与が明確でない以上、本件飛行場に離着陸する航空機の排気ガスによって人体に何らかの影響を与えるような大気汚染が発生していると推認することは困難である。
第四被害
一総論
1 被害認定の基本的立場
前記第二の二「損害賠償請求の被侵害利益について」で説示したとおり、本件損害賠償請求において、環境権及び平和的生存権といった包括的な権利は請求の根拠とはならず、結局、身体的被害あるいは他人と円滑に会話をかわし、十分な休養や睡眠をとるなどの平穏かつ快適な日常生活を享受する利益といった原告ら各自の個人的利益(そのうちどこまでを人格権の概念に含めるかはおくとして)が侵害される限度において各原告らの損害賠償請求が可能となるものである。そうすると、原則的にいって、各原告ごとに個別的に本件飛行場に運航する航空機の発する騒音及びこれによる振動(以下、これらをあわせて「本件航空機騒音等」ということがある。)による被害を主張立証する必要があるといわねばならない。しかし、本件航空機騒音等による被害(以下、そのつど特に明示はしないが、第四において認定する被害については、航空機騒音のほか振動による被害をも含めてこれを示すこととする。)のうち、会話妨害等の生活妨害、睡眠妨害、いらだちや不快感等の精神的被害についてみると、個々の原告らの生活事情の違い等の個別的事情を問うまでもなく、あるレベル以上の騒音にさらされた場合に誰にでも起こるような共通の被害を想定することが可能であるから、一定以上のレベルの騒音に暴露される地域に居住する住民の大多数に各人の身体的事情や生活事情の違いを超えたある一定の基礎的な被害が発生していることが認められれば、原告ら各自の被害についての個別的証拠がなくとも、当該騒音地域に居住する各原告らについてそのような被害の発生を推認することができる。もっとも、右被害の程度いかんについては、暴露されている騒音量の相違によりおのずから違いがあると考えられるが、この点も、ほぼ同等の騒音レベルの地域に居住する各原告らについてみれば、ほぼ同等の被害が生じていることを、同様の手法により推認してよいであろう。これに対し、航空機騒音による身体的被害については、個々の原告の訴える症状や各人の身体的条件は様々であるから、個々の原告について、被害を特定して具体的に主張する必要があり、また、その立証については、原告らの訴える症状や本件航空機騒音等との因果関係について、各原告ごとに診断書、あるいは鑑定等の客観的な証拠による医学的な裏付けが必要であると考えられ、特段の事情のない限り陳述書等の主観的な証拠のみで立証が足りるとするわけにはいかない。もっとも、ある一定のレベルの騒音に暴露されることによって、大多数の人に一定の身体的被害が生じる危険性(単なる一般的抽象的な危険性ではなく、高度の蓋然性の程度にまで高められた危険性)があることが医学論文等の証拠によって明確に認められるならば、そうした身体的被害の危険性のある状態で生活しなければならないという精神的苦痛をもって、共通の精神的被害と認めることはできるであろう。
2 騒音(航空機騒音)の一般的特色
前記第三で侵害行為として認定した本件航空機騒音等による原告らの被害を検討するに先立ち、騒音の人体への影響及び航空機騒音の特色について一般的にいわれているところを概観することとする。
(一) 騒音の人体への影響
国立公衆衛生院生理衛生学部の長田泰公らの説明によると、騒音の人体への影響の発現経路について生理学的に考えられているところは、次のとおりである。
騒音は、まず耳から入るが、騒音が強ければ耳の感音器を冒して、難聴(聴力低下)を起こす。次いで耳の感音器からの信号は聴神経を経て大脳皮質の聴覚域に達して音の感覚を生ずるが、聞きたい音と同時に騒音が到達すれば聴取妨害を起こすし、騒音単独でも「やかましさ」の感覚を発生させる。以上は、音が耳から聴覚域に至る経路で起こり、音に特異的な直接的影響であって、その影響の程度は音の大きさ、音質等の物理的特性や暴露時間との関係が深い。
一方、耳からの信号は脳幹網様体を介して大脳皮質全体に信号を送り、これを刺激し、刺激がある程度以上の強さであると精神作業妨害や睡眠妨害等を起こす。この経路は、音以外の寒暑、痛み等の感覚でも精神的妨害を引き起こす経路であって、音に特異的なものではないし、その影響も聴力に対する影響と比べれば間接的なものである。また、脳幹網様体からは視床下部を経て大脳の旧古皮質へも信号が送られて、いらだち、不快感、怒り等の情緒的影響を起こし、食欲、性欲等の本能欲の妨害をも起こしうる。視床下部は、特に内臓等の働きを調節する自律神経の中枢の存在する部分であって、また、下垂体を介して内分泌系の働きを支配する中枢でもある。そのため、精神的、心理的ストレスが限度を超えると、ここから自律神経系や内分泌系を介して脈拍、血圧、呼吸、胃腸の働き等の内臓の働きの変調、冷汗、皮膚血管の収縮、ホルモンのアンバランス等様々な身体的影響が発生すると考えられる。これも、寒暑、痛み等の感覚や精神的緊張でも起こりうる非特異的かつ間接的な影響である。
こうした影響の発現とその程度は、騒音側、人間側の様々な因子によって左右される。騒音側からいうと、音の大きさのみでなく、音質(周波数構成)、持続時間、頻度、衝撃性、以上の因子の変動性などによってその負荷量が変わり、また、これらの因子が与える影響の種類(たとえば聴取妨害、情緒的影響などのいかん)によって各因子の影響の度合も変わってくる可能性がある。人間側についても、性、年齢、健康度、その時々の心身状態、個人の気質、体質、家族関係や社会関係によってこれらが異なりうる。
さらに、これらは、騒音と人間との間に介在する因子、すなわち、地形、気温、家屋の遮音性等の音の伝播要因、慣れと経験、騒音源との社会的関係といった因子にも影響される。騒音による被害の発現及びその程度にはこれらの諸因子が相互に関連していると考えられるが、そのうちの重要なものについてすら、右のような影響の発現とその程度に具体的にどのように関与しているのかについて、未だほとんど解明されていない。
(以上、<書証番号略>)
(二) 航空機騒音の特色
航空機騒音の特色としては、音量が大きいこと、発生が間欠的であること、騒音の及ぶ面積が広大であり、かつ家屋構造による遮音が困難なこと、ことにジェット機の場合高周波成分を含む金属的な音質を有すること、飛行機の進行に伴いそのレベルや周波数が変動することがあげられる。こうした航空機騒音の特色のため、そのやかましさを表すには、一般的に騒音の大きさの単位として使用されているホン(dB(A))だけでは評価単位として十分ではなく、各国において、現在までの知識と経験から、当面の実用のためにWECPNL、NNI等様々な評価単位が提唱され、環境基準等として用いられているが、未だ、航空機騒音による各種被害の発生を一義的かつ明確に予測できるような絶対的な基準が提示されているとまではいえない(相対的にみれば、後記第六の三「環境基準」1(四)に示すとおり、現時点においては、WECPNLが最も適切な評価単位と考えられる。)。
(以上、<書証番号略>)
二生活妨害
(この項では、原告らの被っている具体的な生活妨害のうち、睡眠妨害を除いたものについて認定する。)
1 原告らの訴え
原告らは、本件飛行場からの航空機騒音によって、会話妨害、テレビ・ラジオ等の聴取妨害、音楽鑑賞や楽器演奏等の趣味生活の妨害、家庭の団らんの妨害、交通事故の危険、学習、読書等の知的作業の妨害、職業生活の妨害など日常生活全般にわたって被害を受けている旨主張し、原告ら陳述書等においても、航空機騒音による会話妨害、これによる家庭の団らんの妨害、電話による通話の妨害、テレビ・ラジオ等の聴取妨害の各訴えを中心に、そのような生活妨害の訴えをする原告が多い。
昭和五八年に第一次訴訟及び第二次訴訟の原告らに対して行われたアンケート調査の結果によれば、回収人数八八七名のうち、本件飛行場からの航空機騒音による家庭内の会話妨害について、「頻繁にある」、「かなりある」と答えた原告は、それぞれ三七二名(41.9パーセント、なお、パーセンテージは八八七名中の割合、以下同じ)、四五八名(51.6パーセント)を占め、電話妨害、テレビ・ラジオ等の聴取妨害についても、大部分の原告が「全く聞こえないことがある」又は「かなり聞こえないことがある」と回答している(<書証番号略>)。また、原告ら代理人が、<書証番号略>をもとに、原告らの訴えを原告らの居住に係る生活環境整備法上の区域指定におけるW値(したがって、各住居における航空機騒音が生活環境整備法上の区域指定において当該W値以上―ただし、当該W値プラス五未満である。―とされたことを意味する。)ごとに分類して集計した結果(<書証番号略>)によると、たとえば会話妨害の訴え率は、W値七五、八〇、八五、九〇、九五の順に、それぞれ約七六パーセント、約八九パーセント、約九一パーセント、約九九パーセント、約九七パーセントとなり、いずれの地域でも高い訴え率を占め、かつ、ほぼW値の上昇に伴って増加傾向が認められ、電話妨害、テレビ・ラジオの聴取妨害でもこれとほぼ同様の数値と傾向を示していた。
2 他の飛行場での住民調査、騒音の影響についての学術研究等
(一) 他の飛行場での住民調査(騒音影響調査)の結果をみると、次のとおりである。
(1) 東京都公害研究所が、財団法人日本公衆衛生協会に委託して、昭和四五年に横田飛行場周辺(NNI四〇台ないし六〇台)及び対照地区(NNI三〇台)の合計一〇〇〇世帯を対象にして行ったアンケート調査の結果によると、騒音(航空機騒音に限定されない。)によって家族との会話の妨害を訴える者は、NNI四〇台で五〇パーセントとなり、NNI五〇台では会話を中断せざるをえない者が七〇パーセントになり、NNI六〇台ではこれが九〇パーセントとなっている。電話の聴取妨害ではこの傾向がさらに強い。また、テレビ・ラジオ・レコードの聴取の場合、「小さな音でもききとれる」、「普通の声でききとれる」以外の回答を支障ありとすると、NNI四〇台で支障ありは七〇パーセント、五〇台で九〇パーセント以上となる。読書、思考の妨害は、以上の三者よりもやや訴えが低く、NNI四〇台で四〇パーセント、五〇台で七〇パーセント、六〇台で八〇パーセントになっている。
これらNNIによる被害の違いについて、統計学上カイ自乗テストと呼ばれる方法により相関関係を調べた結果、読書、思考の妨害を除き、ほとんどすべての訴えについてNNI三〇台の地域(対照地区)とNNI四〇台の地域との間に有意な差があり、またNNI四〇台の地域とNNI五〇台の地域とでは、読書、思考の妨害を含めて有意な差がみられた。
以上のような被害の原因である騒音源としては、航空機のみでなく自動車、鉄道、工場等が挙げられているところ、会話妨害について何らかの騒音源を挙げた者(総数九九一名中87.2パーセント)が指摘した騒音源の延べ数は一一四九件で、そのうち航空機は七六二件、六六パーセントを占めている。騒音源の比率は、他の質問でも大体同じである。
(以上、<書証番号略>)
(2) 財団法人航空公害防止協会が、財団法人大阪国際空港メディカルセンターに委託して、昭和五五ないし昭和五七年度に大阪、東京両国際空港及び福岡空港周辺において成人女性を対象として行った調査結果のうち、質問紙による健康調査の結果では、騒音による騒がしさや生活妨害(会話妨害、テレビ・ラジオの聴取妨害、読書、勉強の妨害など)に関する訴え(うるささ反応)は、大阪空港周辺地域において、居住地のWECPNL値の上昇に対応して増加する傾向を示し、特にWECPNL九〇以上になるとうるささ反応も急速に高まることが示唆された。
これを具体的にみると、次のとおりである。すなわち、居住地が「非常に騒がしい」又は「耐えられないほど騒がしい」と答えた人の割合は、WECPNL七〇ないし八〇の地域で17.5パーセント、WECPNL八〇ないし九〇の地域で22.2パーセント、WECPNL九〇以上の地域では格段に増加して56.1パーセントの結果であった。また、会話妨害について「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、WECPNL七〇ないし八〇の地域で13.0パーセント、WECPNL八〇ないし九〇の地域で23.5パーセント、WECPNL九〇以上の地域ではやはり格段に増加して57.0パーセントを占め、また、電話聴取妨害、テレビ・ラジオ聴取妨害についても、「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、WECPNL九〇以上の地域でいずれも約六六パーセントとなって、WECPNL七〇ないし八〇、八〇ないし九〇の地域に比較してかなりの高率を占めるなど、会話妨害とほぼ同様の傾向を示した。一方、勉強、読書、仕事等の妨害について「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、以上に比較すると高いものではなかったが、それでも、WECPNL九〇以上の地域で41.1パーセントとなって、WECPNL七〇ないし八〇、八〇ないし九〇の地域でそれぞれ9.4パーセント、15.3パーセントであったのと比較してかなりの高率を占めた。そして、会話妨害、電話聴取妨害、テレビ・ラジオ聴取妨害、勉強、読書、仕事等の妨害、睡眠妨害の五項目について質問し、その回答が、「しょっちゅうある」の場合を三点、「時々ある」の場合を二点、「ほとんどない」の場合を一点として、五つの質問の得点を合計した値である騒音妨害度スコアの分布を調べたところ、WECPNL七〇ないし八〇の地域と同八〇ないし九〇の地域はともに九点を中心とした分布を示したが、WECPNL九〇以上の地域は一三ないし一五点の高得点の割合が多く、他の二群と異なる分布を示し、ここでもW値九〇以上の地域で生活妨害の訴えが格段に高まることを示唆していた。
(以上、<書証番号略>)
(3) また、同協会が同時期に同センターに委託して大阪国際空港周辺において学童を対象として行った調査結果のうち、質問紙による健康調査の結果では、騒音による騒がしさや生活妨害の訴えは、必ずしもWECPNLの増加に対応して強まっておらず、また全体として成人女性における訴えよりも少なかったが、これについては、右調査の報告者は、学童の家庭での生活時間が成人女性よりも短いことや、学童の学校内での学童達の話声等による騒音暴露レベルが極めて高いため学童のほうが成人女性よりも大きな音に慣れていることが原因として考えられるとしている(<書証番号略>)。
(4) 前記長田泰公が、横田、大阪、千歳、ロンドンの各飛行場周辺における住民の騒音影響調査の結果を比較したところ、会話及びテレビ・ラジオの聴取妨害の訴え率は、各地域とも、NNIが増加すれば訴え率も増加する傾向を示し、特に横田と大阪の傾向がよく一致していた(<書証番号略>)。
(二) 騒音が音声伝達に与える影響についての研究結果等には、次のようなものがある。
(1) 国立公衆衛生院建築衛生学部の小林陽太郎らの研究結果によると、日本語無意味百音節からなる明瞭度テープを使用し、実験室において、聴覚の健全な学生五名を用いて、ホワイトノイズによる音声伝達の影響を調べたところ、S/N比(信号音量と騒音量の相対比)三〇デシベルで明瞭度は九四パーセントであるが、S/N比が二〇、一〇、〇、マイナス一〇デシベルと下がるにつれて、明瞭度はそれぞれ八五、六八、四五、一五パーセントと低下する。さらに、同研究は、東京都区内の一二小学校の教室内の実際の騒音について調査した結果から、教師の会話レベルを七〇デシベルとするとき、学校教室内の明瞭度を八〇ないし八五パーセントに保持するためには、騒音分布中央値は五〇ないし五五デシベル以下であることが必要であって、調査した学校の七五パーセントは右の条件を満足させていなかったと結論づけている(<書証番号略>)。
(2) EPA(アメリカ合衆国連邦環境保護庁)が一九七四年に公表した資料によれば、会話音声の了解度を一〇〇パーセントにするためには、屋内の騒音レベルはLeq四五デシベル以下にすることが必要であり、屋外と屋内の音響レベル差を一五デシベルとすると屋外ではLeq六〇デシベル以下にする必要があるところ、五デシベルの安全限界値を考慮し、さらに夜間騒音を重くみたうえ、会話等を妨害しないなど、公衆衛生及び福祉に何ら影響を与えないためのレベルとして屋外での騒音をLdn五五デシベル以下とすることを提唱している。なお、右資料中には、他に、屋外において話し手と聞き手が二メートルの間隔で普通の音声を出した場合に九五パーセントの文脈了解度を得る最大等価騒音レベルとして、定常騒音、都市社会騒音の場合はLeq六〇デシベル、航空機騒音の場合はLeq六五デシベルとする研究結果も紹介されている(<書証番号略>)。
(三) 騒音が学習等の知的作業に与える影響についての研究結果等には次のようなものがある。
(1) 前記長田泰公らが、九名の被験者を用い、一回の持続時間約二〇秒の三種の間欠音、すなわち、ジェット機騒音、新幹線騒音、ピンクノイズを暴露して各種精神作業に及ぼす影響を調べたところ、標示灯に対する反応時間テストの場合、五〇ないし八〇デシベル(A)の範囲では無音のときよりも促進的、覚醒的に作用し、一〇秒間の時間を再現するテストの場合、ほとんど影響はみられず、図形数え作業テストの場合、騒音を聞かせることによって数え残しが増したが、騒音レベルや頻度の差による影響の違いは検出できなかった。長田は、右の結果から、騒音はある程度まで精神作業を促進するが、作業が複雑になったり長引いたりすれば妨害的に働くこと等が示唆されるとしている(<書証番号略>)。
(2) 神戸大学工学部助手安藤四一が、昭和四八年に大阪国際空港周辺の騒音地区の二小学校及びこれと対照するための非騒音地区の二小学校の児童を対象にして、教室内でピーク時音圧九〇プラスマイナス五デシベルの航空機騒音等に暴露して行ったクレペリン精神作業検査の結果によれば、特徴的な点として、二年生については、前半の作業中は刺激音による作業曲線上の動揺が大きいが、後半では動揺がなく、この点については地域差が認められず、四年生については、騒音地区の児童に、刺激音の有無にかかわりなく、V字型の落ち込みをする者の割合が大きいことが挙げられるとしている(安藤は、後者の点について、精神の平衡機能への騒音の長期的影響を示唆するとしている。)(<書証番号略>)。
(3) 日本女子大学名誉教授児玉省が、昭和四一年度において、横田飛行場周辺の昭島市の小学生三年生及び六年生に、ジェット機騒音、その他の日常の騒音等を組み合わせた録音テープを聞かせて、各種の知能検査、適性検査等を行ったところ、ジェット機騒音下の成績のほうが他の騒音、音楽、空白下における成績を上回った(児玉は、これについて、騒音地区の児童は航空機騒音に馴れを生じているとしており、さらにいわゆる中毒症状的状態になっているものではないかとも推測している。)(<書証番号略>)。
3 考察
(一) 聴取妨害とこれに伴う各種の生活妨害
騒音が音声伝達の妨げになることは経験則上明らかで、前記2(二)(1)の小林らの研究結果等でも裏付けられている。前記第三の一「航空機騒音」で示した本件飛行場周辺での激しい騒音、とりわけ、北谷町砂辺や嘉手納町屋良、嘉手納等での激しい航空機騒音に照らすと、かかる航空機騒音によって音声等の伝達が妨げられ、これによって、会話妨害、電話聴取の妨害やテレビ・ラジオ等の聴取妨害が生じていることは明らかであり、本件飛行場と類似した他の飛行場での住民調査の結果でも同様の被害が認められている。
たとえば、前記第三の一3「北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による検討」で示した北谷町砂辺における一日あたりの七〇dB(A)以上の騒音持続時間の年間平均値は、一日あたり一時間を超えており、嘉手納町役場でもこれにほぼ準じる程度の騒音があり、これらの地域での会話妨害等の被害は相当著しいものと理解できる。もっとも、原告らの居住地域全般に一様に著しい会話妨害等の被害が生じているわけではなく、たとえば、同じ箇所で示した北谷町役場での測定結果によると、一日あたりの七〇dB(A)以上の騒音持続時間の年間平均値は六分余であり、最近の一〇年の間は、二年間を除いて六分を超えておらず、これに、次に示すような家屋の遮音効果をもあわせ考えると、こうした地点では、聴取妨害が生じる時間は、少なくとも屋内では一日のうち短時間にとどまるものと考えられる。ただ、短時間の聴取妨害であっても、それを何度か経験することによって不快の程度が高まっていくことは理解できるところである。
ところで、通常、欧米では建物自体の遮音効果が、窓の開閉にもよるが、一〇ないし二〇dB程度はあるといわれており(<書証番号略>)、日本の家屋でも、建物の種類によるものの、これよりいくらか劣る程度の遮音効果はあるものと考えられ(<書証番号略>)、――具体的には、後記第五の二5「周辺対策の効果」(一)で示すとおり、防音工事を施さない通常の家屋でも、開口部を閉めた状態で一〇ないし一五dB程度のものはあると考えられる――こうした建物の遮音効果を考えると、会話、電話、テレビ・ラジオ等の聴取をする場所となることの多い室内では、聴取困難の程度もかなり緩和されているものと考えられるが、前記第二の一6(一)で示した当裁判所の第一回検証の結果によると、屋内非防音室において、開口部を閉めていたときでも最高約七五ないし八五dB(A)の騒音が記録されており、かかる検証の結果や前記第三の一で認定したとおり本件飛行場に近接した地域では航空機飛来時の屋外の騒音レベル自体が相当高いレベルにあることに照らし、本件飛行場に近接した地域での航空機飛来時の室内における騒音レベルは、相当高くなることがあるものといえる。また、高温多湿の気候の沖縄では、エアコン使用時を除けば、季節をとわず窓を解放して生活する者もかなり多いと考えられる(原告ら陳述書等)。そうすると、本件飛行場に近接した地域においては、室内における聴取妨害も相当程度に達しているものと推認することができる。
こうした聴取妨害によって家庭の団らんが妨害されること、また、音楽鑑賞や楽器演奏等の趣味生活が妨害されること、顧客や同僚等との会話及び電話が妨げられることによって仕事や社会生活に支障が生じる場合があることなども容易に推認できるところである。また、会話等それ自体が可能であっても、会話等の最中に騒音に暴露されることによって、いらだちや不快感が高まり、たとえ騒音暴露が短時間であっても、その心理的影響がしばらく残存することは経験則上認められるところであり、こうした経験を日常繰り返すことによって、不快感が蓄積し、後述の精神的被害に結びついていく面もあると思われる。
次に、原告らの各住居の在する地域ごとの、こうした聴取妨害とこれに伴う各種の生活妨害の被害の程度について検討するに、かかる聴取妨害等の被害の程度は経験則上居住地の騒音レベルにほぼ比例するものと思われ、このことは、前記1のとおり、原告らの会話妨害、電話妨害及びテレビ・ラジオの聴取妨害の訴え率が、各居住地にかかる生活環境整備法上の区域指定のW値の上昇に伴って増加する傾向が認められることや、前記2(一)のとおり、他の飛行場での住民調査の結果によっても、地域のW値又はNNI値の上昇によって聴取妨害の訴え率が増加する傾向が認められる(なお、前記2(一)3の学童を対象とした調査結果については、調査報告者も前記のような分析をしており、この結果をあまり重視することはできないと思われる。)ことによっても裏付けられている。
もっとも、前記1「原告らの訴え」に示した結果については、それらがもともと各種被害の程度が大きいことを前提として訴訟を提起している訴訟当事者らによる訴えである以上、一般的な住民調査における住民の訴えが、主観的な判断に基づくものとはいえ、それが大規模で客観的な調査に基づくものであればかなりの精度を持ちうるのと比較すれば、より主観性の高いものとみなければならない(<書証番号略>―別件における長田泰公の証人尋問調書―においても、当初から騒音についての調査だということが意識されていれば、それだけでも結果に片寄りが出やすいとされている。)から、こうした原告らの訴えのみからそれぞれの住居の存する地域ごとの被害の程度を明確かつ的確に把握することは困難であるといわざるをえない。したがって、右被害の程度については、前記第三の一「航空機騒音」で検討した客観的な騒音測定記録の各数値をふまえた本件航空機騒音の実態に、前記2(一)の他の飛行場での住民調査の結果や1の原告らの訴えを加味することによって判断するほかないところである。右の観点から検討するに、前記第二の一3で示した北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録によると、北谷町砂辺(生活環境整備法上の区域指定におけるW値九五以上)の各数値は、個々の騒音レベル、また騒音発生回数や騒音持続時間とも非常に大きく、これによる聴取妨害等の被害の程度は著しいものと理解でき、嘉手納町役場(同W値八五以上九〇未満)の各数値は、個々の騒音レベルはいくらか低いものの、騒音発生回数や騒音持続時間は北谷町砂辺にほぼ準じており、そこでの被害の程度もかなり高いものと解され、北谷町役場(同W値八〇以上八五未満)でも、騒音発生回数や騒音持続時間はかなり小さくなるものの、個々の騒音レベル自体はなおかなり高いから、これによる被害の程度は、それほど高いとはいえないにしても、なお無視できない水準に達していると考えられる。また、前記第二の一4で示した沖縄環境白書に示された県の騒音測定結果によると、生活環境整備法上の区域指定におけるW値九〇以上の地域の各数値は、前記北谷町砂辺のそれにおおむね等しいかあるいはこれに準じるものとみてよく、これらの地域での聴取妨害等の被害の程度は著しいものと考えられ、同W値八五以上九〇未満の地域の各数値は、前記嘉手納町役場のそれよりはいくらか劣るもののなおかなり高いものを示しているから、これによる被害もやはりかなり高いと考えられ、同W値八〇以上八五未満の地域の各数値は、以上のW値八五以上の地域よりも低いとはいえ、地点や年度によってはそれにさほど劣らない程度の騒音が発生しているから、これによる被害の程度も無視できない水準に達しているのに対し、W値七五以上八〇未満の地域では、WECPNLのパワー平均値、騒音発生回数、騒音持続時間のいずれも前記各地域よりさらに低く、ことに右WECPNLのパワー平均値についてみると、後記第六の三「環境基準」1(四)で示す環境基準値の低いほうの値である七〇を上回ることは多くはなく、かかる地域での聴取妨害等の被害の程度はあまり高いとは認められない。そして、以上について、たとえば、前記2(一)の他の飛行場での騒音調査の結果にみる住民の訴え率ともおおむねそこがないものといえる。
(二) 学習、読書等の精神作業の妨害
前記研究結果等によっても、騒音の精神作業に対する影響の詳細については必ずしも明瞭な結果は得られておらず、かかる影響を体系的かつ具体的に明らかにするような的確な証拠はほかに見当たらない。学習、読書等の知的作業に対する騒音の影響は、作業の性質、人間の心理状態等の要因ばかりか、前記2(三)の研究結果からも明らかなようにいわゆる「慣れ」によっても左右されうるため、単純に被害の有無、程度を論ずることはできない面を有すると考えられる。この点、前記2(一)の他の飛行場での住民調査における住民の訴えをみても、会話等の妨害に比べれば、それほど高い訴え率を示していないことは右の理由によるとも考えられる。
もっとも、一般的にいって騒音が学習、読書等の知的作業の妨害となりうることは経験則上明らかであり、これは、前記のような研究以外に、航空機騒音を前提としないでごく一般的に騒音の学習に対する影響を調べた実験の結果(<書証番号略>)によっても認められるところであるし、前記一2「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(一)に示したとおり一般的な医学的知見としても認められているところであって、たとえ作業結果や能率には明確な影響が表れなくても、騒音下での作業によりいらだちや不快感が生ずることはみやすい道理である。本件飛行場でも、北谷町砂辺や嘉手納町屋良、嘉手納等の特に騒音の激しい地域でこれらの被害が相当程度存することは、前記第三の一に示した同地域での騒音レベルや騒音持続時間等に照らし、経験則上十分理解できるところである。また、かかる被害の程度が原告らの各住居の存する地域の騒音レベルに比例すると思われることなど、原告らの各住居の存する地域ごとの被害の程度については、右(一)で述べたのと同様のことがいえる。
(三) 交通事故の危険
原告らが主張するように、航空機騒音の特に著しい地域においては、これによって自動車のエンジン音や警報音がかき消されて自動車の接近に気がつきにくいことがあることは考えられないではない。しかし、これが原因で特定の事故が生じたとか、本件飛行場周辺地域でそのために事故の発生率が高くなっているなどのことを示す確たる証拠はない。のみならず、原告ら陳述書等でも、かかる交通事故の危険を具体的に訴えている原告はほとんど見当たらないうえ、航空機騒音の間欠性や、航空機騒音と自動車のエンジン音や警報音との音質の相違、音の発生する方向の相違等をも考慮すると、本件航空機騒音により、原告らの居住する地域の全域にわたって、通常の場合と比較して明らかに高い交通事故の危険性が生じていると認めることは困難である。結局、共通被害としての交通事故発生の危険性については、これを認めるに足る十分な証拠がないといわざるをえない。
三睡眠妨害
1 原告らの訴え
原告らのうち多数の者が、原告ら陳述書等において、本件飛行場からの飛行騒音や地上音によって睡眠中に覚醒させられ、そのまま寝つけなくなったり熟睡できなくなったりして睡眠不足になり、翌日の仕事にさしつかえる、あるいは疲労感が残るなどと訴えている。
前記二1の昭和五八年の原告らアンケート調査の結果によれば、回収人数八八七名のうち、本件飛行場からの航空機騒音による睡眠妨害について、「頻繁にある」、「かなりある」と答えた原告は、それぞれ三一五名(35.5パーセント)、三一二名(35.2パーセント)を占め、「時々ある」と答えた者を含めると、ほとんど全員が睡眠妨害を訴えている(<書証番号略>)。また、原告ら代理人が<書証番号略>をもとに集計した前記二1の結果(<書証番号略>)によると、睡眠妨害の訴え率は、生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五、八〇、八五、九〇、九五の順に、それぞれ約五六パーセント、約七一パーセント、約八〇パーセント、約八八パーセント、約九〇パーセントとなり、いずれの地域でも半数以上の者が睡眠妨害を訴え、W値の上昇に伴って訴え率の増加傾向が認められた。
2 他の飛行場での住民調査、騒音の影響についての学術研究等
航空機騒音による睡眠妨害の実態についての他の飛行場での住民調査や騒音の睡眠に対する影響についての学術研究等の結果は次のとおりである。
(一) 前記二2(一)(1)の東京都公害研究所の調査結果によると、夜間の睡眠妨害の訴え率は、NNI四〇台で約二五パーセント、五〇及び六〇台でいずれも約四〇パーセントであり、昼寝の習慣がある者による昼寝の妨害の訴え率は、NNI四〇台で約三五パーセント、五〇台で約六五パーセント、六〇台で約七〇パーセントであった(もっとも、NNI三〇台(対照地区)でも、夜間の睡眠妨害の訴え率は約二〇パーセント、昼寝の妨害の訴え率は約三〇パーセントもあり、また、夜間の睡眠に関し、NNI六〇台の地域でも「さしつかえない」とする者が約六〇パーセントあった。)(<書証番号略>)。
(二) 労働科学研究所の大島正光らが、二〇歳ないし三九歳の被験者四名に対し、五〇〇サイクル、三〇ないし七五フォーン、持続時間三秒の純音を三〇秒ないし五分間隔で不規則に暴露した実験の結果によると、就寝を妨害し、朝の覚醒を促進する騒音の下限は四〇ないし四五フォーンであり、また、報告者らは、本実験の結果から、音響刺激が就寝を妨害する程度は、これが覚醒を促進する程度よりもはるかに大きい、すなわち音響刺激の影響は就寝時により大きいとしている(<書証番号略>)。
(三) 昭和四四年に、大阪国際空港の騒音の人体に対する影響を調査するために、厚生省、兵庫県、大阪府の委託を受けて形成された騒音影響調査研究所が行った研究の結果(昭和四四ないし四六年度の報告書にまとめられている。)は次のとおりである。
(1) 騒音地区に住んでいない男子学生三名又は八名を対象にして、夜間の睡眠時間約八時間にわたって、ピーク値六五、七五、八五デシベル(A)、持続時間一七秒のジェット機騒音を暴露した実験の結果によると、騒音を暴露した場合には、暴露しない場合に比べて、全睡眠時間に占める深い睡眠段階の割合が減少し、睡眠深度の変化が頻繁になった。
すなわち、六五デシベル(A)の騒音暴露では、睡眠深度第一段階にある者はほとんどが覚醒するなど、深い睡眠状態(第一及び第二段階)にある者の睡眠深度に著明な変化が表れるが、深い睡眠状態(第四段階)にある者への影響は小さく、七五デシベル(A)の騒音暴露では、中位の睡眠状態(第三段階)でも、睡眠が浅くなるか、覚醒する者が増加するが、深い睡眠状態(第四段階)ではやはりそれほど影響が大きくはなく、八五デシベル(A)の騒音暴露では、中位の睡眠状態(第三段階)ではほとんどの者が睡眠が浅くなるか覚醒するかし、深い睡眠状態(第四段階)でも覚醒する者が現れた。また、全般的にみて、実験を重ねるにつれて深い睡眠状態の占める割合が増加する傾向を示し、騒音を暴露しなかった場合に近づく傾向を示した。
(<書証番号略>)
(2) 大阪国際空港周辺の伊丹地区(伊丹群)及び航空機騒音にさらされることのほとんどない比較的静穏な地区(対照群)に居住する二歳六カ月ないし四歳の幼児四〇名を対象にして、薬物によって幼児を眠らせ、幼児が覚醒して実験を中止しなければならない時までピーク値六五、七五、八五、九五デシベル(A)、持続時間一七秒のジェット機騒音を暴露した実験の結果によると、六五デシベル(A)の騒音暴露では、比較的浅い睡眠段階にあった幼児でもほとんどのものが変化を示さなかったが、七五デシベル(A)ではその割合が減少し、八五デシベル(A)になると比較的浅い睡眠段階では半数が、深い睡眠段階でも約三〇パーセントの者がそれぞれ変化を示し、九五デシベル(A)に至るとほとんどの者が騒音暴露前の睡眠段階より浅い睡眠段階に変化した。刺激後一分以内に覚醒し実験を中止しなければならない事例は、対照群では一八例中一三例であるのに対し、伊丹群では二〇例中八例と顕著な差を示し、日常騒音に暴露されることの多い伊丹群に騒音に対する慣れの傾向(騒音刺激に寄り睡眠を障害されにくくなっている傾向)が窺えた。また、脳波、容積脈波、心電図、筋電図は、各刺激強度が強くなるに従って反応も高率になることが認められ、各刺激強度間に有意な差があった(<書証番号略>)。
(四) 前記長田泰公らが男子学生(各五名)を対象として行った一連の実験結果は次のとおりである。
(1) 四〇デシベル(A)と五五デシベル(A)の工場騒音及び道路交通騒音を六時間連続暴露して脳波、血球数等を測定した実験の結果によると、騒音により睡眠深度の変化が頻繁になり、平均睡眠深度は、無音にした対照実験に比べて、四〇デシベル(A)の騒音でもかなり浅くなり、好酸球数及び好塩基球数(本来は睡眠中は増加するもので、睡眠不十分だと増加度が小さいとされる。)は、四〇デシベル(A)で増加が抑制されるようになり、五五デシベル(A)では逆に減少した(<書証番号略>)。
(2) 次いで、四〇デシベル(A)及び六〇デシベル(A)の騒音(ホワイトノイズ、一二五ヘルツ又は三一五〇ヘルツを中心とする三分の一帯域騒音の三種類)を用い、六時間のうち三〇分に一回の割合で、2.5分の連続騒音と一〇秒オン、一〇秒オフの断続騒音(オン時間の合計2.5分)とに不規則に暴露して前同様に測定した実験の結果によると、覚醒期脳波の出現回数が前回(連続暴露実験)よりも多く、平均睡眠深度も浅くなり、好酸球数及び好塩基球数の変化は右(1)の工場騒音、交通騒音の場合の四〇デシベル(A)と五五デシベル(A)の中間にあたる影響を示し、このように暴露時間の合計が三〇分間にすぎない断続騒音でも六時間連続騒音と同程度の睡眠妨害をもたらすことが示された(<書証番号略>)。
(3) さらに、五〇デシベル(A)あるいは六〇デシベル(A)の新幹線列車鉄橋通過音あるいはジェット機騒音を用い、いずれも、午後一一時から午前七時までの睡眠中に、前後三時間ずつ、五ないし二〇分に一回の割合で合計四二回断続騒音に暴露し、対照実験として四〇デシベル(A)のピンクノイズの連続騒音に暴露し、それぞれ前同様に測定した実験によると、就寝後一時間までの脳波をみると、四〇、五〇、六〇デシベル(A)の順に後者のほうが平均睡眠深度が浅くなっていく傾向を示したものの有意な差ではなかったが、睡眠段階が十分深くなるまでに要する時間については、右の順に有意に延長しており、たとえば、四〇デシベル(A)のピンクノイズに比べ、六〇デシベル(A)の列車騒音及びジェット機騒音では三ないし四倍にもなった。また、好酸球数及び好塩基球数については、睡眠後に減少していることが認められたものの、その変動率に騒音レベルによる有意な差は見い出しえなかった(<書証番号略>)。
(4) なお、以上の実験の被験者となった男子学生の大半は騒音に気付かず、主観的には騒音による睡眠妨害を訴えなかったと報告されている(<書証番号略>)。
3 考察
騒音が何らかの形で睡眠に影響を及ぼすことは明らかであるが、どの程度の騒音によってどのような睡眠妨害が生じるかといった量的な対応関係、騒音によって覚醒にまでは至らないが睡眠の深度が浅くなることによりどのような身体的、精神的影響が生じうるか、あるいはこのような睡眠妨害(覚醒や睡眠深度の変化)が長期にわたった場合にはどうか、といった点については、右2の(二)以下に示したような研究結果によっても未だ十分に明らかになっているとはいえない。
たとえば、右2の学術研究のうち最もまとまったものである(四)の長田泰公らの実験に対しては、東京都教職員互助組合三楽病院耳鼻咽喉科医師中村賢二により、順位尺度である睡眠深度を間隔尺度と同様に考え、その平均値を求めて平均睡眠深度を比較するのは失当である(睡眠深度は通常一から四までの四段階に分けられているが、その各レベルの差が等しいか否かは明らかでないのだから、これを間隔尺度と同一視してその平均値を出すことは許されない数学的処理である。)、また、いわゆるREM睡眠(逆説睡眠)を考慮していないのは実験として不十分である(REM睡眠については、通常の睡眠とは全く異なった状態の睡眠なのであるから、これについは通常の睡眠と区別した検討を加える必要があるのに、これが測定、検討されていない。)、あるいは被験者の数が少なすぎる(睡眠の状態は人によりまたその日の状態によって変わりうるのであるから、この種の実験にあってはなるべく多くの被験者を使うことが望ましい。)などの批判がされている(<書証番号略>)ところ、こうした批判にもそれなりに理由のあるところであり、また、右2のその他の学術研究については、騒音によって覚醒や睡眠深度の変化が起こるが、これについては慣れの傾向も生じうるという程度以上のことを明らかにしたものとはいい難い。
しかし、いずれにせよ、強大な騒音によって睡眠妨害が生じうること自体は経験則上明らかであり、前記一2「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(一)に示したとおり一般的な医学的知見としても認められているところであって、前記第三の一「航空機騒音」で示したような本件航空機騒音発生の実情に照らすと、特に本件飛行場に近接した地域においては、航空機騒音によってかなりの程度の睡眠妨害(覚醒し、あるいは主観的にも眠りが浅くなるなど)の被害が発生していることを窺うに十分であるといえる。すなわち、前記第三の一3に示した北谷町役場、北谷町砂辺及び嘉手納町役場における早朝、夜間及び深夜の騒音量をみると、各測定地点とも人間の生活において通常高い静謐さが要求される時間帯の騒音量としては決して少ないということはできず、特に嘉手納町役場における早朝、深夜の騒音発生回数は、早朝平均五回、深夜平均2.3回にも達しており、早朝、深夜のそれとしてはかなり頻度が高いといわざるをえず、北谷町砂辺でもこれよりはやや頻度が低いものの、ほぼこれに準じる程度の騒音発生があり、このことにこれら地域では航空機飛来時の屋外の騒音レベルが相当高いことをあわせ考えると、後記のような建物の遮音効果を考慮に入れても、なお、本件飛行場に近接した騒音の激しい地域においては、かなりの程度の睡眠妨害の被害が発生していることが窺える。もっとも、北谷町役場における早朝、深夜の騒音発生回数は、早朝平均一回、深夜平均0.3回であって、それほど頻度が高いとはいえないが、このように早朝、深夜の騒音発生回数がそれほど大きくない地域であっても、たびたびではないとしても(右騒音は、屋外で七〇dB(A)以上のものをすべて測定しているのであるから、後記第五の二5「周辺対策の効果」(一)に示すとおり防音工事を施さない通常の家屋でも一〇ないし一五dB程度の遮音効果はあると考えられることに照らすと、屋内については、これが五五ないし六〇dB(A)程度まで低減される場合もありうることになり、たとえば右北谷町役場の数値をみると、同地点の属する生活環境整備法上の区域指定におけるW値八〇以上八五未満といった地域においては、その全域において、眠っている者を覚醒させるほどの騒音が連日発生しているとまではいい難い面がある。ただ、沖縄では窓を開放して生活することが比較的多いことは考慮すべきであろう。)、早朝、深夜に騒音のために睡眠が妨げられるといった体験を重ねていくことによって、徐々に不快感が高まっていくことは理解できるところである。
なお、夜間勤務の場合や病気療養の場合など日中の睡眠を要する場合には、その妨害の程度が夜間睡眠の場合よりも著しいものとなることは容易に理解できるところである。
次に、原告らの各住居の存する地域ごとの、睡眠妨害の被害の程度については、前記二の生活妨害の場合と同様に、居住地の騒音レベルにほぼ比例するものと思われるが、これについては、日中のそれを比較するのではなく、夜間のそれを比較すべきであろう。もっとも、夜間の騒音量については前記第三の一の北谷町役場、北谷町砂辺及び嘉手納町役場の数値のほかには十分な資料がなく、原告らもこれについて客観的な立証をしておらず、この点について具体的かつ明確な認定を行うことはできないが、前記のような原告らの睡眠妨害の訴え率の傾向をみると、おおまかにいって、ほぼ原告らの居住地にかかる区域指定上のW値の上昇にしたがって、睡眠妨害の被害の程度も増すとみてよいであろう(もっとも、本件飛行場に近接した騒音の激しい地域については、前記1のような原告らの訴えも十分理解できるところではあるが、たとえば生活環境整備法上の区域指定におけるW値八〇以上八五未満といった地域についてみると、前記のとおり、航空機騒音による睡眠妨害自体はあるとしても、その程度いかんについては、必ずしも具体的に明らかにされているとはいい難い部分がある。)。
四精神的被害
(この項では、原告らの被っている精神的被害のうち、生活妨害、睡眠妨害を除いた純粋な精神的被害について認定する。)
1 原告らの訴え
原告らのうち多数の者が、原告ら陳述書等において、本件航空機騒音による精神的な苦痛として、「いらいらする、」「怒りっぽくなる」、「集中力がなくなる」などと訴えている。
前記二1の昭和五八年の原告らアンケート調査の結果によれば、回収人数八八七名のうち、「非常にいらいらする」、「かなりいらいらする」と答えた原告は、それぞれ五三七名(60.5パーセント)、三〇七名(34.6パーセント)を占め、墜落等の飛行機事故に対する恐怖を訴える原告も多い(<書証番号略>)。また、原告ら代理人が<書証番号略>をもとに集計した前記二1の結果(<書証番号略>)によると、「いらいらする」と訴える者の割合は、生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五、八〇、八五、九〇、九五の順に、それぞれ約七一パーセント、約七五パーセント、約七九パーセント、約八三パーセント、約九〇パーセントとなり、W値の上昇に伴って訴え率の増加傾向が認められた。「怒りっぽくなる」、「集中力がなくなる」と訴える者の割合は、これと比較すると低率であったが、やはりW値の上昇に伴って訴え率の増加傾向が認められた。
2 本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等
航空機騒音による心理的、情緒的影響についての本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等の結果は次のとおりである。
(一) 京都大学名誉教授山本剛夫を会長として構成された住民健康調査研究会が、北谷町の委託により、平成三年に、北谷町民一〇〇〇名及び対照地区である北中城村(沖縄県所在)の住民二〇〇名に対して行ったTHI(東大式健康調査票)法による自覚的健康度調査の結果によると、航空機騒音に暴露されている北谷町と暴露されていない北中城村との間に、主として高年齢層で精神的自覚症状に有意差が認められ、区域指定におけるW値七五ないし九〇群(北谷町住民のうち、生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五以上九五未満に居住する者の集団)、W値九五以上群(同様に区域指定のW値九五以上に居住する者の集団)と対照群(北中城村住民)とを比較すると、三群間で有意差の認められた尺度得点・判別値は、精神的訴えを示すものに多かった(性別や年齢を無視した検討でも、情緒不安定、抑うつ性、神経質、心身症傾向、神経症傾向において有意差が認められたとする。)。これらのことから、同研究会では、航空機騒音の影響は主に精神的訴えに現れると考えられ、その尺度得点・判別値の平均値の大きさの順、つまり訴えの多さと航空機騒音暴露量との間には因果関係があると考えられるとしている。また、以上の検討結果は因子分析、重回帰分析を行った結果とも符合しているとする。
しかし、一方、右W値によって層化した五群(W七五群、八〇群、八五群、九〇群、九五群)に対照群を加えた六群間で有意差があるかどうかを検討した結果では、有意差の認められた尺度得点・判別値の平均値とW値との間には、W値が大きくなるほど尺度得点・判別値の平均値が大きくなるというような傾向は必ずしも著明には認められず(なお、右の内容を詳しく検討すると、むしろ、そのような傾向がはっきり認められる項目はほとんどないことが窺われる。)、この結果のみからは、航空機騒音の暴露と住民の自覚的健康感との間には明確な因果関係が存在しないと推定されるが、調査の標本数が少ないことが影響しているとも考えられるとしている。
(<書証番号略>)
(二) 前記二2(一)(1)の東京都公害研究所の調査結果によると、身体的情緒的影響に関する一六個の影響のうち該当するものを指摘させたところ、一個でも影響があると指摘した者の割合は、NNI四〇台で三〇パーセント、五〇台で六〇パーセントであり、六〇台で六〇パーセントを少し超えており、その内容は身体的影響よりも情緒的影響のほうがはるかに多く、また、情緒的影響の中では、「気分がいらいらする」、「不愉快である」、「頭にくる」、「しゃくにさわる」とする者が最も多く、そのうち「気分がいらいらする」、「不愉快である」の項目についてNNI三〇台の地域(対照地区)とNNI四〇台の地域との間に有意差があった(<書証番号略>)。
(三) 前記二2(一)(2)のとおり財団法人航空公害防止協会が昭和五五ないし昭和五七年度に大阪、東京両国際空港及び福岡空港周辺において成人女性を対象として行った調査結果のうち、質問紙(THI法等)による健康調査の結果では、大阪空港周辺では、「多愁訴」、「直情径行性」、「情緒不安定性」、「抑うつ性」、「神経質」等六尺度(上記に掲げた以外に身体的影響として「消化器」尺度)の尺度得点と、「心身症傾向」及び「神経症傾向」の二判別値について、WECPNL値の高い地域ほど高くなる傾向が認められた(WECPNL値の異なる三群間でその平均値に有意差が認められた。)。もっとも、東京及び福岡の各空港周辺ではWECPNL値の上昇に対応して増加した尺度得点や判別値はなかった(有意差の認められる項目はなかった。)が、右調査の報告者は、右二空港周辺のWECPNL値のレベルが比較的低かったことや地域住民の性格的特性の差などの影響が考えられるとしている(<書証番号略>)。
(四) 同協会が同時期に大阪国際空港周辺において学童を対象として行った調査結果のうち、質問紙(THI法を学童用に一部修正)による健康調査の結果では、「攻撃性」と「生活不規則性」の二尺度においてWECPNL値の上昇に対応した有意差が認められたが、これについては、右調査の報告者は、航空機騒音による同地域の学童の精神的健康への影響の反映というよりも、学童の性格傾向の地域差がたまたまこのような結果として表れたものと考えられるとしている(<書証番号略>)。
(五) 小松基地騒音差止等訴訟の原告であり、寺井病院医師である谷口堯男らが、昭和六一、六二年に同訴訟の原告及びその家族一二五名(生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五ないし九〇の地域に居住)を対象にして、一般健診、聴力健診等とあわせて問診、アンケート調査等を行ったところ、いらいらするというような神経症状の訴えが多く、THI法による健康度調査の結果では、男女とも多愁訴性、心身症傾向が多かったとしている。さらに、谷口らが、昭和五九年から昭和六二年にかけて騒音地域(前記のW値八〇以上)二五五名及び非騒音地域一九七名の住民を対象にして行ったTHI法による健康度調査によって得られた資料等から、健康障害が高率と考えられる六〇歳以上の高齢者を除外して、騒音地域及び非騒音地域において性、年齢を一致させた男子一〇〇ペア、女子八〇ペアを構成し、騒音地域及び半騒音地域に差が認められるかどうかを検討したところ、男女とも、多愁訴性、心身症傾向の項目で、騒音地域において非騒音地域よりも訴えが多く、有意差があり、女子では情緒不安定、神経症傾向の項目についても訴えが有意に多かったとしている(<書証番号略>)。
3 考察
本件飛行場に離着陸する航空機のうちかなりの部分を占めるF―一五機等のジェット戦闘機の騒音は、音量が強大であるだけでなく、金属的な鋭い高音を発し、音質自体の不快の程度が高く、KC―一三五空中給油機等大型ジェット機の発する騒音も圧迫感のあるどっしりした低音であって、いずれも音自体の不快感が高いことは原告ら陳述書等によって認められるところである。これをやや具体的にみると、現在常駐している機種としては、うるさい機種としてKC―一三五機を挙げる者が目立って多いが、それよりもF―一五機等のジェット戦闘機の鋭い音のほうがうるさいという者もかなりあり、こうした点は各原告らの居住地と本件飛行場や各機種の主要な飛行経路との位置関係によっても相当異なってくるのではないかと考えられる。しかも、前記第三の一「航空機騒音」で述べたとおり、これらの騒音の発生は不定期で突発的であるうえ、本件飛行場に近接した地域ではかなり頻繁に騒音が発生しているから、これに暴露された住民がいらだちや不快感等の精神的被害を訴えるのは容易に理解できるところである。
前記一2「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(一)で説示したとおり、一般に、音に対する不快感の有無程度は、個々人の社会的、心理的要因、ことに騒音源との社会的、心理的関係によって大きく左右されるところ、原告らが本件飛行場の存在によって受ける利益(後記第六の二「公共性」参照)は国防に関して国民全体が等しく享受する一般的なものであって、民間飛行場を含む他の公共輸送機関の場合などと異なり、原告らの各人が日々それによって直接的な便益を受けるという性格のものではなく、また、原告らは前記の利益の存在自体を強く争っているところでもあるから、そうした意味で原告らにとってはこれを受け入れることが難しいものであるうえ、多数の一般市民をも巻き込んだ沖縄戦の悲惨な体験、旧日本軍が接収した土地を中心として戦後米軍によって大規模な基地が建設され(前記第二章の第二の一2「本件飛行場の設置、管理の経緯」参照)、現在も本件原告らの居住する地域である沖縄県本島の中部地域中のかなりの部分が本件飛行場をはじめとする米軍基地として使用されていること、前記第三の二「航空機の墜落等の危険」でもふれたとおり、本件飛行場に運航する航空機等によって多数の事故、ことに復帰前においては多くの死傷者を出すような大規模な墜落事故が発生し(原告らの中には、原告金城善孝(原告番号四四五)のようにこうした事故により重傷を負った者も存在する。)、そのほか航空機等からの落下物による被害や米軍施設からの公害、米軍人、軍属等による犯罪(ただし、犯罪についてみると、現在では、かつてと比較すれば、件数、人数ともに、ことに凶悪犯、粗暴犯については、かなり少なくなってきてはいる。)等が本土復帰後も継続して発生してきたことなどから、本件原告らの多くは、本件飛行場をはじめとする米軍基地の存在に対して非常に強い不快の念を抱いていることが窺え(<書証番号略>、原告ら陳述書等)、以上のような事情が、原告らが本件航空機騒音によって感じるいらだちや不快感などを一層増大させているものと考えられるが、この点も、本項の精神的被害の内容、程度を理解するうえでは、それなりに考慮すべきところであると考えられる。
また、このように航空機騒音によるいらだちや不快感を日常感じることにより、これがうっ積して種々の心理的、情緒的反応に結びついてゆく可能性があることも理解できるところであり、前記2記載の各住民調査の結果等は、その可能性を示唆するものと解することができる。
もっとも、右住民調査の結果等から、ただちに、騒音暴露量の増大に伴って住民の精神的訴えが増大するといった明瞭な因果関係までをも認めることはいささか困難である。前記2(一)の住民健康調査研究会の北谷町住民に対する健康度調査において、報告書が、W値七五ないし九〇群、W値九五以上群、対照群の間で一部の尺度得点・判別値に有意差が認められたということなどからただちに航空機騒音暴露量と精神的訴えの増大との間に因果関係を肯定しているのは、いささか強引な結論付けと思われ、実際には、せいぜい因果関係が示唆されるというにとどまるものと解される。
しかしながら、本件航空機騒音によって各原告が被る精神的被害の程度は、これを各原告がいらだちや不快感を感じる頻度やその程度といった水準でみるならば、原告らの各居住地に係る生活環境整備法上の区域指定のW値に比例するとまではいえないとしても、おおまかにいえば、原告らの各居住地の騒音レベルが高いほど大きいものとなりやすい傾向があるということは、一般的な経験則からいっても、これを肯定してよいと考えられる。
なお、前記聴取妨害等の生活妨害や睡眠妨害の被害も、独立した被害としてとらえることができるとともに、それによっていらだちや不快感を感じることによって本項の精神的被害にも結びつくものであって、そうすると、これらの被害は、それぞれ独立したものであるとともに、相互に密接に関連した一体のものとして把握することも可能であるといえる。
五聴覚被害(聴力障害及び耳鳴り)
1 原告らの訴え
原告らのうち相当数の者が、原告ら陳述書等において、本件航空機騒音による身体的影響として、難聴、耳鳴りといった聴覚被害を訴えている。
前記二1の昭和五八年の原告らアンケート調査の結果によれば、回収人数八八七名のうち、本件航空機騒音による身体的被害として、難聴、耳鳴りと答えた原告は、それぞれ一七九名(約二〇パーセント)、三二九名(約三七パーセント)であった(<書証番号略>)。また、原告ら代理人が<書証番号略>をもとに集計した前記二1の結果(<書証番号略>)によると、難聴を訴える者の割合は、生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五、八〇、八五、九〇、九五の順に、それぞれ約五パーセント、約一二パーセント、約二三パーセント、約三六パーセント、約四七パーセントとなり、耳鳴りを訴える者の割合は、W値七五、八〇、八五、九〇、九五の順に、それぞれ約一九パーセント、約二四パーセント、約三七パーセント、約三八パーセント、約六一パーセントとなり、いずれもW値の上昇に伴って訴え率の増加傾向が認められた。
もっとも、個々の原告の訴える難聴、耳鳴りの症状の具体的態様や程度については、主張自体からも、原告ら陳述書等の証拠(原告本人尋問の結果や文章体の陳述書の一部に、ことに耳鳴りについて、ある程度具体的な訴えがみられる程度である。)からも必ずしも明確ではないし、また、これらの訴えを裏付けるような具体的な根拠を示した診断書等の客観的な証拠は提出されていない。
2 騒音の聴覚に与える影響についての学術研究等
まず、騒音の聴覚に与える影響に関するこれまでの医学的知見や実験室等における各種研究結果等について概観することとする。
(一) 騒音職場に長年勤務した者の聴力を測定してみると、三〇〇〇ないし六〇〇〇ヘルツ、特に四〇〇〇ヘルツ付近の聴力が最も強く障害を受けていることが判明するが、この四〇〇〇ヘルツ付近の聴力損失は、騒音性難聴の重要な特徴の一つとされており、オーディオグラム上で音階のC5にほぼ等しい周波数のところで深い谷を形成することからC5ディップと名付けられている。この谷は、聴力低下の進行とともに深く広くなり、次第に会話音域(五〇〇ないし二〇〇〇ヘルツ)の聴力損失へと波及する経過をたどると考えられている。これに対し、老人性難聴及び薬物に起因する難聴はC5ディップの場合より高い周波数から始まり、また、より低い周波数へと進行するものである。もっとも、C5ディップのすべてが騒音暴露に起因するとまではいえず、一酸化炭素中毒の場合もC5ディップが出現するとの報告もある。
騒音暴露による聴力の変化として、一時的域値移動(noise induced tem-porary threshold shift―略してNITTS、単にTTSということもある。)と永久的域値移動(noise induced per-manent threshold shift―略してNIPTS、単にPTSということもある。)が区別され、前者は騒音暴露直後の一時的な聴力低下を指すもので、時間の経過により回復可能なものであるが、後者は、聴力低下が固定し、回復しないものをいう。カール・D・クライターらによる研究の結果によると、NITTSは、NIPTSと密接な関係を持つといわれており、特に、CHABA(アメリカ合衆国国立科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会)の答申によれば、一日八時間、常習的(週五日以上)、長年月(具体的には、たとえば一〇年といった数字が有力である。<書証番号略>)暴露の場合のNIPTSは、正常聴力を有する青年が同一騒音に八時間暴露され二分間休止したときのNITTS(NITTS2又は単にTTS2と略記する。)にほぼ等しいとされている(もっとも、両者の定量的関係については、なお未解決の問題があるといわれている。)。NIPTSの研究には現場調査が必要であり、この場合、聴力に影響を与える多くの要因に対する条件規制が十分に行いえないことなどの欠点があるので、集団的に観察した場合にNITTSとNIPTSに密接な関係があると仮定(TTS仮説ということがある。)し、NITTSを指標として、騒音の聴覚に対する影響や許容値の設定を研究する方法が活発化している。後記の山本剛夫らの研究もこの立場に依拠するものである(なお、山本の研究は、従来主として騒音職場での労働者の健康の保護をはかることを目的として労働衛生上の見地から行われてきたこの種の研究―したがって、継続的騒音についてのものである。―を一般公衆を対象とした公害の見地から―したがって、間欠的騒音について―行おうとするものである点に意味があるということができる。)。もっとも、NITTSとNIPTSとの関係は単純なものではなく、多数の統計的資料から巨視的にみると、一般的には、ある騒音暴露条件の下でのNITTSによって、その騒音暴露条件の下でのNIPTSを統計的に予測できると考えられるが、特定の個人については、NITTSからNIPTSを予測することは困難であると考えられている。
(<書証番号略>)
(二) 京都大学教授山本剛夫らは、空港周辺で録音した航空機騒音を録音、再生し、防音室内で男子学生に暴露する実験によって、航空機騒音によるTTSの発生についての研究をし、その結果を前記三2(三)の騒音影響調査研究会の昭和四五、四六年度の報告書等にまとめているが、その結果は次のとおりであった。
(1) ピークレベル一一〇、一〇七、一〇五dB(A)の航空機騒音(コンベア八八〇機の離陸時の騒音を録音したもの、ピークを含む七〇秒間)を二分間に一回又は四分間に一回の割合で(一一〇dB(A)については八分間に一回の暴露も行った。)、原則として、オフタイム(騒音の休止時間)をも含めた総暴露時間約九六分になるように暴露(ただし、ピークレベル一〇五dB(A)で四分間に一回の暴露の場合にのみ、五時間まで暴露)して、暴露約一〇秒後から四〇秒間オーディオメーターによって聴力を測定し、主として最も騒音の影響を受けやすいと考えられる四〇〇〇ヘルツのTTSを検討した。その結果、一一〇、一〇七dB(A)の場合、いずれの暴露条件でも(ただし、前記のとおり、八分間に一回の暴露を行ったのは一一〇dB(A)の場合のみである。)明らかなTTSを生じ、暴露時間の増加とともにその値は増大した。また、一〇五dB(A)の場合、二分間に一回の暴露では、暴露時間約二〇分以降からTTSの顕著な増加がみられ、四分間に一回の割合の暴露では、暴露時間約五〇分以降からTTSの増加がみられた(<書証番号略>)。
(2) 次いで、より低いレベルであるピークレベル一〇〇、九五、九二、八九dB(A)の航空機騒音(DC―八機の離陸時の騒音、やはりピークを含む七〇秒間)を二分間に一回の割合で(九五dB(A)については四分間に一回の暴露も行った。)、オフタイムも含めた総暴露時間が一〇〇dB(A)で約一九二分、その他のピークレベルで約五一二分(八時間三二分)になるように暴露し、前回同様に聴力を測定して、主として四〇〇〇ヘルツのTTSを検討した。その結果、TTSはオフタイムも含めた総暴露時間の対数に関してほぼ一次式の関係で増加すること、九二dB(A)を二分間に一回の割合で暴露した場合と、九五dB(A)を四分間に一回の割合で暴露した場合とでは、暴露した総エネルギー量は等しいと考えられるのに、TTSの値は前者のほうが有意に大きかったことがわかった(山本は、このことから、TTSの発生に関連して航空機騒音を評価する場合には、いわゆる等エネルギー法則に基づいた評価方法を用いるのは不相当ではないかとの考察を行っている。)(<書証番号略>)。
(3) また、右実験と一般的な条件を同様にしたうえ、ピークレベルを一〇〇ないし七五dB(A)とし、暴露を二分間に一回(九五dB(A)については四分間に一回の暴露も行った。)とし、また暴露時間をピークレベル一〇〇dB(A)では約一九二分、それ以外では五一二分(八時間三二分)とした実験では、①TTSは、オフタイムも含めた総暴露時間の対数に関してほぼ一次式の関係で増加すること、②ピークレベル八三dB(A)及び八〇dB(A)の航空機騒音を二分間に一回の割合で二五六回(オフタイムも含めた総暴露時間は前記のとおり約五一二分)暴露した場合、TTSは最大で四デシベル程度にとどまり、ピークレベル七五dB(A)としてこれと同様の条件で暴露した場合と騒音を暴露しない場合にはTTSの上昇傾向がみられないことから、TTSを生じるかどうかの限界のピークレベルは七五ないし八〇dB(A)の範囲にあると考えられること、③五デシベル、一〇デシベルのTTSを与える場合のNNIは、それぞれ四八ないし六〇、五六ないし六三、また、WECPNLは、それぞれ八一ないし九三、八八ないし九五と考えられ、暴露条件によってばらつくことから、これらエネルギー和を用いた指標はTTSに関連して航空機騒音を評価する場合の指標としてはかならずしも適切でないことなどの結論を得たとしている(<書証番号略>)。
(<書証番号略>)
(三) 財団法人航空公害防止協会が昭和大学教授岡本途也らに委託して、昭和五二年から三か年にわたって実施した航空機騒音によるTTSの発生及びその回復経過についての研究の結果は次のとおりである。
すなわち、空港付近で録音したB―七四七機会の上昇時の騒音を、負荷騒音以外の騒音が入らない部屋で再生し、被験者に対し二分三〇秒間に一回の割合で八時間連続暴露(ただし、聴力検査のため、一時間ごとに三ないし五分暴露が中断される。)したところ、ピークレベル九三、九六、九九、一〇二、一〇五dB(A)の各騒音の暴露で四〇〇〇ヘルツのTTS2が四dB(A)以上であった者の割合は、順に9.3、24.0、19.1、25.6、22.5パーセントであり、同TTS2の平均値は、順に0.89、1.66、2.19、2.04、1.98dBであった。また、一〇五dB(A)の騒音を八時間暴露した後でも、三〇分経てば、TTSはほとんど回復していた。
以上の結果に基づき、報告者らは、まず、騒音暴露によるTTSの上昇が平均2.2dB以下と小さくてその存在を証明しにくいことから、航空機騒音連続八時間暴露によるTTSの上昇を認めることは困難であるとするが、一方では、程度の差はあれ、航空機騒音が大となるにつれてTTSも大となる傾向があり、九九dB(A)以上であれば何らかの作用を聴覚器に与えることは否定できないけれども、前記のとおり、一〇五dB(A)の騒音を八時間暴露した場合でも三〇分経てばTTSはほとんど回復しているところから、航空機騒音に暴露されても短時間で聴力は回復しうると推定される、とも述べている。
(<書証番号略>)
(四) EPA(アメリカ合衆国連邦環境保護庁)が一九七四年に公表した資料によれば、最も騒音による影響を受けやすい四〇〇〇ヘルツ付近において、五dB以上のPTS(聴力レベルにおける五dB以下の変化は一般的に無視できるか重大でないと考えられるとする。)が生じないように実質的にすべての住民を保護するための騒音レベルとしては、四〇年間にわたり一日八時間年間二五〇日の騒音暴露という条件設定の下において、Leq(8)七三dBという数値になり、これを環境騒音に適合させるため、等エネルギー法則に基づいて暴露時間一日二四時間に換算し、そのほか、騒音の間欠性、年間騒音量(二五〇日を三六五日に修正)の各補正をすると、Leq(24)71.4dBとなり、これを安全限界に引き直して、聴力損失から保護するための間欠騒音のレベルをLeq(24)七〇dBと決定すべきであるとしている(<書証番号略>)。前記山本剛夫の説明によると、このLeq(24)七〇dBは、WECPNLでいえばほぼ八五に相当するということである(<書証番号略>)。
3 本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等
次に、本件飛行場及び他の飛行場での周辺住民に対する聴力障害に関する実地調査の結果について検討すると次のとおりである。
(一) 前記四2(一)の住民健康調査研究会の北谷町住民に対する健康度調査によると、通常のTHI法の質問項目に加えて、「日ごろ耳の聞こえがわるいほうですか」という質問をして、その回答状況を集計した結果では、耳の聞こえがわるいと感じている者の割合は、W値九五以上群、W値七五ないし九〇群、対照群の順に多かった(具体的には、以下のとおりである。なお、他の回答は「いいえ」である。)。
はい
どちらでもない
W値九五以上群
21.90%
17.80%
W値七五ないし九〇群
10.80%
16.60%
対照群
10.60%
14.10%
同研究会は、これについて、航空機騒音によって聴力に影響が現れている可能性を示唆するものとしている。
(<書証番号略>)
(二) また、前記児玉省が、昭和三九年から昭和四五年までの期間に継続研究として横田飛行場周辺において実施した調査のうち、第二、三年度に行った児童に対する聴力検査の結果は次のとおりである。すなわち、横田飛行場の近辺で騒音の激しい地域にある拝島第二小学校の児童五六名と、比較的騒音の低い地域にある東小学校の児童四一名の聴力損失の度合を比較すると、前者のほうが①平均値では一〇〇〇ヘルツと八〇〇〇ヘルツを除く全周波数で損失の度合が大きく、最大の四〇〇〇ヘルツの聴力損失値の差は6.7dB(右耳5.3dB、左耳8.0dB)であり、②中央値では全周波数で損失の度合が大きく、最大の四〇〇〇ヘルツでの差は7.8dB(右耳7.0dB、左耳8.6dB)であった。また、③いわゆるC5ディップを示す者が、拝島第二小学校児童では二分の一ないし三分の一の者にみられた。なお、昭和四一年から昭和四四年まで拝島第二小学校児童二〇名前後に対して行った追跡調査の結果でも、平均値で各学年を通じて四〇〇〇ヘルツの聴力損失が大きく、ディップ状をなしていたとしている。
(<書証番号略>)
(三) 前記谷口堯男ら(四2(五))が、昭和六一、六二年に小松基地騒音差止等訴訟の原告及びその家族一二五名(生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五ないし九〇の地域に居住)を対象にして行った聴力検査の結果によれば、いずれか一耳の六分式法による平均純音聴力損失値(MAA)が二〇dB以上の者は五六名(44.8パーセント)であり、また、いずれか一耳の四〇〇〇ヘルツの聴力損失値が三〇dB以上のC5ディップのパターンを示す者が二七名(21.6パーセント)であった。このうち、六〇歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者五五名に限定すると(なお、右原告、家族集団中には騒音暴露職場での職歴のある者が五四名(43.2パーセント)存した。)、一耳のMAAが二〇dB以上の者は一七名(30.9パーセント)、一耳に三〇dB以上のC5ディップを示す者は七名(12.7パーセント)あり、六〇歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者中にこれら聴力障害を示す者の占める割合は、非騒音地域のそれに比して統計学上有意に高率であったとしている。
また、昭和六二年に小松基地周辺の騒音地域(区域指定におけるW値八五ないし九〇)から一一七名、非騒音地域から六二名をそれぞれ選んで聴力検査を行った結果によれば、右騒音地域住民一一七名について、一耳のMAAが二〇dB以上の者、耳に三〇dB以上のC5ディップを示す者の人数は、それぞれ六三名(53.8パーセント)、四六名(39.3パーセント)と、非騒音地域のそれに比して有意に高率であり、六〇歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者に限定しても、それぞれ一〇名(31.2パーセント)、七名(21.9パーセント)であって、同様に統計上有意な差を示したとしている。
さらに、右一連の聴力検査を受けた三〇四名から、全周波数について測定した二六二名を選びだし、そこから騒音職歴のある者、耳疾患のあった者、左右のMAAの差が一〇dB以上の者等を除いた一二五名について、そのうち騒音による影響をみるのに適した五〇歳以下の集団(騒音地域三八名、非騒音地域二六名)を比較したところ、各周波数についての平均聴力損失値及びMAAのいずれについても、騒音地域の集団のほうが非騒音地域の集団に比して大きく、統計上有意な差を示した。また、これについて多変量解析の数量化Ⅰ類法を用いて分析したところ、騒音地域と非騒音地域は、MAAで約六dBの差を示しており、その相関係数もかなり高かったとしている。
(<書証番号略>)
(四) 財団法人航空公害防止協会が、(五)の岡田諄に、その死後は、財団法人大阪国際空港メディカルセンターに調査を委託して、昭和四六年度から九年間にわたり行った調査の結果は次のとおりである。
大阪国際空港、東京国際空港、福岡空港周辺の航空機騒音の激しい地域にあるなど環境騒音が激しいことが明白とみてよい兵庫県伊丹市地区外五地区(有騒音地区)と、環境騒音がほとんど認められない岩手県宮古市郊外花輪地区外四地区(無騒音地区)について、七年以上居住し、昼間も同じ地域にいる一七歳から四〇歳までの者で、騒音職歴のある者や耳疾患のある者等感音性難聴や伝音性難聴のある者を除いた者を対象として、二五〇ないし八〇〇〇ヘルツの純音域値検査を行い、その成績を比較したところ、①年齢分布を明らかにしたうえ、各周波数のきこえのレベルと年齢との相関係数、回帰係数を求めたが、いずれも有騒音地区と無騒音地区との間に差が認められず、②騒音性難聴において障害が最もよく起こるとされている四〇〇〇ヘルツの聴力の低下度からみても、有騒音地区に低下例が多いとは認められず、③きこえの平均値の低下傾向も有騒音地区に認められやすいということはなかった。こうしたことから、報告者は、空港周辺、市街地などの騒音が純音聴力の年齢変化に影響を及ぼしてその衰退を促進するとは考えられないとしている。
(<書証番号略>)
(五) 東邦大学医学部教授岡田諄らの行った環境騒音の純音聴力への影響調査の結果(前記(四)の調査の結果の基礎となったデータの多くはこの調査の結果からとられている。)は、そのまとめにおいて、有騒音地区については、兵庫県伊丹市地区(航空機騒音)につき「最も低下傾向が大きく現われると予想していた兵庫県伊丹市地区では、二回にわたる調査でもほとんどこの傾向が否定された」とし、しかし、東京都大田区羽田地区(航空機騒音)では「男性群、女性群ともに高音域で低下傾向がうかがわれた」と、東京都江戸川区地区(都市、道路騒音)についても「東京都大田区羽田地区に次いで影響の考えられるものであった」として、「騒音の種類のいかんにかかわらず、環境騒音と呼ばれる騒音にさらされている人達には、その騒音の影響が純音域値に多少なりとも現れていると考えてよいように思われる。これは各種の環境騒音に常に囲まれている都会生活者の持つ宿命と考えてもよい」と環境騒音の聴力への影響の可能性を必ずしも否定しない形で総括し、一方、無騒音地区についても、一部の地域、年度について低下傾向が認められたとしてその原因についてさらに検討したいとしている(<書証番号略>)。
(六) 前記二2(一)(2)のとおり財団法人航空公害防止協会が、昭和五五ないし昭和五七年度に東京、大阪両国際空港及び福岡空港周辺において成人女性を対象として行った調査結果のうち、一般主婦を対象とした個人別騒音暴露量の調査の結果は、次のとおりである。
大阪、東京国際空港及び福岡空港周辺地域に住む対象者に、それぞれ三ないし七日間にわたって小型の携帯用等価騒音レベル計を常時携帯してもらい、各人が実際に暴露されている音のエネルギー量を測定した。対象者の大部分が職業を持たない主婦で、居住地のWECPNLによって、九〇以上の地域、八〇ないし九〇の地域、七〇ないし八〇の地域、七〇以下の地域の四グループに分けられた。そして、対象者が暴露されたすべての音のエネルギーを二四時間にわたって平均した値であるLeq(24)を算出したところ、三空港間においても、また、各空港ごとのWECPNLの異なるグループ間においてもLeq(24)に大きな差はなく、大部分が六〇ないし六五dB(A)の範囲内にあった。そして、右に掲げた値は、従来この種の調査における職業に従事していない一般主婦のLeq(24)の値とほぼ等しい値(事務労働者のLeq(24)七〇ないし七五dB(A)よりも低い。)であった。この結果について、報告者は、対象者の大部分が一日の大半を家庭内ですごす専業主婦であったため、家庭内で受ける航空機騒音のエネルギー量が家屋によってかなり減衰されたこと、仮に屋外で九〇dB(A)の航空機騒音が家屋によって二〇dB減衰されると、屋内では七〇dB(A)となるところ、屋内で頻繁に発生している音、たとえばテレビの音や人の話声や家庭電気機器のたてる音なども七〇dB(A)に近いかそれ以上になることがしばしばあることなどを述べ、少なくとも、屋内では、エネルギー的にみる限り、航空機騒音の影響はごく小さいものであるとしている(もっとも、うるささという点からみると、航空機騒音のような間欠性騒音の場合には、日常生活騒音と同程度のものであっても、住民はこれをかなりうるさく感じるものであることは調査者も認めている。)。ただし、屋外で測定されたLeq(24)には航空機騒音の影響が明らかであり、WECPNL九〇以上の地域のLeq(24)は六六ないし六七dB(A)で、そこからWECPNLが一〇低くなるごとにLeq(24)は二ないし三dB(A)ずつ減少していた。
以上の結果から、報告者は、「耳に入る音のエネルギー量によってその影響の大きさがほぼ決定されるといわれている聴覚への影響は、今回の対象地域の住民には生じていないであろうことが確認された」としている。
(<書証番号略>)
(七) 同協会が同時期に大阪国際空港周辺において学童を対象として行った調査結果のうち、同様の個人別騒音暴露量の調査の結果では、全体の過半数以上の学童のLeq(24)は七五dB(A)を上回っており、同地域に居住する一般主婦のそれよりもはるかに大きかったが、WECPNLの異なるグループ間でLeq(24)の平均値に有意差はなく、むしろ生活行動の種類による差(自宅内か、学校ないし屋外か)が目立っていた。この結果について、報告者は、学童の騒音暴露量には、学校内での高い暴露レベル、特に学童達の話声が大きく寄与していると思われると分析している(<書証番号略>)。
4 考察
(一) 騒音と難聴との関係については、前記一2「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(一)に示したとおり、一般に強大な騒音が難聴の原因になりうることは承認されているものの、その定量的な関係については、必ずしも十分な研究成果が明らかにされているとはいい難い。この点、従来、長期間継続する職業性騒音暴露による難聴が問題とされ、これについての研究が積み重ねられてきたが、環境騒音暴露による聴力への影響の問題は比較的新しい分野であって、未だ解明されていない点が多々あるといえよう。しかも、職業性騒音の場合は、一定種類、一定強度の騒音による連続的常習的な暴露であって、集団において共通の暴露態様が考えられるのに対し、環境騒音の場合は、多くの種類、様々な強度による主として間欠的な暴露であって、個人の生活様式によって暴露態様が大幅に異なるものであることなど、両者間には本質的な相違点があり、前者の研究結果を単純に後者に応用することには問題がある。たとえば、前記2(四)のEPAの資料では、職業性騒音暴露と聴力損失との関係を示す既存のデータから、いわゆる等エネルギー法則に基いて環境騒音における聴力保護基準を導き出しているが、こうした推定が正当であることについては何ら実証されていない。また、前記2(一)のTTS仮説についても、明確な関係があると認められているのは、定常騒音についての右の箇所に示したような条件下でのTTS2とPTSとの関係にすぎず、間欠騒音については、そのような明確な関係があると実証されているものではない。
(二)(1) また、山本剛夫らの前記2(二)の実験結果等、本件において航空機騒音による難聴の危険性を示す証拠として提出されているものを子細に検討すると、右のような点以外に、さらに次のような問題点が存する。
(2) まず、航空機騒音の聴力への影響についての研究に関しては、前記2(二)の山本剛夫らによる実験結果を検討することが比較的重要であると解されるが、この実験結果に対しては、TTSには数秒以内に消滅するものや一分以内に消滅するもの、二分以上、あるいは一六時間以上続くものなど様々なものがあると考えられており(<書証番号略>)、そのうち二分後のTTS(TTS2)をPTSの推測値とするのが一般的な手法であると考えられるのに(<書証番号略>)、右山本らが暴露一〇秒後から四〇秒間の測定値から独自の計算方法により二分後のTTS(TTS2)を求めていることは一般に承認された方法とはいえないこと、TTSやPTSの発生には大きな個人差があるのに(<書証番号略>)、右山本らの実験では被験者数が少ない(原則として五、六名である。)ところ、聴力にはかなりの個人差があることを考えると、右の被験者数は少なすぎると考えられるなどの批判が被告からなされているところ、かかる批判も、ことに前者の点については根拠のあるものと解せられる。右山本らの研究は、間欠的な騒音も定常的な騒音と同様にTTSの原因となりうることを実験的に確認したという意味では意義のあるものである(なお、右一連の研究の主要な目的が、航空機騒音によってTTSが生じうることを明らかにするとともにTTSを生じさせるピークレベルの限界を明らかにすることであることは、報告者ら自身が各報告中で認めているところである。)が、右研究における暴露条件は、間欠騒音とはいえ、ピークを含めて七〇秒間続くものを二分間に一回、四分間に一回などというものであって、前記認定の本件飛行場における騒音暴露の実態と比較すると格段に頻度の高いものであり、仮にTTSの発生の有無だけに限定しても、これをそのまま本件飛行場周辺住民の聴力損失の資料とすることは困難であるといわざるをえない。
(3) 次に、前記3(一)のとおり、住民健康調査研究会の北谷町住民に対する健康度調査において、耳の聞こえがわるいと感じている人の割合が、W値九五以上群、W値七五ないし九〇群、対照群の順に多かったということから、同研究会は航空機騒音によって聴力に影響が現れている可能性を示唆するとしているが、「日ごろ耳の聞こえがわるいほうですか」という質問に対し、「はい」と答えた割合は、対照群で10.6パーセントであったのに対し、W値七五ないし九〇群でも10.8パーセントであって、この二群については、少なくとも、「はい」と答えた者の割合にほとんど差はない。また、同研究会の報告書では、この記述部分につき、右三群間の回答率の差が統計学上有意のものであるか否かについての言及がなく、この点が不明である。そうすると、かかる調査結果をもって、航空機騒音の聴力に対する影響を肯定する有力な根拠とすることも困難である。
(4) 次に、児玉省が横田飛行場周辺において実施した前記3(二)の調査についてみると、測定機器の精度(測定のきざみは五デシベルステップ、許容誤差はプラスマイナス二デシベルのものであったという。―<書証番号略>)、測定者(心理学者及びこれを専攻する学生)の測定能力等測定方法に多々問題があり、また、測定された児童の左右の聴力差が大きすぎたり(聴力は、ほとんど左右差がないのが普通である。)、騒音の影響の少ないはずの対照地区の小学校の児童にもC5ディップ状の聴力の落ち込みがみられたりする、聴力の落ち込みが、四〇〇〇ヘルツ等の高周波数のみならず低周波数においてもみられるなどの不合理な結果は右測定方法の欠陥を示すものであるなどの批判が被告からなされているところ、確かに、右調査の測定方法には被告の指摘するような問題点が認められ(この種の聴力検査においては、極めて微小な音を確認しなければならないため、周囲のわずかな騒音条件の変化や検査を受ける者の身体的条件により、容易に一〇ないし二〇dB程度の誤差が生じうるところから、検査室の暗騒音レベル、測定機器の精度等の検査条件の調整、検査前に被験者に生じているTTSの排除―検査前には三〇分以上静かな部屋で安静をとる必要があり、そうしないで騒音のある場所からただちに検査室に入ると、TTSの状態にあるため、四〇〇〇ヘルツ付近の周波数の落ちこみが出やすくなる。―などの被験者の条件の調整等について慎重な配慮が必要であることは、関係各証拠、たとえば<書証番号略>の記述等から明らかに認められるところである。)、したがって、右測定結果の精度にはかなりの疑問が残るものといわざるをえない。
(5) また、谷口堯男らの前記3(三)の調査結果についても、右聴力検査においては、測定場所、測定機器(五デシベルステップのものであった。)、測定者(谷口は内科医)の測定能力等測定方法に問題があり(<書証番号略>)、このことは同調査自体が一応認めているところでもあり(<書証番号略>)、ここでも前記児玉の調査と同様に測定結果の精度にはかなりの疑問が残る。
(6) 以上、(一)以下で検討した以外のそのほかの前記2及び3記載の学術研究や住民調査等の結果は(これらについても、その調査方法について問題がないわけではなく、ことに2(三)や3(四)の各研究、調査については、データの取捨選択や分析の方法には問題があるといわざるをえないが、右二者についても、その検査の方法自体は比較的精度の高いものであると考えられ、したがって基礎となる測定結果それ自体は一応正確なものと認められるのであって、これらの証拠も、その結論部分にこだわらずにこれを全体として評価すれば、少なくとも、原告らの主張に沿う証拠に比較して証拠としての客観的価値が低いとまではいえない。)、結論ははっきり示していない3(五)の研究結果を除いては、むしろ、住民の聴力に対する航空機騒音の影響を肯定できないとする傾向のものであり、そのほか本件全証拠を検討しても、本件航空機騒音による難聴の危険性(高度の蓋然性の程度にまで高められた危険性)については、これを明確に肯定するだけの有力な学術研究や住民調査等は見当たらないというほかない。
(三) 次に、これは本件被害一般にも関わることであるが、人間は、その生活のかなりの部分を家屋内で過ごしている場合が多いのであるから、航空機騒音の聴力に対する影響を考える場合には、家屋による騒音の遮音効果も考慮に入れる必要がある。そして、これについては、後記第五の二5「周辺対策の効果」で示すとおり、防音工事を施さない通常の日本家屋でも一〇ないし一五dB程度のものはあると考えられる。前記3(六)の調査結果においては、本件飛行場と少なくとも同等程度に激しい騒音に暴露されていると思われる大阪国際空港周辺を含む三つの民間空港周辺において主婦らの暴露された一日の騒音レベルLeq(24)を測定したところ、各空港ごとのWECPNLの異なるグループ間においてもLeq(24)に差はなく、大部分が六〇ないし六五デシベル(A)の範囲内にあったとしているが、これは、右のような家屋による遮音効果の存在を推認させるものであり、また、右のような実験の結果は、極端に騒音の激しい地域で一日のうちの多くの時間を戸外で過ごすような場合を除けば、本件飛行場周辺でもほぼ同様であろうと推認されるところ、前記のようなLeq(24)の値は、仮に前記2(四)のEPAの基準であるLeq(24)七〇dBを妥当と仮定しても、その範囲内の数値であり、したがって、聴力に対する影響において問題になるレベルとは考えられないのである(なお、前記3(七)の学童についての同様の調査の結果は、主婦のそれよりもかなり大きい数値を示しているが、これについては、前記のとおり、WECPNLの高低に応じた数値の有意差が認められないことからすると、むしろ、学校内での学童どうしの話声等による高い騒音レベルが影響しているものと思われるから、右数値は、航空機騒音の関係では意味を持ちえないものである。)。
(四) なお、前記山本剛夫は、前記2(四)のとおり、EPAの基準であるLeq(24)七〇dBがWECPNLでいえばほぼ八五に相当するとし、したがってW値八五以上の地域では難聴の危険性があると述べているが、その前提となる前記2(四)のEPAの基準の合理性についての前記(一)のような疑問はさておき、これが正しいと仮定しても、EPAの基準は前記2(四)のとおり四〇年間にわたり一日八時間年間二五〇日の騒音暴露という条件設定下のものであるから、これをそのままW値に引き直すことが相当であるか否かについては疑問がないではないし、また、前述のとおり生活環境整備法上の区域指定におけるW値は、累積度数九〇パーセントに相当する飛行回数を一日の標準的な飛行回数とするとの方法によって算出されているので、各日について算出したW値をパワー平均した場合あるいは平均的飛行回数によってW値を求めた場合よりもW値がかなり増加する傾向にあり、区域指定上のW値八五以上の地域のすべてにおいてLeq(24)七〇dB以上の騒音が発生しているとはいえないことに注意する必要がある。
(五) さらに、原告らのうちに難聴を訴える者が相当数存する点について検討するに、原告らは、前記のとおり、右難聴の態様や程度を必ずしも具体的に明らかにしておらず、これを客観的かつ具体的に示す医師の診断書等も提出されていないので、個々の原告について聴力低下をきたしているのか否か、いるとしてもそれが具体的にどのような態様、程度のものであるかが客観的に明らかにされているとはいい難く、また、難聴の原因には種々のものが考えられる(<書証番号略>)ところ、前記のとおり、原告らの主張に沿う各種研究の結果等によるも、本件飛行場周辺において、航空機騒音により難聴の発生する危険性(高度の蓋然性の程度にまで高められた危険性)があることを認めるに足りないことに照らすと、原告ら陳述書等による主観的な訴えのみでは、右原告らに難聴があり、その原因が大部分航空機騒音によることを認めるには足りないといわざるをえない。
(六) 最後に、耳鳴りについて検討するに、証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によれば、耳鳴りは、聴覚障害の初期に難聴に先行して現れることが多いこと、しかし、その種類は多様であって、その圧倒的多数を占める非振動性の、すなわち身体のどこかに物理的音源があるわけではなく、他覚的には聴くことができない耳鳴りについては、あくまで患者自身の自覚的、主観的な訴えであり、その音調、強さ、部位等は疾患の部位や原因とほとんど対応しないことなどが認められ、結局のところ、これについてはその原因や態様が十分に解明されておらず、そうすると、医師の鑑別診断を経ないと、個々の耳鳴りが振動性のものであるのか非振動性のものであるのか、また、非振動性のものであるとしても、その原因が耳の疾患にあるのかそれとも他種の疾患にあるのかを確定することすら困難であるといわねばならないから、原告らのうちに耳鳴りを訴える者が相当数存在する点についても、原告らの訴え以外にこれについての証拠が存在しない以上、本件飛行場に離着陸する航空機騒音がその原因となってもたらされたものであることを認めるには足りないといわざるをえない。
(七) 以上の検討結果によれば、本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音と原告ら周辺住民が訴える難聴、耳鳴りとの間に法的な因果関係を肯認するに足りる確たる証拠はなく、右騒音によって原告らに難聴等の聴覚障害が生じていることを認めることはできないといわざるをえない。
もっとも、騒音が難聴、耳鳴りの原因となりうることは職業性難聴の例等により広く知られたところであり、前記一2「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(一)に示したとおり一般的な医学的知見としても認められているところ、前記第三の一「航空機騒音」に示した北谷町砂辺や嘉手納町屋良、嘉手納等における激しい航空機騒音の状況に照らし、また、原告ら本人尋問の結果においても、聴覚障害、ことにがんこな耳鳴りを訴える者がかなり存在すること、検査精度のうえでは多々問題点があるとしても、前記谷口らの調査結果等、航空機騒音が難聴の原因となりうることを示唆する住民調査の結果も存在することにも照らすと、本件において、航空機騒音が難聴等の聴覚障害を生じさせている危険性(高度の蓋然性の程度にまで高められた危険性)が立証されたとはいえないものの、特にその地域を特定することはできないが、本件飛行場に極めて近接した航空機騒音の特に激しい地域において航空機騒音が難聴、耳鳴りの一因となっている実際上の可能性自体はこれを完全に否定しさることができないと思われる。
そして、前記のような高度の危険性の立証があった場合であればともかく、右のような単なる実際上の可能性をもって原告らの共通被害(それ自体として法的に評価しうる被害)として認めることはできないけれども、一般人の通常の感覚からみて聴覚障害発生の危険についての不安を感じざるをえないような激しい騒音下で生活しなければならないという意味では、この可能性は、騒音の特に激しい地域に居住する原告ら住民の精神的苦痛が大きいことを推認させる一事情とみることができないではないから、このことをもって、前記二ないし四の各精神的被害の内容や程度を理解するうえでの一つの要素として斟酌することは許されるものと考えられる。
六その他の健康被害
1 原告らの訴え
原告らのうち相当数の者が、原告ら陳述書等において、本件航空機騒音による身体的影響として、頭痛、肩こり、高血圧、目まい、心悸亢進、不眠症、胃腸障害、疲労感、食欲不振といった健康被害を訴えている。
前記二1の昭和五八年の原告らアンケート調査の結果によれば、回収人数八八七名のうち、本件航空機騒音による身体的被害を訴える者の数は、頭痛二四七名(約二八パーセント)、肩こり一八三名(約二一パーセント)、高血圧九八名(約一一パーセント)、目まい五八名(約七パーセント)、心悸亢進一四四名(約一六パーセント)、不眠症一五一名(約一七パーセント)、胃腸障害七三名(約八パーセント)、疲労感二二七名(約二六パーセント)、食欲不振四九名(約六パーセント)であった(<書証番号略>)。また原告ら代理人が<書証番号略>をもとに集計した前記二1の結果(<書証番号略>)によると、たとえば、頭痛を訴える者の割合は、生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五、八〇、八五、九〇、九五の順に、それぞれ約二〇パーセント、約二〇パーセント、約二七パーセント、約三四パーセント、約四五パーセントとなり、ほぼW値の上昇に伴って訴え率の増加傾向が認められ、目まい、不眠症、高血圧、胃腸障害を訴える者についても、W値の上昇に伴って、同様の増加傾向が認められた。ただし、右集計結果では、肩こり、疲労感の訴え率についてはW値との対応は明らかではなかった。
もっとも、個々の原告の訴える健康被害の症状の具体的態様や程度については、主張自体からも原告らの陳述書等の証拠からも必ずしも明確ではなく(ことに、陳述書、陳述録取書については、定型書式の健康被害の項目に丸印を付すだけで、アンケートとほとんど異ならない程度の記載のものが大半である。)、これらの訴えを裏付けるような具体的な根拠を示した診断書等の客観的な証拠は提出されていない。
2 騒音の身体に与える影響についての学術研究等
まず、騒音の身体に与える影響に関する実験室等における各種研究結果等について概観することとする。
(一) 呼吸器、循環器系機能に及ぼす影響
(1) 国立公衆衛生院生理衛生学部の田多井吉之介らが、健康な青年男子五名を被験者として、クレペリン加算を行わせながら、五五、七〇、八五ホンの航空機騒音、工場騒音及び交通騒音と、対照としての三〇ないし四〇ホンの市街地騒音とを、一日二時間、一〇日間暴露した第一回目の実験では、血圧、脈拍数には著明な差異を見い出せなかった。しかし、前同様の三段階のレベルの騒音を三〇分の休止をはさんで前後三〇分ずつ暴露した第二回目の実験では、騒音によって呼吸数の増加、脈拍数の減少がみられ、騒音レベルの上昇とともにこの反応が強まる傾向を示した(<書証番号略>)。
(2) 京都大学工学部衛生工学教室の陳秋蓉らが、青年男女二五名に、音圧レベルを六〇、七〇、八〇、九〇、一〇〇dB(A)と次第に上げ、あるいは次第に下げて、ホワイトノイズを一回三〇秒間で各レベルごとに一五回ずつ暴露した実験では、血圧は、刺激音暴露開始後上昇を始め、約一〇秒間でピークに達し、その後徐々に降下すること、血圧上昇が音圧レベルに比例して直線的に増大することが認められ、両者の相関係数は高かった(<書証番号略>)。
(3) そのほか、人間又は動物に騒音を暴露する実験において、呼吸数、呼吸振幅が増大する、末梢血管が収縮し、血圧が上昇するなどの急性反応が現れることが報告されている。もっとも、こうした急性反応を繰り返すことによって慢性的な高血圧や心疾患が起こりうるか否かについての確実な研究結果は見当たらない。騒音の激しい職場で長年働いた人に高血圧が多いかどうかについては、相反する報告がなされている(<書証番号略>)。
(二) 血液に及ぼす影響
(1) 前記田多井吉之介らによる(一)(1)の実験第一回目では、対照実験に比較して総白血球数の増加の抑制傾向、好酸球数の減少の強化とその後の増加の抑制傾向、好塩基球数の増加の促進傾向がみられ、その影響は前記三段階の騒音中で八五ホンのときが最も強く、また個人差が大きかった。第二回目の実験では、同様の傾向が認められたものの、騒音の種類やレベルによる差は見い出しえなかった(<書証番号略>)。
(2) 前記長田泰公らが男子学生に騒音を暴露した実験の結果は、次のとおりである。
ア ピークレベル七〇、八〇、九〇dB(A)のジェット機騒音を二分間又は四分間に一回の割合で九〇分間暴露した実験において、騒音レベルの上昇とともに、好酸球数と好塩基球数の減少率が大きくなった(長田の説明によると、副腎皮質機能が亢進するとこれらが減少し、右減少がストレスの指標となるとされる。―<書証番号略>)。
イ 中央値四〇、五〇、六〇dB(A)の交通騒音を二時間又は六時間連続して暴露した実験において、白血球数は、六〇dB(A)で有意に増加し、好酸球数は、六〇dB(A)六時間暴露で減少後の回復が有意に遅れたが、好塩基球数では有意な変化がみられなかった。
(<書証番号略>)
(三) 内分泌系機能に及ぼす影響
(1) 前記田多井吉之介らによる(一)(1)の実験の第一回目では、尿中一七―OHコルチコステロイドの量(この増加により、副腎皮質機能の亢進が推定できるとされている。)は、右三段階の騒音中で七〇ホンのときの増加が最も大となり、八五ホンのときはかえって減少した。一方、第二回目の実験では、尿中一七―OHコルチコステロイドの量に、騒音による有意な変化は見い出せなかった(<書証番号略>)。
(2) 前記長田泰公らによる前記(二)(2)イ記載の実験では、尿中一七―OHコルチコステロイドの量は、四〇dB(A)六時間暴露において増加がピークに達し、逆に六〇dB(A)六時間暴露においては有意に抑制された(<書証番号略>)。
(3) その他、三重県立大学医学部坂本弘らによる騒音職場で働く従業員を被験者とした実験(<書証番号略>。なお、<書証番号略>は女子、<書証番号略>は男子を被験者とする。)や、同大学同学部若原正男らによる男子に対する騒音の長時間暴露による実験(<書証番号略>)等によって、騒音の暴露による尿中一七ケトステロイドの減少が認められたなどの報告がなされている。坂本は、これを副腎皮質機能の低下によるものとしている。
(4) また、ラット、ウサギ等を用いた動物実験では、一般的にいえば、騒音の暴露による甲状腺機能の抑制、副腎皮質機能の亢進がかなりの程度に証明されたことが報告されているが、人間に対する実験では、必ずしも明瞭な結果が得られていないようである(<書証番号略>)。
(四) その他の身体的影響
(1) 消化器系機能に及ぼす影響として、人又は動物に航空機騒音を暴露させる実験により、騒音暴露による唾液、胃液分泌の減少、胃運動の抑制等の影響が現れたことが報告されている。
(2) 妊娠出産等への影響として、ラット等の動物実験では、妊娠率、出産率、子の生存率の低下がみられ、また、空港周辺での人に対する調査によると、騒音暴露により低出生時体重児の増加、妊娠中毒症の増加等がみられるとの報告がされており、これについては、母親の下垂体―副腎系に対する影響の結果であるとの説明がされている。ただし、人に対する調査に関しては消極方向の報告も多い。
(3) 児童生徒の発育に対する影響としては、騒音が児童の身体、神経系機能の発達に悪影響を及ぼしているとの調査報告があり、それらによると、その影響は、女子よりも男子に、年齢の低い者よりも高い者により明確に現れるとされている。ただし、これについても反対の調査報告が存在する。
(4) そのほか、精神病院入院率、各種身体症状の訴え率、薬の服用率や病院の利用率などについて、地域の騒音レベルとの関係で多くの調査がなされているが、結果はまちまちであり、騒音と関係があるとみられる場合にも、暴露が直接的に影響するというよりは、騒音に対する感受性の介在が大きいのではないかといわれている(<書証番号略>)。
(<書証番号略>)
3 本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等
(一) 前記四2(一)の住民健康調査研究会の北谷町住民に対する健康度調査において、騒音暴露群と非暴露群との比較、W値七五ないし九〇群、W値九五以上群及び対照群の三群間での比較、さらに、W値によって階層化された六群間の比較では、身体的自覚症状を示す尺度得点・判別値については、精神的自覚症状を示す尺度得点・判別値に比し、騒音暴露との間に明確な対応関係は認められていない。もっとも、通常のTHI法の質問項目に加えて、「ふだん自分で健康だと思いますか」という質問をして、その回答状況を集計した結果では、「いいえ」と回答した者の割合は、W値九五以上群、W値七五ないし九〇群、対照群の順に多かった(具体的には、各20.1パーセント、14.2パーセント、9.9パーセントである。)。このことから、同研究会は、これについて、航空機騒音によって健康に影響が現れている可能性を示唆するものとしている(<書証番号略>)。
(二)(1) 前記谷口堯男ら(四2(五))が昭和六一、六二年に小松基地騒音差止等訴訟の原告及びその家族一二五名(生活環境整備法上の区域指定におけるW値七五ないし九〇の地域に居住)を対象にした健康診断の結果によると、頭痛等騒音との関連を考えさせる訴えが多く、尿及び血圧の検査所見をみると、高血圧が一二名(10.3パーセント)、境界域高血圧が二三名(19.7パーセント)であって(なお、血圧測定は一一七名について行われた。)、以上を合計した高血圧罹患率は、後記(2)の調査による非騒音地域のそれと比較して有意に高く、また、血圧平均値について同様に非騒音地域のそれと比較したところ、原告家族集団は、全年齢及び六〇歳以下の双方において、最高血圧、最低血圧ともに、非騒音地域に比して有意に高かった。これら原告家族集団に対するTHI法による健康度調査の結果で、男女とも「口腔と肛門」の項目の尺度得点が高く、男子では「消化器」、女子では「呼吸器」の各項目の尺度得点もやや高かった。
(2) 次に、昭和六二年に騒音地域(W値八五及び九〇の地域)及び非騒音地域の住民(各一一七名と六二名)を対象にした健康診断の結果によると、高血圧及び境界域高血圧を合計した高血圧罹患率において、また、血圧平均値についても、全年齢及び六〇歳以下の双方において、最高血圧、最低血圧ともに、非騒音地域に比して有意に高く、原告家族集団と同様の傾向を示した。
(<書証番号略>)
(三) 前記二2(一)(2)のとおり財団法人航空公害防止協会が昭和五五年ないし昭和五七年度に大阪、東京両国際空港及び福岡空港周辺において成人女性を対象として行った調査結果のうち、質問紙(THI法等)による健康調査、巡回健康診断及び自律神経―内分泌系機能に関する調査の各結果は、次のとおりである。
(1) まず、質問紙(THI法等)による健康調査の結果は、前記四2(三)で既にその概要を述べたところであるが、身体的影響に関しては、大阪空港周辺においては、「消化器」尺度の尺度得点についてWECPNL値の異なる三群間の平均値に有意差が認められた。さらに、同空港周辺において、どのような質問に対する自覚症状の訴えがWECPNL値の上昇に対応して増加したかを調べたところ、二〇歳から六〇歳未満までの年齢層においては、「生つばが出ることがある」、「下痢をすることがある」、「胃腸の具合が悪いことがある」などの消化器系に関する自覚症状の訴えが多く、特に二〇歳代と三〇歳代の若い年齢層に顕著であった。もっとも、このようなWECPNLの上昇に対応した自覚症状の増加現象は、東京及び福岡の両空港周辺では認められなかった。
(2) 一方、巡回健康診断(X線、血圧、心電図、血球、血液化学、尿)の結果では、東京国際空港周辺における「尿判定」の結果を除いては、三空港ともWECPNL値の上昇に伴う有意差は認められなかった。もっとも、右検査項目は、循環器系や肝機能に関するものが主であって、大阪空港周辺で質問紙による健康調査によって騒音との関連がみられた消化器系に関するものとは対象が異なっていた。
(3) 右の巡回健康診断において高血圧と診断された女性三九九名(三空港周辺の騒音地域に居住)と一般女性二四名(非騒音地域に居住)とを対象として、三年間にわたり、月経不順等についてのアンケート調査、寒冷昇圧試験、血中ホルモン、尿中ホルモンの測定、眼底検査等を行った結果は、次のとおりであった。
空港周辺住民における月経不順、妊娠、出産の異常が多いとは認められなかった。寒冷昇圧試験を指標とした自律神経系の検査でも異常は認められなかった。右寒冷昇圧試験の結果と、血圧、尿中カテコールアミン値、眼底所見(高血圧関連調査)との間に何ら有機的な関係を見い出すことはできず、したがって、交感神経系の興奮と高血圧症との関係も見い出すことはできなかった。また、航空機騒音地域の住民と対照地域住民との間に、血中コルチゾール値や尿中一七―OHコルチコステロイド値に差がないことから、騒音暴露による下垂体を介しての副腎皮質系統の機能亢進状態があるとも考えられなかった。
(<書証番号略>)
(四) 同協会が同時期に大阪国際空港周辺において学童を対象として行った調査結果のうち、質問紙(THI法を学童用に一部修正)による健康調査の結果では、ごく一部の質問についてW値の上昇との間に有意差が認められたものの、これらが特定の尺度名にかたよることはなく、全体としてはっきりした傾向は認められず、また、自律神経―内分泌系機能に関する調査(この調査についても、成人の場合と異なり男女について行われている。)の結果は、地域の航空機騒音レベルと自律神経系の指標となる尿中カテコールアミン値、内分泌系の指標となる尿中ステロイドホルモン値との間には有意な関連は認められない、というものであった(<書証番号略>)。
4 考察
(一) 前記2記載の各研究結果では、人又は動物による実験の結果、騒音の生理的機能に及ぼす影響として、末梢血管の収縮、血圧の上昇、血球数の変化、副腎皮質ホルモン分泌量の変化、胃液分泌の変化、胃運動の抑制等の反応があったことが報告されているが、いずれも一時的、短期的な反応についての結果であって長期的、継続的なデータは少なく、また、必ずしも騒音暴露による反応として実験の当初予測したような結果が明確にえられているものばかりではなく、さらに、騒音暴露量と身体反応の量との間の定量的関係については、集団レベルではもちろん、個人レベルでも必ずしも明確な結果がえられていないものであり、これらの点を明らかにするような研究結果等は本件証拠上見当たらない。
また、前記3記載の住民調査の結果について検討するに、本件飛行場周辺におけるほとんど唯一の健康調査である前記3(一)の住民健康調査研究会の北谷町住民に対する健康度調査において、身体的自覚症状の回答と騒音暴露との間に明確な対応関係は認められていない。もっとも、唯一、ふだんの健康状態についての質問に対して、W値九五以上群、W値七五ないし九〇群、対照群の間に回答率の差が認められているが、これについても、右の差が統計学上有意のものであるか否かについての言及がなく、この点が不明である。他の飛行場周辺における住民調査の結果中では、谷口堯男らによる前記3(二)の調査において、高血圧罹患率、血圧平均値について、騒音地域が非騒音地域に比して有意に高いという結果がえられていることは注目すべきものといえるが、本件飛行場と少なくとも同程度の騒音に暴露されていると思われる大阪国際空港等における前記3(三)の航空公害防止協会の調査のうちの巡回健康診断の結果では血圧についてW値の高低に応じた有意差はみられないことに照らすと、右谷口らによる調査結果のみからただちに本件飛行場周辺における航空機騒音によって原告らに高血圧症発症の危険性が生じているとまで認めることは困難である。
(二) 前記一2「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(一)の長田泰公らの説明にもあるとおり、聴力障害の場合と異なり、騒音の循環器系、血液、内分泌系等に対する身体的影響は直接的なものではなく、騒音がストレス作因の一つとして働き、他の要因と相乗することにより何らかの身体的症状が発現する可能性があるという間接的なものであるから、個々人の生活環境や素因によってその発現過程や程度は様々に異なると考えられるし、その発症機序等についても医学的に未解明の点が多い。前記の各種研究や調査の結果において、騒音の身体に与える影響に関して必ずしも一義的な結論がえられていない状況にあるのも、そうした影響における間接性や複雑性が関係しているものと考えられる。
前記のとおり、原告らのうちには、頭痛、肩こり、高血圧といった健康被害を訴える者が相当数いるが、個々の原告の訴える健康被害の症状の具体的態様や程度については必ずしも明確ではないし、これらの訴えを裏付けられるような診断書等は証拠として提出されておらず、このことに、右各種研究や調査の結果においても、騒音の身体に対する影響について必ずしも明確な結論がえられていないことをあわせて考えると、本件飛行場における航空機騒音が原告らの訴えるそうした症状を惹起し、又はこれに寄与していると認めることは困難であるといわざるをえない。
(三) もっとも、騒音がストレス作因となりえ、かつ、ストレスが様々な身体症状を引き起こし又はそれを悪化させる原因となりうること自体は、前記一2「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(一)に示したとおり一般的な医学的知見としても認められているところであって、このことに、前記のとおり短期的なものであるにせよ騒音の身体に対する影響を指摘する研究も少なくないこと、前記第三の一「航空機騒音」に示した北谷町砂辺や嘉手納町屋良、嘉手納等における激しい騒音の状況に照らし、本件飛行場に近接した航空機騒音の特に激しい地域では、こうした騒音が住民に相当のストレスを与えていることが容易に予測できることをあわせ考えると、本件航空機騒音が原告らの訴える各種の健康被害を生じさせている危険性(高度の蓋然性の程度にまで高められた危険性)が立証されたとはいえないものの、本件航空機騒音が特に激しい地域においてこれが原告らの訴える様々な身体的症状の一因となっている実際上の可能性自体はこれを完全に否定しさることができないと思われる。
そうすると、前記五「聴覚被害(聴力障害及び耳鳴り)」4「考察」(七)で示したのと同様の理由から、一般人の通常の感覚からみて各種の健康被害発生の危険についての不安を感じざるをえないような激しい騒音下で生活しなければならないという意味では、この可能性は、騒音の特に激しい地域に居住する原告ら住民の精神的苦痛が大きいことを推認させる一事情とみることができないではないから、このことをもって、前記二ないし四の各精神的被害の内容や程度を理解するうえでの一つの要素として斟酌することは許されるものと考えられる。
七その他の被害
原告らが主張するその他の被害としては、①落下物等による被害、②振動による家屋や家財の損傷、③排気ガスによる洗濯物の汚染、④地価の低下、家屋賃貸の困難、⑤療養生活の妨害、⑥教育環境の破壊、⑦地域自治あるいは経済的、社会的環境の破壊がある。
しかし、まず、①③については、前記第三の二「航空機の墜落等の危険」及び第三の三2「排気ガス」で述べたとおり、落下物事故の危険性や排気ガスについてこれらをそれ自体で独立した侵害行為として認めることはできないから、これによる被害の主張は理由がない(なお、振動については、これが侵害行為として肯定されること自体は前記第三の三1「振動」で述べたとおりであるが、これによる精神的被害については前記二ないし四で認定した各種被害に含めて認定したところであり、財産的損害である②については左記の問題がある。)。
また、①ないし④については、少なくともある程度具体的に個別の財産的被害を特定して賠償請求する必要があるところ、かかる具体的な主張立証がない。もっとも、①については、原告らの主張をみると、原告らはこれを精神的被害を高める一事情として主張しているようでもあり、もしそうであるとすればこれが肯定されることは右第三の二や前記四「精神的被害」3「考察」で述べたとおりである(②ないし④については、純粋な財産的被害とみるほかないから、特段の事情のない限り、これらをもって精神的被害を高める事情とみることも困難である。)。
次に、⑥については、どの原告についてどのような態様の被害があるのか明確に主張されているとはいい難く、また、原告ら各自に共通する被害であるともいい難いから、本件において共通の被害として主張されている原告らの被害の中にこれを含めて考えることはできない。⑤についてもこれと同様のことがいえるが、一般的な療養妨害の可能性についていうのであれば、これらは前記認定の各種精神的被害の中に含めて考えることができるものといえる(もっとも、病者については、通常の場合よりもその被る精神的被害の程度が大きいということは一般的にいえるであろう。)。
また、⑦については、原告らの総括的な主張のみでは、個々の原告らの生活利益に対する侵害として極めて抽象的であり、これらの事由をもって個々の原告に生じている具体的な被害とみることは困難である。
以上、原告らの主張するその他の被害については、これらを認めることができないか、あるいは前記認定の各種被害の中にこれを含めて評価すれば足りるものといえる。
八総括
以上の次第であって、前記第三「侵害行為」において認定した本件航空機騒音等によって、原告らは、その暴露されている騒音等の量や態様による程度の差こそあれ、会話妨害、電話、テレビ等の聴取妨害、これらに伴う家庭の団らん、趣味生活及び職業生活の妨害、学習、読書等の精神作業の妨害、睡眠妨害といった種々の基本的生活利益の侵害を被っており、また、本件航空機騒音等を直接の原因として、あるいは、生活妨害、睡眠妨害等の被害に起因して、いらだちや不快感等の精神的被害を被っていることが認められる。
一方、原告らの主張する聴覚被害、その他各種の身体的被害については、個々の原告にどのような態様の被害が生じているかが証拠上必ずしも明らかではないし、本件航空機騒音等とこれらの被害との間に法的な因果関係を認めることもできない。また、個々の原告にそうした被害が生じる危険性(高度の蓋然性の程度にまで高められた危険性)があることも、証拠上認めるに足りない。
第五騒音対策
一はじめに
被告は、本件航空機騒音による障害を防止、軽減するために種々の対策を講じてきた旨主張するところ、右騒音対策は、移転措置、住宅等の防音工事等のように騒音の障害を受ける側についてこれを軽減するための措置をとる方法(周辺対策)と、騒音を発生源で抑制する方法(音源対策)やこれに準じる方法として運航方式に改変を加える方法(運航対策)などの騒音の発生やその周辺住民の居住地域への到達自体を規制する方法とに大別される。そこで、以下、被告が実施した諸対策のうち、前記第四で認定した航空機騒音による原告らの被害の防止、軽減に直接関係があると思われるものを中心として検討を加えることとする。なお、被告は、振動による被害の防止、軽減をこれら諸対策の中心的な目的として主張しているわけではないが、騒音対策としてのその諸対策は同時に振動の被害防止にも関係するものと考えられるので、以下この点をも含めた対策として検討することとする。
二周辺対策
1 概観
(一) 日本本土においては、当初は行政(予算)措置によって、昭和四一年に周辺整備法が公布、施行された後は同法に基づいて、防災工事及び道路の整備等の助成、学校等の防音工事の助成、住宅の移転の補償等の周辺対策が行われてきたが、沖縄では、昭和四七年五月一五日のいわゆる本土復帰以前においては、アメリカ合衆国の施政権下にあったため被告が周辺対策を実施することができず、本格的な周辺対策の実施がなされなかった。もっとも、当時の琉球政府は、昭和四〇年から昭和四二年にかけてはアメリカ合衆国の援助を受けて、昭和四五年から本土復帰までは被告国の援助を受けて、本件飛行場周辺に所在する学校等の防音工事を実施している。
(二) 沖縄では、昭和四七年五月一五日の本土復帰後、周辺整備法によって周辺対策が行われるようになったが、右のような事情から、当初、他地域に比較してその進捗が遅れていたので、被告は、沖縄県における周辺対策事業を促進するため「沖縄の復帰に伴う防衛庁関係法律の適用の特別措置等に関する法律」(昭和四七年法律三三号)を制定して、周辺整備法四条の事業主体が市町村とされていたのを、県も事業主体とし、また、補助割合が一〇分の五から一〇分の八までとされていたのを、三分の二から一〇分の一〇までと増やすなどの特別措置を設けた。
(三) 本土では、昭和四〇年代における高度成長に伴い、防衛施設周辺の都市化の進展等の事情の変化により、周辺整備法に基づく措置のみでは防衛施設の設置、運用とその周辺地域社会との調和を保つことが難しくなってきたため、住宅防音工事や緑地帯の整備等を盛り込み、防衛施設周辺の生活環境の整備のための諸施策を抜本的に強化拡充することを目的とする生活環境整備法が制定され、昭和四九年六月二七日に公布、施行され、以後、沖縄県においても、同法に基づく諸施策が実施されることとなった。
(四) 生活環境整備法は、その四ないし六条において、住宅防音工事の助成(四条)、移転の補償等の措置(五条)及び移転跡地の緑地帯整備(六条)といった重点的な対策を定めているが、それぞれの対策を実施するための指針となる区域として、第一種区域(住宅防音)、第二種区域(移転措置)および第三種区域(緑地帯整備)を、防衛施設庁長官が指定するものとしている。
右区域指定は、同法施行令八条、同法施行規則一条所定の方法で算出されるWECPNL値により騒音コンター(前記第三の一3「北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による検討」の(一)(3)でも言及したとおり、WECPNLコンター、すなわち、地図の等高線のようにW値の等しい点を結んだ線図である。)を作成したうえで、道路、河川等現地の状況を勘案して指定されている。
右WECPNL値の算出方法は「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和四八年環境庁告示第一五四号)に示されているものと基本的には同じであり、その算出は、
WECPNL=dB(A)+10logN−27
の計算式による(右dB(A)は、一日のすべての航空機騒音のピークレベルの値をエネルギー合成してパワー平均した値をいい、一方、Nは一日の間の各時間帯により補正された飛行回数をいい、午前七時直後から午後七時までの飛行回数をN1、午後七時直後から午後一〇時までの飛行回数をN2、午後一〇時直後から翌午前七時までの飛行回数をN3としたとき、Nは、
N=N1+3N2+10N3
の計算式によって算出される。)。
しかしながら、防衛施設庁において、自衛隊の飛行場あるいは本件飛行場のように米軍が利用する飛行場では、航空機の運航が不定期であって日によって飛行回数が大きく変化することから、前記第三の一「航空機騒音」9「まとめ」(三)でも示したとおり、W値について、年間を通じて飛行形態と騒音量がほぼ一定している民間飛行場と同様の算定をしたのでは、周辺住民が感じるうるささの実態にそぐわない面があるため、右のような飛行場では、一日の飛行回数については、一定期間において、飛行しない日を含めて、一日の総飛行回数の少ないほうからの累積度数曲線を求め、累積度数九〇パーセントに相当する飛行回数をその防衛施設における一日の標準総飛行回数とすることとし、これをもとにしてその防衛施設における機種別、飛行態様別、飛行経路別の一日の標準飛行回数を決定し、他方で、軍用機には民間航空機のような騒音証明制度(後記三1「音源対策」参照)がないことから、代表的な機種についての騒音のデータをうるために飛行場周辺の各測定地点で実際に騒音を測定する。そして、以上の資料を総合し、さらに着陸音補正(着陸時の騒音レベルにdB(A)を加える。)や継続時間補正を行うなどして、コンター図作成の基礎となる各測定地点のWECPNL値を求めることを原則としている。したがって、以上の点では、生活環境整備法上の区域指定におけるW値の算出方法は通常の場合とは異なっており、通常の算出方法によった場合よりはW値の値が大きくなるものである(以上のうちコンター作成方法の詳細については、主として、「防衛施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準」(<書証番号略>)による。)。
(五) 本件飛行場周辺における区域指定のための騒音調査は、前記第三の一5のとおり防衛施設庁から株式会社アコーテックに委託されて、昭和五二年一二月七日から二三日までの間(事前調査五日間、本調査一二日間)に行われた。その際、本件飛行場滑走路の両端に基準測定地点を設け、騒音測定期間の中から標準期間として連続した一週間を選定し、各日の総飛行回数の小さい方から累積度数曲線を求め、累積度数九〇パーセントに相当する飛行回数を本件飛行場における一日の標準飛行回数としたが、本件飛行場においては、これは一日五〇七回であった(なお、右標準時間の一日の総飛行回数―滑走路の両端において測定された飛行回数の合計―は、一日八四回から五四六回―一週間総計二六四九回―であり、単純に算術平均すると、一日約三七八回であった。)。また、右測定の際には、各測定地点において測定された騒音を発した航空機が実際に着陸したかあるいは滑走路上空を通過したにすぎないかの確定が困難であったため、着陸音補正は行われなかった。
(六) 防衛施設庁は、右株式会社アコーテックによる騒音調査によって作成されたWECPNLコンター図に準拠して、第一種区域(WECPNL八五以上)、第二種区域(WECPNL九〇以上)及び第三種区域(WECPNL九五以上)を指定し、昭和五三年一二月二八日、生活環境整備法施行令一九条に基づき告示した。その後、第一種区域については、昭和五六年七月一八日の告示でWECPNL八〇以上の区域に、昭和五八年三月一〇日の告示でWECPNL七五以上の区域に、それぞれ拡大された。右の、後になされた第一種区域指定の各告示の基礎となる資料はいずれも右昭和五二年の騒音調査の結果である(右昭和五二年の調査の時点では、WECPNL八〇又は七五のコンター図まで既に作成されていたわけではないが、右調査の際の測定値から防衛施設庁独自に計算機によって算出して各コンター図を作成して、これに準拠して区域指定をしたものである。)。
右各区域指定による第一種区域、第二種区域及び第三種区域の範囲は、別紙第一四「嘉手納飛行場に係る区域指定参考図」(被告において、<書証番号略>に基づいて作成)のとおりである。
(<書証番号略>、証人大田長秀、同水島猛、弁論の全趣旨)
2 住宅防音工事の助成
(一) 住宅防音工事は、生活環境整備法で新たに採用された周辺対策であって、周辺住民の生活の本拠における航空機騒音の防止、軽減を図ろうとするものである。同法四条によると、その助成対象となるのは、第一種区域指定の際に右区域内に現に所在する住宅であるが、本件飛行場周辺においては、昭和五〇年度から、同法四条の趣旨に基づいて、航空機騒音の影響が大きいと思われる地域に所在する住宅を対象として、一部において既に実施されてきた。その後前記1「概観」(六)のとおり昭和五三年に最初の区域指定の告示がされ、順次告示により第一種区域の範囲が拡大するのに応じて、対象となる住宅の範囲が広げられている。
(二) 補助金交付の対象となる住宅防音工事の規模は、現在、最初に、いわゆる新規工事として、家族数が四人以下の場合一室、五人以上の場合二室(当初は一世帯一室を原則とし、五人以上の家族構成で六五歳以上の者、三歳未満の者、心身障害者又は長期療養者が同居する世帯については二室とされていた。)の範囲で行い、その後、いわゆる追加工事として、家族数に一を加えた室数(ただし、五室を限度とする。)から新規工事済みの室数を差し引いた室数の防音工事を行うというもので、予算上の制約等のために、工事を二段階に分けて、新規工事を当面の目標とし、最終的には全室防音化、(ただし、五室を限度として)を目標としている。
(三) 住宅防音工事の内容は、外部及び内部開口部の遮音工事、外壁又は内壁及び室内天井面の遮音及び吸音工事並びに冷房装置及び換気装置を取り付ける空調工事であって、防衛施設周辺住宅防音工事標準仕方書に従って行うものである。その標準的な工法は、木造系と鉄筋コンクリート造系に大別し、それぞれを第一工法と第二工法に区分している。右第一工法とは、WECPNL八〇以上の区域に所在する住宅について施す工法で、二五デシベル以上の計画防音量(当該工事によって達成しようとする防音効果の程度)を目標とするものであり、右第二工法とは、WECPNL七五以上八〇未満の区域に所在する住宅について施す工法で、二〇デシベル以上の計画防音量を目標とするものである。
(四) かかる住宅防音工事の助成措置は、被告が、各対象住宅所有者らに対して改造工事施行費用相当額を補助金として交付するものであるが、補助率は一〇分の一〇とされており、一定の最高限度は設けられているものの、個人負担が生じるのは開口部が通常の面積規模に比較して特に大きいものとか、建物の構造が通常のものと特に異なっているというような特殊な工事となる場合に限られ、その数は少ないとされている。その通常の維持管理費については、原則として個人負担となるが、平成元年度からは、右助成によって設置した空調機器で、設置後一〇年以上経過し、老朽化により現に故障等が生じているものの機能復旧工事も新たな助成措置として実施し、あわせて、同年度から、生活保護法に基づく被生活保護者に対し空調機器の稼動に伴う電気料金についての助成を実施している。
(五) 被告は、右補助金交付の実施にあたって、本件飛行場周辺住民等に対し、必要に応じて説明を行い、またパンフレットを配付するなどして、その手続、内容等の周知徹底を図っている。そして、その実績をみると、昭和五〇年から平成四年三月三一日までの間に、いわゆる新規工事三万四三二五世帯、追加工事八五七三世帯の住宅について被告の助成による防音工事が完成し、それらに要した補助金総額は約七六〇億一〇二一万円に達している。その内訳をみると、新規工事に関しては、昭和五八年告示時点の助成対象戸数推定約三万九六〇〇世帯のうち、前記の希望世帯について工事をすべて完了したが、追加工事の助成の進捗率は前記のとおり未だ必ずしも十分とはいい難い状況にある。今後は、追加工事の助成を主体に実施していくとされているが、被告は、対象区域の拡大と予算上の制約等を理由として、追加工事については一挙に助成を進められず、順次工事を進めていかざるをえないとしている。
(六) これを原告らについてみると、被告の主張によれば、平成四年三月三一日までに被告の助成を受けて防音工事を完了した者(右工事の補助事業者となっている者)又は防音工事の行われた住宅に居住することによりその便益を受けた者(なお、後記第一〇「被告の責任及び損害賠償額の算定」四3(二)参照)は、新規工事七〇八名(六九四世帯)、追加工事四三四名(四二五世帯)であって、新規工事については対象者のうち申請がない一九三名を除いて実施済みである(なお、六名については区域外とされている。)が、追加工事については、対象者のうち申請がない三二一名と区域外の六名を除いた五八〇名中、前記の四三四名を除いた一四六名については未実施であり(すなわち、原告らについてみると、追加工事の進捗率の程度は比較的高く)、一世帯あたりの平均補助額は、新規工事につき約一九七万円、追加工事につき約二七〇万円であるという。以上をまとめると、別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(1総括表)」のとおりである。また、新規、追加各工事の実施状況についての原告別の内訳(室数、補助額、補助事業者、完成日)は、同別紙(2個別表)のとおりであるという。
そして、関係証拠によると、原告らに関連して実施された住宅防音工事助成措置の内容はおおむね右のとおりであることが認められる。
ただし、これを子細にみると、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「記載要領」ないし「備考」欄に示すとおり(なお、後記第一〇の四3(二)参照)、原告らの中には、被告主張の工事の補助事業者であるとも、また工事の行われた住宅ないしその一部分(区分所有建物等の場合)に居住することにより工事の便益を受けた者であるとも認めることができない者が少数ながら存在するので、前記の原告ら中これらの者については工事が実施済みであるとはいえないことになる。
(<書証番号略>、証人大田長秀、同水島猛、弁論の全趣旨)
3 移転補償措置
(一) 移転補償措置は、生活環境整備法五条に基づいて実施されるものであるが、被告は、同条による第二種区域の指定に先立ち、昭和五〇年度から、本件飛行場に近接し、航空機騒音によって居住等の環境として適切でないと思われる区域に建物等を所有する者について、その実施を開始している。同条における移転補償は、第二種区域の区域指定の際に同区域内に現存する建物等の所有者が、その建物等を区域外に移転し又は除却する場合に、その申出に基づき、建物等の移転補償をし、あるいはこれに加えて宅地等を買い取ることを内容とするものである。建物等の移転補償は、建物移転費又は除却費、動産の移転費、仮住居費、立木竹の補償、商店等の営業者に対する営業補償等であり、宅地等の買取りは、建物等の移転、除却に係る宅地及びその他の関連土地が対象となっている。その補償額は、昭和三七年に閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に準拠して算定することとなっている。
(二) 本件飛行場周辺における移転補償の対象家屋数約八二〇戸のうち平成三年度までの移転済み戸数は一六四戸であり、前記移転措置を受けるか否かが居住者の任意の選択に委ねられていることもあって、その進捗率は高いとはいい難い。なお、買入れ済みの土地は約六万平方メートルであり、これら移転措置の実施によって、被告は合計約三八億三一四三万円を支出している。なお、右土地については、後記のとおり生活環境整備法六条及び同条の趣旨に基づき、緑地帯等の整備事業が行われている。
(三) 原告らのうち、平成三年度までに被告の移転補償を受けて移転した者及び移転の年度については、別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」のとおりである(平成四年三月三一日までに対象者のうち一一名が右措置を受けている。)。
(<書証番号略>、証人大田長秀、同水島猛、弁論の全趣旨)
4 その他の周辺対策
(一) 緑地整備対策
被告は、昭和五八年度から、移転措置実施後の跡地について、生活環境整備法六条及び同条の趣旨に基づいて、被告の直轄事業として緑地整備事業を行っており、その結果、平成三年度末までに、四万九六九六平方メートルの土地区域についてガジュマル、ヒカンザクラ、ハイビスカス等の樹木と芝を植栽し、そのために約一億六二五〇万円を支出している。
(二) 騒音用電話機の設置
被告は、昭和四九年度から、行政措置として、本件飛行場周辺の一定区域を対象として、騒音用電話機の設置を実施してきた。通常の電話機が周囲の騒音が八〇ホンを超えると通話が困難になるのに対して、右騒音用電話機は、八〇ないし八九ホンの騒音の中でも通話は良好であり、九〇ないし九九ホンまでは多少の影響があっても通話は可能となるように設計されたものであるが、その効果を発揮するためには、送話口を手で覆わない、送話口を口の近くに持ってきて送話口に向かって直角に話をするなどの注意事項を守らなければならないとされる。被告は、昭和五六年度までに一六六五台を設置し、そのために約八三三万円を支出している(なお、昭和五七年度以降には新たに設置されていないが、これは申請がなかったためであろうと考えられる。)。
(三) テレビ受信料の補助
被告は、本件飛行場周辺の右騒音用電話機の設置対象区域と同一の区域を対象としてテレビ受信料の助成措置を実施しているが、その方法は、右対象区域内の居住者が財団法人防衛施設周辺整備協会から受信料の半額の補助を受けることができるものとし、右補助相当額を被告が行政措置によって同協会に交付する方法によって実施されている。昭和五一年度以降平成三年度までの実施件数は延べ一〇万四六二九件、交付総額は約三億一二九一万円となっている。
(四) 基地障害対策等
被告は、前記住宅防音工事の助成のほかに、学校等公共施設(学校、病院、民生安定施設等)の防音工事の助成をしており(生活環境整備法三条二項、八条、なお、右工事を実施した学校及び保育所での換気及び除湿設備の使用に要した電気料金については、被告が行政措置により原則として全額を補助している。)、また、必ずしも騒音対策を目的とするものではないが、基地障害対策として、排水路工事等障害防止工事の助成(同法三条一項)、民生安定施設の一般助成(同法八条)、特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付(同法九条)、国有提供施設等所在市町村助成交付金(根拠は、「国有提供施設等所在市町村助成交付金に関する法律」(昭和三二年法律第一〇四号))及び施設等所在市町村調整交付金(根拠は、「施設等所在市町村調整交付金交付要綱」(昭和四五年一一月六日自治省告示第二二四号))の交付等の諸対策を実施しており、先に述べた住宅防音や移転措置等の周辺対策を含め、以上のような諸対策によって、別紙第一五「嘉手納飛行場周辺対策事業実績総括表」記載のとおり、総額約一八六一億六八三四万円を支出している。
(<書証番号略>、証人大田長秀、同水島猛、弁論の全趣旨)
5 周辺対策の効果
以上に述べた被告の周辺対策の具体的な効果について判断する。
(一) 住宅防音工事の助成について
前記住宅防音工事の効果についてみるに、前記のとおり、第一工法では二五デシベル以上の計画防音量を、第二工法では二〇デシベル以上の計画防音量を目標とするものであるところ、証人水島猛は、被告は、工事完了後の家屋につき無作為抽出を行ったうえで人工音を使って検査をし、その防音効果を確認している旨供述しており、これに沿う証拠(<書証番号略>)も提出されている。
また、当裁判所の検証(第一回)の結果及び<書証番号略>によると、原告ら居宅において防音工事(いずれも第一工法)を施した部屋に騒音計を置き、室内外の騒音レベル差を測定したところ、いずれもある時間帯において一部開口部を開放するなど、完全な防音状態ではなかったものの、防音室のふすまやガラス戸は閉め、隣室や廊下の開口は開放した状態(防音室固有の防音効果を測定するのに適した状態)でみると、防音室内外の騒音レベル差は、原告根路銘安永宅では27.5ないし32.0dB、原告池原信德宅では23.0ないし29.5dB、原告松田カメ宅では20.5ないし35.5dBであったことが認められる。
以上をみる限り、防音効果はおおむね計画防音量を満たしているものといえる。
しかし、右証拠によると、原告ら居宅のうち防音工事を施していない室内で同様に室内外の騒音レベル差を測定したところ、外部開口部を閉めた状態で室内外の騒音レベル差は、原告根路銘安永宅では8.0dB、原告池原信德宅では6.0ないし15.5dB、原告松田カメ宅では10.0ないし21.5dBであったことが認められ、これに前記第四の二「生活妨害」3「考察」(一)で認定したとおり、欧米の家屋ではその遮音効果が窓の開閉にもよるが一〇ないし二〇dB程度はあるといわれており、日本の家屋でもこれよりいくらか劣る程度の遮音効果はあると認められることをあわせて検討すると、防音工事を施さない通常の日本家屋でも開口部を閉めた状態で一〇ないし一五dB程度の遮音効果はあると考えられる。そうすると、前記防音工事自体によって生じた防音効果については、前記測定に係る室内外の騒音レベル差よりもその分だけ低く、おおむね一〇ないし一五dB程度と考えるのが相当である。
このことに加えて、前記のとおり、追加工事の助成の進捗率は未だ必ずしも十分とはいい難いこと、被告の防音工事の基本は部屋の密閉化を前提としているところ、通常の人間の生活において一日中密閉状態で暮らすことは困難であること、特に沖縄では高温多湿の気候のため夏期を中心にかなりの期間冷房を使用しないと密閉状態で暮らすことは困難であるが、電気料金の負担を考慮すると、沖縄県の平均的家庭において長期間多数の部屋の冷房を継続して使用し続けるのは、経済的負担が大きく、この面からみても必ずしも現実的な生活形態とはいえないこと、通常の生活においては屋外等防音室以外での生活時間も必ず一定程度は必要であることなどの事情を考慮すると、右の防音工事は、それによって前記のとおり一定の防音効果が達成されているものとはいえ、被告がこれを実施していることそれ自体を一般的な違法性ないし受忍限度の判断の事情としてまで考慮することは相当ではないし、また、その便益を受けた原告らについても、騒音被害の一部を軽減するにとどまるものと評価すべきものである。
(二) 移転補償措置について
移転補償措置の結果、これを受けた個々の原告について騒音による被害が解消又は軽減すれば、その原告について、その時点から不法行為が不成立となり、又はそれによる被害の程度が低くなる(損害額が減少する)ことは当然である(なお、後記第一〇「被告の責任及び損害賠償額の算定」四4参照)。
次に、移転措置を希望しない原告らについても、一般論としていえば、具体的な移転措置の内容いかんによっては、希望すれば移転措置が受けられるということそれ自体が一般的な違法性ないし受忍限度の判断、あるいは具体的な損害賠償額の算定に影響することが考えられないではない。
しかし、生活環境整備法による移転措置には、①もともと騒音の激しい地域では地価が低く、これを補償されても同一規模、同一条件(騒音被害を除き)の宅地を確保することは困難であること(原告照屋明(原告番号一)は、その本人尋問の結果中で、北谷町砂辺の地価は、一般の売買では坪六万円、被告が買い取る場合坪九万円であるが、いずれも、これとさほど離れていない住宅地の地価坪一五万円ないし二〇万円に比して低く、これは激しい騒音のせいではないかといわれている旨述べている。)、②借地等については、借地人等が移転を希望しても、現実にはその敷地とともにでなければ移転補償が行われず、また、土地とともに補償が行われる場合であっても、借地権等の評価額をめぐって地主との間で争いが生じる場合があること、③周辺対策による移転補償には税制上特段の措置がとられておらず、税負担が多額にのぼる場合があること、④補償の内容が土地建物に関するものを中心とし、営業の廃止、休止等の補償もされるものの、転居に伴ういわゆる営業基盤(顧客等)の喪失については補償されないこと、等の問題点があることが指摘されている(<書証番号略>)。
また、他空港の周辺では関係諸機関や地方自治体が良好な移転先を確保してあっせんするなどの便宜がはかられているようであるが(<書証番号略>)、沖縄県下においてそのような動きがあることの立証はない。
移転措置が、被告主張のように、飛行場に近接し、航空機の離着陸等の頻繁な実施に伴う航空機騒音等の影響により居住等の環境として適切でないと思われる区域に建物等を所有する者について行われるものであるとするならば、その内容としては、本来、希望すれば騒音被害を除いてほぼ同一条件の環境下のほぼ同一規模の土地建物が確保されうるようなものであるべきところ、現在の移転措置が前記のような問題点をかかえるものであり(ことに、①、③等の問題が大きい。)、かつ、良好な移転先確保のための被告や地方自治体等の取り組みも十分になされていないというのであれば、これが受けられるのにそれを希望しないからといってただちに航空機騒音による被害ないしその一部を引き受けたものと評価することは困難であるといわねばならない(ことに、この点については、たとえば生活環境整備法上の区域指定におけるW値九五以上といった騒音の激しい地域についてみるとその生活被害が前記認定のとおりかなり高いものになると考えられるところから、移転補償のあり方について、今後の制度面の改革、あるいは地方自治体や関係諸機関の協力をえての運用面での改善のための努力が被告に対して望まれるところである。)。
さらに、居住地を定めるにあたっては、一般的にみても家族や勤務先等種々の要素が関係するところ、特に、沖縄にあっては、原告ら陳述書等によると、特殊な事情として、居住に適する地域が比較的限られており、新しい地域で適切な勤務先を見つけることも必ずしも容易ではないこと、また、親族、知人間の関係等、地縁血縁の結合の程度が非常に高いことが認められ、こうした事情も考慮されるべきであろう。
以上によると、本件においては、移転補償措置に関しては、移転措置を受けた原告らについて、移転措置によって騒音源から遠ざかることにより騒音自体が解消又は軽減した限度でこれを考慮することは当然であるが、それ以上にこれを一般的な違法性ないし受忍限度の判断の事情としてまで考慮することは困難であるといわねばならない。
(三) その他の諸対策について
(1) 緑地整備事業について
被告は、これによって、騒音の軽減効果、大気を浄化する効果等の物理的効果と、景観や美観を整えるなどの心理的効果があると主張するが、空からの航空機騒音の到達についてみる限り、これがその軽減のための効果をあげていることを認めるに足りる的確な証拠はなく、少なくとも本件不法行為の判断にあたってさほど評価すべきものがあるとは認め難い。
(2) 騒音用電話機について
前記のとおり、その機能を発揮するためにはいくつかの注意事項を守らなければならないなどの使用上の煩わしさもあると思われるが、いずれにせよ昭和五七年度以降は新たな設置がされていないことに照らすと、これが電話による会話妨害の解消にどれほど効果を発揮しているかについてはいささか疑問があり、少なくとも際立った効果を発揮しているとまでは認め難いところである。
(3) 受信料の補助について
テレビ聴取妨害それ自体を解消するものではなく、本件違法性の判断にあたってさほど高く評価することができるものではない。
(4) その他の諸対策について
被告が、多額の予算を支出して、学校等公共施設の防音工事の助成や様々な基地障害対策を講じ、本件飛行場周辺の環境の整備に努めていることは前記のとおり認められるところであり、これらが本件の違法性の判断に全く影響しないとはいえないが、個々の原告らの被る航空機騒音被害の解消又は軽減効果についてみると、これらの措置はかなり間接的な効果を発揮するにすぎないものというほかないから、本件損害賠償請求についての違法性の判断にあたっては、これをそれほど大きく評価することはできない。
三音源対策と運航対策
1 音源対策
音源対策は、騒音をその発生源で抑制する方法であり、具体的には、騒音の小さい機種に切り換える方法や航空機のエンジンを改良して騒音を小さくする方法などがある。民間航空機にあっては昭和四〇年代後半にICAO(国際民間航空機構)の騒音規制基準(騒音証明制度)が制定され、この制度の導入後に製造されたB―七四七機、DC―一〇機等の機種は、それ以前の機種に比べて格段に騒音が小さくなっており、また、新型低騒音機の開発技術の応用によって、一部の軍用機については低騒音化のための改修が可能となっており、音源対策はここ一〇年ほどの間に相当な成果をあげたといわれている。本件飛行場に運航する航空機はすべて軍用機であるから、右騒音証明制度の適用はなく、特にジェット戦闘機にあっては、その性能技術上、低騒音化対策は期待し難いものとなっているが、空中給油機については、平成三年三月から同年八月にかけて、従来のKC―一三五A型機が低騒音のKC―一三五R型機に交替している(証人大田長秀、弁論の全趣旨)。
右KC―一三五機は、本件飛行場に常駐する主要機種の一つで、本件航空機騒音の主要な原因となっている機種の一つでもある(<書証番号略>、原告ら本人尋問の結果)から、右の交替により本件飛行場周辺の航空機騒音がある程度軽減していることはありうると考えられる。しかし、証人大田長秀の証言によれば、平成三年当時においてみると、KC―一三五型機は、常駐機一三〇機のうち六ないし八機程度であって、全体の航空機数に占める割合は小さいことが認められ、一方、現時点での同機種の具体的な飛行回数がどの程度のものであるかは不明であって、結局、右の交替が本件航空機騒音全体の軽減に寄与しているか否か及びその程度いかんについては、これを明らかにする確たる証拠がないといわざるをえない。
次に、地上における航空エンジンの整備や調整に伴う騒音を軽減低下する方法には消音装置の使用があるが、前記第三の一8「地上音」(三)に示したとおり、現在、本件飛行場には一二基の消音装置が設置されており、右設置後は、少なくともエンジンテストに伴う騒音の発生は相当程度軽減しているものと推認される。しかし、右消音装置設置後に離陸前のエンジン調整音あるいは航空機誘導音等をも含めた地上音が全体としてどの程度低減しているかについては、これを客観的に明らかにする確たる証拠がない。
以上、音源対策については、ある程度の効果をあげていることが推認できないではないが、その程度を具体的に明らかにする確たる立証がされているとはいい難い(現実の騒音量は、前記第三の一「航空機騒音」で認定したとおり、本件各証拠からみる限り、また全体としての騒音量をみる限りは、右のような対策実施の前後で特段の変化は認められない。)。
2 運航対策
(一) 右1で述べた音源対策に準じる対策として、航空機の運航方式を規制することによって騒音を低減する方法が考えられる。これは、運航時間帯及び運航日等の制限あるいは飛行方式の変更による騒音の軽減といったものである。本件飛行場において、これにあたるものとしては、日米合同委員会の下部機関である航空機騒音対策分科委員会米側議長から日本側議長あての書簡等(<書証番号略>)に示された米軍側の自主的な運航規制があり、その要旨は左記のとおりである(主として、昭和五四年一二月一一日付と昭和五七年五月一九日付の書簡で示された事項である。)。
(1) 飛行場の場周経路はできる限り人工稠密地域上空を避けるように設定する。
(2) 低空飛行は任務上必要な場合を除いて避ける。
(3) 陸地上空での超音速飛行は、戦術的任務あるいは緊急のためのものを除き禁止する。
(4) アフターバーナーの使用は、任務の遂行又は運用上必要な場合だけに制限する。離陸時のアフターバーナーは、安全高度及び速度となり次第停止する。
(5) 午後一〇時から翌午前六時までの間、可能な場合、飛行活動及び地上活動を最小限とする。
(6) 着陸訓練を行う場合、場周経路に同時に入る航空機の数を最小限に抑える。
(7) 日曜日の訓練飛行を抑える。
(8) 外来機の反復新入は最小限とし、ことに日没後及び日の出前並びに週末及び休日における有視界飛行パターンによる反復飛行については、指令官又は担当副指令官の事前承認を要することとする。また、夜間における地上での航空機のエンジン運転は必須の任務のものに限ることとし、週末のエンジン運転とあわせて指令官の特別承認を要することとする。
(9) 場周経路においては、航空機は、緊急事態を除き、ダウン・ウィンド・レグ(場周経路上の順風の位置)に入るまでクリーン・コンフィギュレーション(脚などを引っ込めた状態)で飛行する(そのほうが出力が小さくなるため騒音も減少する。)。
(10) 航空機騒音問題並びにこれが周辺地域や日米関係に与える影響について、パイロット及び乗組員に対し継続的な教育を行う。
(二) また、沖縄では、騒音問題など米軍基地から派生する諸問題について現地レベルで協議するため、昭和五四年七月一九日に米軍、沖縄県、那覇防衛施設局による三者連絡協議会が設置され、平成二年九月までに一四回開かれた協議会のうち、少なくとものべ七回の協議会において、本件飛行場の騒音問題に関連した議題が取り上げられた。当初に県側から出された、飛行活動に関する規制、アフターバーナーの使用の規制、飛行方法の規制(飛行場周辺上空での空中戦闘訓練や曲技飛行の禁止など)、エンジンの試運転及び調整の規制、消音装置の設置、操縦士の教育等の要望中、夜間における飛行及びエンジン調整等の規制を除いては、昭和五五年までに、米軍側との間で一応の合意をみたが、夜間における飛行及びエンジン調整等の規制については県側は午後八時から午前六時までの休止を希望し、米軍側は午後一〇時から午前六時までの休止の意向であったため、合意をみるに至らなかった。また、その後も、米軍側が了解した事項につき、曲技飛行の禁止等の規制が不十分であるとして同様の要望が県側から提出されるなど協議が続けられてきた(<書証番号略>、証人大田長秀)。
(三) これらの運航対策の効果について検討すると、まず、右(一)の自主的運航規制については、規制事項について、「できる限り」とか、「可能な場合」等の条件が付いていたり、「任務の遂行上必要な場合」あるいは「指令官の承認があった場合」には許されるといった限定が付されているが、いかなる場合がこうした規制基準に触れるのかはあいまいであって、本件飛行場の基地としての機能に支障をきたさない限度で、可能な限り運航対策を考えようとしているものであることが窺え、運航規制としてはさほど厳格なものとはいえない。また、右(二)の三者連絡協議会の合意事項についても、その後曲技飛行の禁止が守られないなどのことがあるようであって(<書証番号略>)、その合意事項が米軍側に十分周知徹底しているかどうかについて疑問の余地がないではない。
もっとも、前記第三の一「航空機騒音」で検討したとおり、休日や早朝、深夜における騒音量は、全体としての騒音量に占める割合からみる限りにおいては比較的少ないといえるから、本件飛行場の軍事空港としての性格に照らして考えるならば、これらの運航規制も一応の効果をあげているとみることができないではない。しかし、これらの運航規制が実施される以前の騒音測定結果が乏しい(たとえば、早朝、夜間の騒音量については、昭和五〇年(<書証番号略>)、昭和五二年(<書証番号略>)にそれぞれなされた騒音調査の結果があるが、いずれも一日間の測定であって、これらのみから右運航規制実施前の早朝夜間の騒音量の一般的傾向を推認するのは困難である。)こととの関係でその効果がどこまでのものであるのかは明確にはかりがたいうえ、前記のとおり、本件における休日や早朝、深夜の騒音量は、ことに本件飛行場に近接した騒音の激しい地域においては、人間の生活において通常高い静謐さが要求される休日や早朝、深夜の騒音量としては、決して少なくないものであることを考えると、これら運航規制が被告が強調するような大きな効果をあげているということは困難である。
以上によると、本件飛行場について、被告や米軍が運航対策の面で本件飛行場の騒音の低減に一応の努力をしていることは認められないではないが、騒音被害の軽減のために十分に実効性のある運航対策がとられており、あるいはその実現のために被告から米軍側に十分な働きかけがなされてきたとはいい難い(この点についても、事態の改善のために、今後一層の努力が被告に対して望まれるところである。)。したがって、かかる対策によって現実に騒音が軽減したとすれば、これをその限度において評価すれば十分であると考えられ(運航対策を行った結果としての現実の騒音量は、前記第三の一「航空機騒音」で検討したとおりである。)、かかる運航対策を実施していることそれ自体を一般的な違法性ないし受忍限度の判断の事情としてまで考慮することは困難であるといわざるをえない。
第六違法性(受忍限度)
一はじめに
前記第二の三1「民事特別法二条について」で検討したとおり、原告らが本件損害賠償請求の根拠とする民事特別法二条に基づく損害賠償請求が認められるためには、本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音等によって、原告らに対し受忍限度を超えた被害を発生させたことが必要であると解される。言い換えれば、民事特別法二条にいう設置又は管理の瑕疵の有無(違法性)の判断は、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容をはじめとする後記のような諸要素の総合的な考察を前提としてされるべきであり、原告ら主張のように権利侵害があれば違法性阻却事由がない限りただちに損害賠償請求が認められなければならないとはいえない。
すなわち、被侵害利益の権利性は必ずしも一切の利益衡量を排するものではなく、ただ重大な権利侵害の場合には利益衡量が極度に制約され、事実上違法性の推定される場合がありうると解することで違法性判断の枠組として問題はないと考えられるところ、これを本件に即して考えるに、本件において侵害行為として認められるものは、航空機騒音及びこれに伴う振動であり、また、原告らの被害については、前記のとおり聴覚被害やその他の健康被害といった身体的被害ないしその危険性についてはこれを求めることができず、被害として認められるものは、生活妨害、睡眠妨害、精神的被害といった日常生活上の不利益にとどまるところ、騒音は、程度の差はあれ、多くの社会経済活動によって発せられる可能性のあるものであるから、これが生命、身体に直接明確な被害をもたらすような場合(これにより生命侵害あるいは通常の意味での疾病をきたす場合)には前記のように利益衡量が極度に制約される場合がありうるとしても、日常生活上の不利益が生じるにとどまる場合については、被侵害利益の性質と内容を検討するについて、そうした生活利益が人たるに値する生活を営むための重要な前提ないし要素となるものであることが考慮さるべきことはもちろんであるが、これがあるからといってただちに違法性判断にあたっての利益衡量が大幅に制限されるとまで解すべきではなく、原則にのっとって、関係する諸要素の総合的判断によって受忍限度を決することが合理的でありかつ相当でもあると考えられるのである。
これを具体的にいえば、右受忍限度を決するにあたっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察して判断すべきものであると考えられる(最高裁昭和五一年(オ)第三九五号、同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁)。
そして、これら諸要素の中心となる要素は、何よりも侵害行為の態様とその程度及び被侵害利益の性質と内容であり、原則としてこれらの判断によって基本的な受忍限度が画されるものと考えられる。これらの具体的な態様については、前記第三「侵害行為」、第四「被害」で既に詳細に認定したところである。次に、公共性や加害者の被害防止軽減措置の内容と程度等は、そのいかんにより(騒音対策についてみると、具体的には前記第五「騒音対策」において認定した態様と程度において)右受忍限度を高める要素として考慮されるべきものと解する。また、後述のとおり、具体的な受忍限度を定めるにあたっては、行政上の指針たる環境基準が重要な資料の一つとなるものと解される。ところで、右にも述べたとおり右の諸事情及びその評価については、公共性及び環境基準の点を除き、既に詳細に認定検討したところであるから、この項では、まず公共性及び環境基準について検討したうえで、前記の諸事情を右のような順序で総合的に考慮し、評価することによって、具体的な受忍限度の判断を行うこととする。
二公共性
侵害行為の発生源たる社会経済活動に公共性(社会的、経済的有用性)がある場合、生命、身体に被害が及ぶようなときは別異に解する余地がありうるとしても、そうでないときは、被害者もまたこれらの活動によって利益を受ける社会の一員として、これを受忍すべき限度が高まるものといえ、一般的にいえば、公共性が高いほど受忍限度も高まるものといえる。このことは、純粋に私的な経済活動(たとえば遊戯場の経営)によって被害が生じた場合と公共性を有する社会活動(たとえば学校の設置)によって被害が生じた場合とを比較してみれば容易に理解しうるところである。しかし、ことに損害賠償請求においては、発生した損害を公平に分担させるという観点からの考慮が重要であって、公共性をあまりに強調しすぎると、当該活動によって利益を受ける社会一般と、当該活動によって被害を受ける一部の者との間に無視しがたい社会的不公平が生じることになるから、公共性は、損害賠償請求との関係でも受忍限度を若干高めはするが、それにはおのずから限度があるものというべきである。
すなわち、原告らを含む本件飛行場周辺住民が本件飛行場の存在によって受ける利益は国防に関して国民全体が等しく享受する一般的なものであり、その程度も他の国民と同等のものであるのに対し、右住民がこれによって被る不利益は、日常生活上の不利益にとどまるとはいえ、ことに本件飛行場に近接した騒音の激しい地域においては非常に程度の高いものであり、しかも、これら住民が本件飛行場の存在によって受ける利益とこれによって被る被害との間には、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うといった関係が成りたたないことも明らかで、結局、前記の公共的利益の実現は、前記のとおり、原告らを含む本件飛行場周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲のうえでのみ可能なものということができ、そこに見すごすことのできない不公平が存在することを否定できないのである(前掲最高裁大法廷判決参照)。
また、損害賠償請求においては、本件飛行場における航空機の運航の禁止制限が問題になっているわけではなく、受忍限度の判断にあたって、極めて限定された範囲内で公共性を評価するにとどまるものである。そうすると、このような観点から公共性を評価するにあたり、その内容について立ち入った分析や検討を加えることは、結局のところ、本件損害賠償請求の主要な争点からはずれて、本件飛行場の軍事政策上の具体的な適地性や有用性、ひいては被告の軍事政策全般の相当性や合理性等についての際限のない論争を招くことになって適切ではなく、したがって、前記請求との関係で公共性を論ずるにあたっては、これを一般的かつ類型的に考察することで必要にして十分と考えられる。そこで、以下、右のような観点から本件飛行場の公共性について検討することとする。
本件飛行場は、わが国の安全並びに極東地域の平和及び安全の維持に寄与するという目的のもとに、安保条約によって米軍に使用が許されたものである(安保条約六条一項)から、米軍の管理下にあるものではあるが、わが国の国防上の重要な施設であるということができる。また、その規模や適地性については、これが軍事施設であることから、基本的には、国際情勢等をふまえたわが国の政治部門の高度の政策判断を尊重すべきものであるところ、本件においてこれを格別不合理とするような事情は認められない。したがって、本件飛行場における航空機の運航活動全般について、一般的な意味での公共性を認めることができることは明らかである。
次に、右の公共性の程度について考えるに、まず、平時においては、国防に他の公共諸部門に優先した特別高度な公共性を認めるべき根拠は必ずしも見い出し難く、この観点からは、本件飛行場の公共性は、基本的には、民間の公共用飛行場のそれと同程度のものであると考えられる。
しかし、国防においては、有事に備えるためには平時における日常の訓練と不断の警戒が重要であることも否定できず、この観点からみると、本件飛行場のような軍事飛行場の使用のあり方を民間飛行場と全く同一の水準で考えることにはいささか無理があり、こうした点についての国防という行政部門の特殊な性格を合理的かつ相当な範囲内で考慮する必要があることもまた否定し難い事実である。
そうすると、結局、本件飛行場の有する公共性は、基本的には民間飛行場のそれと同程度のものであるが、その使用のあり方については、これを民間飛行場のそれと全く同一の水準で考えることまではできず、このことが、結果的には、たとえば航空機の運航を民間飛行場のそれのように規則的なスケジュールに従わせることの困難さが定型的に予想されるといった意味合いから、受忍限度の判断に若干影響することはありうると考えられる。
しかしながら、後記四「本件における受忍限度の基準値」でも説示するとおり、損害賠償請求においてはこの相違をあまり強調すべきではないであろう。
三環境基準
1 証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 昭和四二年八月三日に公布、施行された公害対策基本法は、公害防止に関する施策の基本となる事項を定めることなどにより公害対策の総合的推進を図ることを目的として制定されたもので、事業者等に対する直接の、かつ具体的な規制措置を定めたものではないが、行政上の規制措置、公害対策推進の基本的指針とするため、同法九条において、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい環境基準を定めることを政府に要求している。右環境基準は、許容限度又は受忍限度を示すものではなく、より高度な「望ましい基準」を定め、将来に向かっての行政上の政策目標とするものである。
(二) これを受けて、政府は、まず、昭和四六年五月二五日閣議決定により「騒音に係る環境基準」を設定した。
その内容は以下のとおりである。
騒音に係る環境基準(昭和四六年五月二五日閣議決定)
環境基準は、地域の類型および時間の区分ごとに次表の基準値の欄に掲げるとおりとする。
地域の類型
時間の区分
該当地域
昼間
朝・夕
夜間
AA
四五ホン(A)以下
四〇ホン(A)以下
三五ホン(A)以下
環境基準に係る水域及び地域の指定権限の委任に関する政令(昭和四六年政令第一五九号)第二項の規定に基づき都道府県知事が地域の区分ごとに指定する地域
A
五〇ホン(A)以下
四五ホン(A)以下
四〇ホン(A)以下
B
六〇ホン(A)以下
五五ホン(A)以下
五〇ホン(A)以下
(注) 1 AAをあてはめる地域は療養施設が集合して設置される地域などとくに静穏を要する地域とすること。
2 Aをあてはめる地域は主として住居の用に供される地域とすること。
3 Bをあてはめる地域は相当数の住居と併せて商業、工業等の用に供される地域とすること。
地域の区分
時間の区分
昼間
朝・夕
夜間
A地域のうち二車線を有する道路に面する地域
五五ホン(A)以下
五〇ホン(A)以下
四五ホン(A)以下
A地域のうち二車線を越える車線を有する道路に面する地域
六〇ホン(A)以下
五五ホン(A)以下
五〇ホン(A)以下
B地域のうち二車線以下の車線を有する道路に面する地域
六五ホン(A)以下
六〇ホン(A)以下
五五ホン(A)以下
B地域のうち二車線を越える車線を有する道路に面する地域
六五ホン(A)以下
六五ホン(A)以下
六〇ホン(A)以下
ただし、次表に掲げる地域に該当する地域(以下「道路に面する地域」という。)についてはその環境基準は右表によらず次表の基準値の欄に掲げるとおりとする。
備考 車線とは一縦列の自動車が安全かつ円滑に走行するために必要な一定の幅員を有する帯状の車道部分をいう。
すなわち、通常の住居地域の基準値は四〇ないし五〇ホン以下、商工業地域に準じる地域の基準値は五〇ないし六〇ホン以下であり、道路に面する地域では五ないし一〇ホンの範囲でこれが緩和され、結局、通常の住居地域の上限値は六〇ホン、商工業地域に準じる地域の上限値は六五ホンとされている。もっとも、右環境基準は、航空機騒音、鉄道騒音及び建設作業騒音には適用しないものとされた。
(三) 次いで、昭和四六年九月二七日、環境庁長官は、中央公害対策審議会に対し、航空機騒音等特殊騒音に係る環境基準の設定について諮問し、右諮問を受けた同審議会は、その分科会である騒音振動部会特殊騒音専門委員会にこれを検討させ、昭和四六年一二月一八日、その結果の報告を受けた。
右報告は、航空機騒音対策の指針を、①夜間特に深夜における航空機の発着回数を制限し、静穏の保持を図るものとすること、②空港周辺において、航空機騒音が、一日の飛行回数を一〇〇機から二〇〇機として、ピークレベルのパワー平均で九〇ホン(A)以上に相当する地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずるものとすることとしている(これはWECPNLで八五、NNIで五五にあたる。WECPNL八五、NNI五五を基準として飛行回数N及びピークレベルのパワー平均(単位ホン(A))との相関をみると次のとおりである。)。
WECPNL
飛行回数N
ピークレベルの
パワー平均
(ホン(A))
NNI
八五
五〇~一〇〇
九五
五五
一〇〇~二〇〇
九〇
二〇〇~四〇〇
八五
右報告は、その理由として、横田、大阪及びロンドン空港において、NNI五五の地域では、「やかましさ」の五段階評価で評点四以上の訴え率九五パーセント、会話、電話、テレビ等の聴取妨害の訴え率八〇ないし九〇パーセント以上、読書、思考等の妨害の訴え率七〇パーセント以上、情緒影響の訴え率九〇パーセント以上となっており、フランス、オランダでも同様の傾向を示したことから、NNI五五(前記のとおり、一日の飛行回数を一〇〇ないし二〇〇とすればWECPNL八五にあたる。)以上の地域を緊急に騒音障害防止措置を講ずべき地域として提示したとしている。
中央公害対策審議会は、右報告を受けて、昭和四六年一二月二七日、環境庁長官に対し、主として東京及び大阪両国際空港周辺地域における航空機騒音被害に対処するため、WECPNL八五以上の地域について緊急に騒音障害防止措置に講ずべきである旨の答申をし、環境庁長官は、翌二八日、運輸大臣に対し、これとほぼ同旨の勧告をした。
(四) さらに、昭和四八年四月一二日、前記特殊騒音専門委員会は、航空機騒音に係る環境基準について、環境基準の指針値はWECPNL七〇以下とする(ただし、商工業の用に供される地域においては、WECPNL七五以下とする。)旨報告した。中央公害対策審議会は、右報告を受けて、昭和四八年一二月六日、環境庁長官に対し、ほぼ同旨(ただし、地域類型については地域の類型Ⅰ―都市計画法にいう第一種住居専用地域及び第二種住居専用地域等、主として住居の用に供される地域―と、地域の類型Ⅱ―その他の地域―とに分けた。)の答申をし、環境庁長官は、昭和四八年一二月二七日、右答申とほぼ同旨の「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和四八年環境庁告示第一五四号。以下「昭和四八年環境基準」という。)を告示した。
昭和四八年環境基準は、飛行場周辺地域のうち、専ら住居の用に供される地域(地域の類型Ⅰ)においてはWECPNL七〇以下、類型Ⅰ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(地域の類型Ⅱ)においてはWECPNL七五以下を基準値として定め、飛行場の区分に応じて達成期間を定めている。これによると、たとえば、既設飛行場のうち福岡空港を除く第二種空港B(ターボジェット発動機を有する航空機が定期航空運送事業として離着陸する空港)及び新東京国際空港の周辺地域においては一〇年以内、新東京国際空港を除く第一種空港(東京国際空港及び大阪国際空港)及び福岡空港の周辺地域においては一〇年をこえる期間内に可及的速やかに右基準値をそれぞれ達成すべきものとされ、かつ前者の地域については、中間改善目標として五年以内にWECPNL値を八五未満とし、八五以上となる地域においては屋内で六五以下とすること、後者の地域においては、右五年以内に達成されるべき中間改善目標のほかに、一〇年以内にWECPNL値を七五未満とし、七五以上となる地域においては屋内で六〇以下とすることと定められている。環境基準が右のような値に定められたのは、聴力損失など人の健康に係る障害を防止することはもとより、日常生活において睡眠妨害、会話妨害、不快感などをきたさないことを基本目標とするとともに、航空機騒音の影響が広範囲に及ぶこと、その他輸送の国際性、安全性等種々の制約を考慮したことによるものである。すなわち、諸外国における調査研究から判断すると、NNIでおおむね三〇ないし四〇以下であれば航空機騒音による日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんど現れず、各国における建築制限等土地利用が制約される基準もこの値を上回っていることからして、環境基準の指針値としてはその中間値であるNNI三五以下であることが望ましいが、他方、航空機騒音については、その影響が広範囲に及ぶこと、技術的に騒音を低減することが困難であることその他輸送の国際性、安全性等の事情があるので、これらの点を総合的に勘案し、航空機騒音の環境基準としては右NNI三五と同等ないしこれよりやや高い値であるWECPNL値七〇以下とすることが適当であると判断されたものである(WECPNL七〇は、一日の飛行回数二〇〇の場合ほぼNNI四〇に、二五の場合ほぼNNI三五にあたる。)。なお、WECPNL値七〇は、道路騒音等一般騒音の中央値と比較した場合に、各種の生活妨害の訴え率からみると、ほぼ六〇デシベル(A)に相当し、また、一日の総騒音量でみると、連続騒音の七〇PNデシベルと等価であり、一般騒音のPNデシベルとデシベル(A)との差及びパワー平均と中央値との差を考慮すると、ほぼ一般騒音の中央値五五デシベル(A)に相当するとされる。そして、一般騒音に係る環境基準の値が地域類型別に定められていることから、航空機騒音に係るそれについても、類型Ⅰ、Ⅱの地域に区分し、類型Ⅰの地域の基準値を右WECPNL値七〇とするとともに、類型Ⅱの地域については、一般騒音についての基準値が前記のとおり中央値六五デシベル(A)を上限としているところから、訴え率からみてこれに相当するWECPNL値七五の値が採用されたものである。以上によると、比較的連続性の高い騒音と比較的間欠性の高い騒音という相違があるため、単純な比較の難しい面はあるものの、結局、航空機騒音に係る環境基準は、一般騒音に係る環境基準におおむね準じるような形で設定されたということができる(もっとも、比較するとこれよりは若干ゆるやかな数値となっているということができる。)。
なお、航空機騒音に関する環境基準の評価単位としては、各国において、NNI(英国)、NEF(米国)等様々なものが用いられていたが、昭和四六年に国際連合の下部機関であるICAO(国際民間航空機構)が、世界各国で用いられている評価単位に本質的な違いはないことから、これをより適切に評価する方法としてWECPNLを提案し、わが国でも国際単位ということでこれを環境基準に採用することとなったものである(以上のような経緯に鑑みると、後記四「本件における受忍限度の基準値」で説示するとおり、本件においてもこの単位を用いて受忍限度の範囲を画することが相当であると考えられる。)。
(五) 昭和四八年環境基準は、「自衛隊等が使用する飛行場の周辺地域においては、平均的な離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、当該飛行場と類似の条件にある飛行場の区分に準じて環境基準が達成され、又は維持されるように努めるものとする」旨定めていたが、防衛庁では、昭和五三年五月、本件飛行場を第一種空港相当として扱うこととした。
なお、沖縄県知事は、昭和六三年二月一六日、本件飛行場等の周辺地域について類型Ⅰ及びⅡの地域を指定した。これによると、都市計画法上の第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び用途地域として定められていない区域が類型Ⅰ、住居地域、近隣商業地域、商業地域、準工業地域及び工業地域が類型Ⅱとされている。
2 右「航空機騒音に係る環境基準」は、前記のとおり、その制定経緯から明らかなように、そもそも行政上の施策推進のための基本的基準の設定を目的として定められたものであり、当然に私法上の受忍限度を画するものではないが、その基準値設定の手法は私法上の受忍限度判断の手法と軌を一にするものがあるため、環境基準は、本件においても、具体的な受忍限度を定めるにあたって重要な資料の一つとして考慮されるべきであると考えられる。
すなわち、前記のとおり、本件航空機騒音による被害は、生活妨害等の本来主観的な形で把握される精神的被害であるところから、その性質上客観的な把握が困難であって、その被害の実情や程度を理解するためには、住民調査の結果等を学術研究の結果と並ぶ重要な証拠として評価していくこととならざるをえないところ、前記環境基準もまたこうした生活妨害等に対する住民の反応の程度についての調査研究の結果を中心的に考慮して具体的な基準値を定めているところである。
このように、環境基準の設定にあたっては、住民調査等を含む科学的調査研究の結果に基づき、さらに航空機騒音低減の技術的困難性や、輸送の国際性、安全性等の公共性に類する事情を考慮しているのであって、その設定のための判断の手法をみると、私法上の受忍限度の判断にあたって考慮されるべき要素として前記に掲げたものと似かよった要素を総合的に考慮して基準を設定しているものなのである。よって、かかる似かよった手法の下に行政上の各種公害対策推進の指針ないし目標として設定された環境基準は、受忍限度の判断において参考にされるべきものであると考えられる。
四本件における受忍限度の基準値
1 そこで、以上で個別に認定検討した諸事情をここで総合的に検討、考慮したうえ、本件航空機騒音及びこれに伴う振動が社会生活上受忍するのが相当と認められる限度を超えたものであるかどうか及びこれが肯定される場合の具体的な受忍限度の基準値について判断することとする。
まず、侵害行為の態様とその程度については、第三「侵害行為」において詳細に認定したとおりである。これによると、たとえば、右一3の北谷町砂辺の測定地点での一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数をみると約九〇回ないし一二五回(騒音持続時間約一時間強)という激しい騒音が発生しており、早朝、深夜の時間帯の騒音量についても、全体としての騒音量に占める割合からみる限りにおいては比較的少ないとはいえ、早朝の騒音発生回数は一日当たりほぼ四回前後、深夜のそれも一日当たり一、二回程度というもので、絶対量としてみるならば、人間の生活において通常高い静謐さが要求されるそれらの時間帯の騒音量としては決して少ないとはいえない騒音が発生しており、ここでの騒音の程度は相当激しいものというほかない。また、嘉手納町役場の測定地点においては、北谷町砂辺よりは低いものの、なお、かなり高い騒音が発生している。これに対して、北谷町役場の測定地点の騒音量は、それ自体としてみれば無視し難いレベルに達しているものの、右の二地点と比較するとそれほど高くはない。このように、本件飛行場に極めて近接した地点においてかなり激しい騒音が発生していることは疑いないものの、本件飛行場及び航空機の主要な飛行経路からある程度以上離れた地域での騒音量はこれと比較すればそれほど高くはなく、飛行場直近の騒音の激しい地域の騒音量とはかなり差があるものである。また、原告らの個々の住居における騒音量については、これを客観的に認定する資料に乏しく、結局のところ、その居住地に係る生活環境整備法上の区域指定におけるW値から推認するほかはない。
右WECPNL値による評価は、騒音レベル、発生頻度、昼夜等の時間帯による影響度の差異等を総合考慮して、間欠的な航空機騒音の人間に対する影響を把握しようとするもので、前記三「環境基準」1(四)で示したとおり、ICAO(国際民間航空機構)によって提唱され、わが国でも環境基準や生活環境整備法上に基づく区域指定に採用されることとなったもので、前記のとおり、現時点において最も信頼性の高い評価方式ということができる。また、本件証拠となっている本件飛行場又は他の同種飛行場周辺での騒音影響調査の多くが右区域指定におけるW値を考慮して住民の反応等の調査を行っていることに照らしても、右区域指定におけるWECPNL値を用いて受忍限度を決定する方式が最も相当である。なお、原告らの居住地における騒音の程度の実際は、本来ならば、右区域指定におけるWECPNL値ではなく、その基礎となった実際の測定値から計算によって算出された元々のWECPNL値を参考に判断すべきところであるが、これは、本件証拠上その詳細が明らかになっておらず、また、前記第三の一5「株式会社アコーテックの騒音調査結果」及び第五の二「周辺対策」1「概観」(六)に示したとおり、右区域指定の線引きは、おおむね実測により作成され、あるいはこれをもとにして計算によって作成されたコンター図に準じたものであり、また、仮にある地点の実測のWECPNL値が当該区域指定によるWECPNL値に達していなかったとしても、被告が、右地点について、周辺対策において当該WECPNL値以上の区域と同様の障害が発生しているものと評価して同等の対策を施すべきものとした以上、本件受忍限度の判断においても同等に扱うことは不合理ではないと思われるから、ここでは、以下、右区域指定におけるWECPNL値を用いて受忍限度を決定することとする。なお、前記第三の一5、第五の二1(四)に示したとおり、右区域指定におけるWECPNL値は、累積度数九〇パーセントに相当する飛行回数を一日の標準飛行回数とすることによって求めたもので、平均の飛行回数によって求めた場合よりもWECPNL値が増加する傾向にあるが、前記第三の一「航空機騒音」9「まとめ」(三)の木村翔らの研究結果等によれば、本件被害の内容をなす生活妨害等の精神的被害を理解するうえでは、右累積度数九〇パーセントに相当する飛行回数を一日の標準飛行回数とすることによって求めたWECPNL値をもって評価基準とすることが不合理といえないことは前述したとおりである。
さらに、原告らの被害の内容とその程度(これについても第四「被害」において詳細に認定したとおりである。)を検討するについても、右区域指定におけるW値を参考にして判断することが適切であると考えられるが、それは次のような理由からである。
すなわち、本件においては、聴覚被害やその他の健康被害といった身体的被害ないしその危険性についてはこれを認めることができず、被害として認められるものは、生活妨害、睡眠妨害、精神的被害といった日常生活上の不利益にとどまるものである。ところで、右生活妨害等の被害は、その程度を客観的に画定、表現することが困難であり、また、航空機騒音とそれによって生じる右のような被害との間にその関係を定量的に把握できるような厳密な意味での対応関係があるわけではない。それゆえ、原告らの被害の程度を正確に把握することは相当困難であるが、前記のとおり、本件又は他の同種の飛行場周辺において、WECPNLやNNI等の評価単位で表現された地域の騒音の程度が増大するにつれて当該地域における住民の否定的反応の程度が高まるという関係が共通して認められることに照らすと、こうした航空機騒音に関する評価単位を参考にして各地域住民の被害を推し量ることが、本件にあってはもっとも現実的かつ合理的であると認められるのである。
2 もっとも、区域指定上のWECPNL値を重視するといっても、現実の騒音の程度を評価するには、各日について算出したWECPNL値のパワー平均値あるいは騒音発生回数や騒音持続時間の平均値等にも十分注意を払う必要がある。これについては、前記第三の一「航空機騒音」9「まとめ」(三)において説示したとおり、各原告の住居ごとにこれらの数値が明らかになっているとはいえないが、これについては、第三の一3「北谷町及び嘉手納町の騒音測定記録による検討」で検討した三地点の測定値及び同4「沖縄県環境白書による検討」で検討した別紙第一一「沖縄県の調査による嘉手納飛行場周辺の航空機騒音推移状況(一)」及び別紙第一二「同(二)」記載の測定値のうち、原告らの居住地に係る生活環境整備法上の指定区域と同じ指定区域に属する測定点におけるWECPNL値、騒音発生回数や騒音持続時間といった数値を参考にして、各原告らの住居における数値を推測するほかないであろう。
これについては、既に前記第三の一の3、4等で詳細に認定したとおりであるが、要約すると、次のとおりである。すなわち、生活環境整備法上の区域指定におけるW値九五以上の地域(本件原告らの居住地域でみると、滑走路先端直近の一部の地域、別紙第一四「嘉手納飛行場に係る区域指定参考図」参照―以下同じ)では、WECPNLのパワー平均値でみてもかなり高く、個々の騒音レベル、また騒音発生回数や騒音持続時間とも大きい数値を示し、非常に激しい騒音が発生しているものであり、W値九〇以上九五未満の地域(本件飛行場北側直近あるいは本件飛行場滑走路先端付近のかなり限られた地域)では、これよりは若干劣るものの騒音発生回数や騒音持続時間からみる限り、ほぼこれに準じた騒音が発生している。W値八五以上九〇未満の地域(前記の各地域に比べると相当地域は広がるが、区域指定図からみて、おおむね、主たる航空機離着陸経路の直下ないしその周囲にあると推認される地域)では、騒音の程度は、地点によって相当の開きがあるものの、いずれの地点でもなおかなり高いものである。次にW値八〇以上八五未満の地域(右地域のさらに外側に位置し、区域指定図から推認される主たる航空機離着陸経路からはいくぶん離れている地域)では、騒音の程度にはやはり地点によって差があり、また、各地点、年度を通じて常に激しい騒音が発生しているとはいい難いものの、地点や年度によっては、W値八五以上九〇未満の地域よりも低いとはいえこれにさほど劣らない程度の騒音が発生していることが認められる。これに対して、W値七五以上八〇未満の地域(右地域のさらに外側に位置する地域)では、WECPNLのパワー平均値が前記の環境基準値の低いほうの値である七〇を上回ることは多くはなく、騒音発生回数や騒音持続時間の点からもそれほど激しい騒音に暴露されているとは認め難い。
3 その他の受忍限度に影響を及ぼす諸事情について検討する。
まず、本件飛行場の公共性については、前記二「公共性」で述べたとおり、平時においては、民間飛行場におけるそれと基本的には同程度の公共性が認められるにとどまり、これによって、本件受忍限度が若干高められはするものの、右受忍限度が損害賠償請求の関係で画されるものであることに鑑みるとその程度にはおのずから限度があり、これをそれほど重くみることはできないというべきである。
次に、本件飛行場周辺地域の地域性については、前記第三の一「航空機騒音」9「まとめ」(一)で述べたとおりであり、各原告の住居ごとの地域性については、その詳細が明らかではないものの、本件飛行場周辺地域は、基本的には住宅地域又は住宅と小規模の営業所が混在する地域であり幹線道路沿いの地域や一部の商業地域等を除けばおおむね比較的静穏な地域であって、日常の生活騒音と本件航空機騒音との差は相当大きく、したがって航空機騒音の及ぼす影響の大きいことが窺える。その他、地域の特性あるいは被害の回避可能性の観点から被告が本件損害賠償請求についての判断に影響するものと主張している「地域性の法理(ここでいう地域性とは、右に述べた都市計画上の用途地域のような地域性とは異質のもので、本件飛行場周辺地域が航空機騒音による影響を受ける地域であることについて社会的承認が形成されたというものである。)」及び「危険への接近の法理」については、後に項を改めて詳細に検討することとするが、要するに地域性の法理は採用できず、危険への接近の法理についても、せいぜい、第七の二「危険への接近の法理」に示す基準時点以降に本件損害賠償請求の認容される区域外から同区域内に転入した原告との関係で慰藉料減額事由として考慮さるべきものにとどまり、本件損害賠償請求の当否の判断には影響しない(受忍限度を判断する際の一般的な考慮要素とはならない。)と考えられる。
次に、被告の騒音対策についても、既に前記第五「騒音対策」で認定したとおりである。すなわち、周辺対策のうち、住宅防音については、新規工事一ないし二室については対象者中申請がない者を除いてほぼ実施済みということができ、追加工事(新規工事とあわせて五室限度)についても、原告らに関する限りはかなりの程度に達成されてはいるが、これについては、前記のとおり、その性質上、助成を受けた原告又は防音工事の行われた住宅に居住することによりその便益を受けた原告についても、その被害の一部を軽減するにとどまるものであって、これによって騒音被害の大部分が解消されたとまではいえない。したがって、これについては、せいぜい、住宅防音の便益を受けた原告について慰藉料減額事由として考慮すれば足りると解され、それ以上に、基本的な受忍限度自体を一般的に高める要素とみることはできない。
次に、移転補償措置についても、現実に移転補償措置を受けた原告についてその騒音軽減効果を考慮すべきことはもちろんであるが、その内容が前記のようなものにとどまる限りは、希望すれば移転補償措置が受けられるということ自体をもって、受忍限度自体を一般的に高める要素とみることは困難である。被告によるその他の周辺対策についても、これの達成のために被告が相当の努力をし、多額の予算を費やしていること自体は評価でき、また、これによって原告らの居住する地域の一般的な住環境自体が改善されていることは窺われるものではあるが、原告らの騒音による生活被害の軽減という観点からこれをみる限りは、いずれも間接的なものであるといわざるをえないから、受忍限度の判断においてはこれをそれほど大きく評価することはできない。また、音源対策については、一部機種について、あるいはエンジンテストについてこれが行われていることが認められ、これが騒音の軽減に何らかの形で寄与していること自体は推認できないではないが、その程度を具体的に明らかにする確たる証拠はない。運航対策については、いずれもそれほど厳格な運航規制といえるほどのものではないし、かかる規制が米軍に十分に周知徹底しているかについても疑問がないではない。そうすると、右各対策についても、これによって現実に騒音が軽減した限度において評価すれば足りると解され、これを実施していることのみをもって、受忍限度自体を一般的に高める事情と評価するわけにはいかない。
以上によると、結局、被告の騒音対策については、個々の原告につき、あるいは原告らを含む周辺住民全体につき生じた効果(後者については、音源対策や運航対策を行った結果としての騒音の実態について第三「侵害行為」で認定を行っているところから、既に評価の前提としての事情の中におりこみずみであるということができる。もっとも、その具体的な程度については、前記第五「騒音対策」に説示したとおり、これを明らかにする確たる証拠がなく、あるいはこれが乏しいといわざるをえない。)を離れて、これらの対策を行っていること自体をもって受忍限度を一般的に高める要素として考慮することは困難であるということになる。
4 そこで、以下、前記環境基準等を参考にしながら、本件における具体的な受忍限度の基準値を検討していくこととする。
最初に、昭和四八年環境基準における基準値が前記三「環境基準」1(四)のとおりWECPNL七〇ないし七五以下と定められていることについて検討する。右基準は、「人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」(公害対策基本法九条一項)であって、国が航空機騒音に関する総合的な施策を進めるうえで達成することが望ましい値を設定した行政上の指針であるから、右基準を超える騒音が直ちに違法性を有すると解することはできない。また、本件飛行場周辺地域のうち、生活環境整備法上の区域指定におけるW値八〇未満の地域における騒音の発生の実情をみるに、前記第三の一4「沖縄県環境白書による検討」で認定した各数値をみる限りでは、それほど激しい騒音に暴露されているとは認め難いことは、右の箇所及び前記2等で検討したとおりである。そして、本件証拠上、これ以外に、右区域指定におけるW値八〇未満の地域における騒音被害の状況を明らかにするような、ある程度広範囲にわたりかつ継続的な騒音測定記録等の客観的資料は見当たらず、結局、同地域において受忍限度を超えるような激しい騒音が発生していることを認めるに足りる十分な証拠はないといわざるをえない。
したがって、右区域指定におけるW値七〇あるいは七五といった数値をもって本件損害賠償請求についての受忍限度とすることはできない。
しかしながら、右環境基準において、本件飛行場がこれに相当するものとして扱われている(前記三1(五))第一種空港等につき五年以内に達成されるべき中間改善目標として掲げられたWECPNL八五未満という値については、そもそも、環境庁長官の運輸大臣に対する昭和四六年一二月の勧告(<書証番号略>)において、WECPNL八五以上の地域について、これらの地域における航空機騒音による生活妨害の訴えが甚だしいことを前提として、緊急に騒音障害防止措置を講ずべきものとされたことが重視されるべきである。また、防衛施設の周辺地域における周辺対策という点から検討しても、生活環境整備法四条、同法施行令八条、同法施行規則二条所定の第一種区域すなわち「自衛隊等の航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認めて防衛施設庁長官が指定する防衛施設の周辺の区域」の基準値が当初八五とされ、これを受けて本件飛行場周辺の地域においても、まず、昭和五三年一二月二八日の告示においてWECPNL八五以上の地域が防音工事助成措置の対象となる第一種区域として指定されており、このことも受忍限度の決定にあたって重視されるべきひとつの事情とみることができる。
加えて、本件飛行場周辺地域のうち、区域指定のW値八五以上の地域での騒音発生の実情をみても、相当激しい騒音が発生していることは、前記第三の一「航空機騒音」3、4及び前記2等で検討したとおりであって、これら地域での騒音による生活妨害等の被害がかなりの程度に達していることは明らかである。
そうすると、少なくとも、生活環境整備法上の区域指定におけるW値八五以上の地域に居住する原告らが本件飛行場に離着陸する航空機騒音等により被っている被害が受忍限度を超えたものであることは明らかであるといえる。
そこで、右検討の結果をふまえたうえで、前記一「はじめに」に掲げた諸事情を前記1ないし3に説示したところを前提として総合的に検討、考慮すると、結局、本件においては生活環境整備法上の区域指定におけるW値八〇以上の地域に居住し、又は居住していた原告らについて、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音等による被害が受忍限度を超え、右侵害行為が違法性を帯びるものと認めるのが相当である。
これは、前記第三の一「航空機騒音」3、4及び前記2等において検討したところによると、区域指定のW値八〇以上八五未満の地域における航空機騒音の程度も、各日について算出したW値のパワー平均値、一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音発生回数や一日当たりの七〇dB(A)以上の騒音持続時間の各平均値をみると、地域や年度によっては、区域指定のW値八五以上九〇未満の地域にさほど劣らない程度の騒音が発生しているものとみることができ、また前記第三の一3で認定した北谷町役場での七〇dB(A)以上の騒音のパワー平均値はかなり高い(すなわち、個々の騒音のレベルはかなり大きい。)ものであり、同所の一日当たりの七〇dB(A)以上の早朝、夜間の騒音発生回数の平均値をみても、頻度自体は低く、連日とまではいえないが(<書証番号略>)、早朝、夜間(ことに早朝)の騒音が継続して発生していること自体は明らかであり、以上を総合してみると、右地域においても、区域指定のW値八五以上九〇未満の地域にさほど劣らない程度の騒音が発生しているものとみることができるからである。もっとも、右各測定値を子細に検討すると、地域や年度によっては、受忍限度を超えるような激しい騒音にさらされているとみることができるか否かについて若干疑問のある数値が含まれていないではない。しかしながら、そのような数値のばらつきがあることを考慮に入れても、区域指定のW値八〇以上八五未満の地域を全体的、平均的にみた場合には、なお、相当の騒音が発生しているものとみてさしつかえないと考えられる。
そして、このことに加えて、本件飛行場周辺地域における騒音対策は必ずしも十分な進展をみせているとはいえず、むしろ移転措置に関する取り組みや運航対策については立ち遅れている面があること、また、騒音対策を環境基準との関連でみると、前記三「環境基準」1(五)に示したとおり、本件飛行場は昭和五三年五月から第一種空港相当として扱われ、かつ、昭和五八年一二月二六日までに前記三1(四)の昭和四八年環境基準の一〇年以内の中間改善目標を達成するよう努めることとされ(<書証番号略>―環境庁資料)、その後前記のとおり生活環境整備法上に基づく騒音対策も講じられてきたところであるが、それから約一五年を経た現時点での騒音の状況は前記のとおりであって、環境基準値はもちろん、中間改善目標の各数値すら達成されているとはいい難いこと、前記第四の四「精神的被害」3「考察」でも説示したとおり、本件飛行場の設置の経緯、被告国によって米国に提供された基地としての他に例をみない規模の大きさ等から、原告らを含む周辺住民が、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音等により、あるいは本件飛行場の存在に関連して生じるその他の様々な生活上の不利益により大きな精神的被害を被ってきたこと、原告らの被侵害利益は、身体的被害を含まないとはいえ、他人と円滑に会話をかわし、十分な睡眠や休養をとるなどの、平穏かつ快適な日常生活を享受する利益であって、人格権概念の外延に含めて考えるかあるいはこれに準じるようなものとしてとらえることができるようなものであること、その他本件においてこれまでに詳細に検討してきた諸般の事情を総合的に考察すると、本件においては、右のように受忍限度の基準値を画定することが相当と考えられるのである。
第七地域性の法理及び危険への接近の法理
一地域性の法理
被告は、本件飛行場は、昭和一九年の旧日本陸軍による飛行場開設によって防衛施設たる飛行場が維持、運用される地域としての特殊性が形成され、昭和二〇年四月に米軍に占領された後も一貫して防衛施設たる飛行場として維持、運用されてきたものであり、この間、昭和四二年に現在の二本の滑走路が完成するなど極東における米軍の最重要基地として整備され、沖縄のいわゆる本土復帰に際しても安保条約及び地位協定によって米軍に提供され、現在まで飛行場として維持、運用されているものであり、また、本件飛行場周辺地域が農村地帯から市街地ないしは住宅地域に変化したのは、本件飛行場の開設以降、かつこれを大きな要因としてのことであるから、遅くとも右復帰の日である昭和四七年五月一五日までには、本件飛行場周辺が航空機の離着陸等により相当程度の騒音にさらされる地域であることが、一般的、社会的に認識され、あまねく承認されていたものというべきであって、本件飛行場の高度の公共性等を考慮すれば、このような場合「地域性の法理」によって、同日以降については、本件飛行場周辺地域における航空機騒音の暴露等の侵害行為について違法を問いえない旨主張している。
しかしながら、被告のいうような理論が適用されるためには、右にいう社会的認識、承認に関し、単に本件飛行場周辺が航空機による強大な騒音等に暴露されている地域であることが広く一般に知れわたったというだけでは足りず、そのような事実が当該地域において社会的に容認されるとともに本件飛行場周辺住民は航空機騒音等を受忍すべきであるとの認識が国民一般に浸透し、これが定着することを要するというべきであると考えられる。そこで検討するに、確かに、本件飛行場周辺地域について、戦後、帰郷してきた戦前からの住民のほか、基地及び米軍関連の仕事を求めて、新たに人や事業所が集中するなどのことがあり、急速に市街化が進行した地域であるということができることは、前記第三の一「航空機騒音」9「まとめ」(一)で述べたとおりであるが、これは戦後の沖縄において他の産業が不振であったことが大きく影響しているのであって、本件飛行場がその周辺地域の都市化の大きな起因となったということのみからただちに本件航空機騒音による被害が当該地域において社会的に容認されたとみることはできない。また、証拠(<書証番号略>)によれば、本件飛行場周辺では、昭和四七年五月一五日の本土復帰前から、本件航空機騒音による被害を問題として、関係機関による騒音影響調査や騒音低減を求める社会運動も既に起こっていることが認められる(その詳細については、後記二「危険への接近の法理」で認定するとおりである。)。してみると、本件飛行場周辺住民は航空機騒音等を受忍すべきであるとの認識が本件飛行場周辺住民を含む国民一般に浸透し、これが定着したということもできず、他にそのような事実を認めるに足りる証拠はない。
よって、被告のいう地域性の法理に関する主張は採用できない。
二危険への接近の法理
被告は、遅くとも沖縄のいわゆる本土復帰の日である昭和四七年五月一五日以降に本件飛行場周辺地域に居住を開始した原告らについては、航空機騒音等の存在を認識しながらあえて住居を選定したものであって、航空機騒音等の被害の容認があったものと推定されるから、いわゆる危険への接近の法理の適用により、航空機騒音等による被害を受忍すべきであり、その損害賠償請求は否定されるべきであると主張する。
しかし、一般的にいって、本件原告らは、本件飛行場の近辺に居住することによって得られる何らかの利益(たとえば本件飛行場関連の仕事につくなど)を期待し、その利益をいわば代償として本件飛行場周辺地域に転入したわけではなく(本件においてそのような個別的かつ具体的な主張立証はない。)、それぞれが有する別個の固有の生活利益に基づいて本件飛行場周辺地域に転入したものであって、特段航空機騒音等による被害を容認する動機付けを有しているとは考えられないこと、被告側にも原告らに騒音による被害の容認を期待する合理的理由はないこと等に鑑みると、被告のいうような事情だけからただちに右被害の容認を推定することはできず、そうすると他に原告らにつき航空機騒音等による被害を容認して転入した事実を推定させるような特段の事情のない限り、右被害の容認を認めることは困難であると解されるところ、本件各証拠を検討してもそのような事情を認めることはできないから、かかる被告の主張はとることができない。
もっとも、本件のように騒音発生源に公共性が認められ、かつ、これによる被害が生活妨害等の日常生活上の不利益にとどまり、直接生命、身体にかかわるものとはいえないような場合において、損害賠償の対象となる区域の外に居住していた原告がその対象となる区域内に転入し、その際、右原告が転入先に騒音等による被害が存在することを認識し又は過失により認識していなかったような場合には、居住開始後に航空機騒音等の程度が格段に増大したなどの特段の事情のない限り、右原告は、あえて騒音地域に転入することによって、客観的には損害の発生に寄与したとみることができるから、損害の公平な分担という損害賠償法の理念に照らし、また理論的には過失相殺の法理を類推して、発生した損害の一部を右原告に負担させることが相当である(以下においては、発生した損害の一部を原告に負担させるこの法理を「危険への接近の法理」と呼ぶこととする。)。
そこで、まず、危険への接近の法理の適用の前提として、原告らにおいて本件飛行場周辺地域が激しい航空機騒音等にさらされる地域であることを認識しえた時期について判断するに、前記第三の一「航空機騒音」、とりわけその9「まとめ」(二)で述べたとおり、本件飛行場周辺地域の航空機騒音量の推移については、昭和五〇年ころ以前のそれについて明確に判断するための客観的資料が不足しているものの、原告ら本人尋問の結果によると、本件飛行場周辺地域は、ベトナム戦争のころからB―五二機等ジェット機の離着陸が多くなり、騒音が激しくなったようであって、右の箇所で説示したとおり、B―五二機が常駐していた昭和四三ないし昭和四五年ころの騒音量は、それより後の時期の騒音量を上回るものであったと思われるもの、昭和四六年ころから平成三年までの時間の騒音量は、おおむね横ばいであった(もっとも、昭和四六年ころから昭和五二年までの時期についてみると、時には、昭和五三年以降の騒音量を上回る場合もあった。)と推認されるものである。したがって、本件飛行場周辺地域は、前記本土復帰の日の相当前から、現在とあまり変わらないかあるいはそれを上回る程度の騒音量に暴露されていたと考えられる。航空機騒音に対する住民等の反応や自治体等関係機関の措置についてみても、証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によれば、昭和四〇年七月に嘉手納村爆音防止対策期成会(昭和四三年一二月に基地対策協議会に改称)が結成され、昭和四二年九月には同会の代表団が外務省に日米協議委員会で騒音問題を取り上げるよう要請を行ったこと、昭和四一年一二月には嘉手納中学校の防音工事が竣工するなど順次本件飛行場近隣地域の小中学校の防音工事が行われるようになったこと、昭和四二年一月にはコザ、石川保健所代理による騒音の人体に及ぼす影響調査(健康調査)が実施され、昭和四二年五月ころから自治体等による騒音調査が実施されたこと、昭和四二年一〇月には参議院沖縄調査団が騒音被害状況調査のため嘉手納村を訪れたことなどの事実が認められ、以上によると、本件飛行場周辺地域では、昭和四七年五月一五日の本土復帰前から、本件航空機騒音による被害を問題として騒音低減を求める抗議運動も起こり、また自治体等による調査も既に行われていたことが認められる。
してみると、遅くとも右本土復帰の日である昭和四七年五月一五日までには、本件飛行場周辺地域が激しい航空機騒音にさらされる地域であることが社会問題化し、かつ広く周知されるに至っていたものと認められる。
そうすると、同日以降に本件飛行場周辺の、本件損害賠償の対象となる区域内に転入した原告らは、転入先に航空機騒音等の被害が存在することを認識していたか、又は認識していなかったとしてもそのことに過失があると認めるのが相当である(以下、この昭和四七年五月一五日の時点を「基準時」ということがある。)。
なお、右基準時以降に右対象区域内に転入した原告らに関して、その居住開始後に航空機騒音等の程度が格段に増大したなどの特段の事情を認めることができないことは、騒音量の推移について前記第三の一で詳細に説示したところからも明らかである。
次に、危険への接近の法理が適用される場合の損害賠償額(慰藉料額)の減額の割合を検討するにあたっては、本件にあらわれた諸般の事情を検討すべきであるが、とりわけ、本件においては、原告ら陳述書等から窺われる沖縄ないし本件飛行場周辺地域(沖縄本島の中部地域)の特殊事情、すなわち居住に適する地域が比較的限られており、かつ、親族、知人間の関係等、地縁血縁の結合の程度が非常に高いこと、したがって騒音の激しい地域に転入した原告らについてもその転入についてそれなりの事情のある場合が多いこと等の本件事案の特殊事情をも考慮すべきであると考えられる。
そして、以上の諸事情を総合的に考慮するならば、右減額の割合は一五パーセントとするのが相当である。
なお、危険への接近の法理を適用するにあたっての具体的な要件については、後記第一〇「被告の責任及び損害賠償額の算定」の四3(一)で論じることとする。
第八消滅時効
一被告は、原告らに損害賠償請求権が発生しているとしても、第一次ないし第三次訴訟の各提起の三年以前に発生した損害についての請求権は時効により消滅したと主張し、本訴において右時効を援用する。一方、原告らは、本件航空機騒音等による被害は継続的に騒音に暴露されることによって次第に蓄積していくものであり、全体として包括して一個の損害とみるべきであって、日々時効が進行を始めると解することは適当でなく、鉱業法一一五条二項の類推適用によって時効は進行しないものと解すべきである旨主張する。そこで、この点について判断する。
本件侵害行為は、本件飛行場の供用に伴う間欠的な航空機騒音等の暴露であるところ、一つ一つの騒音等の暴露がそのつどただちに受忍限度を超えた不法行為となるとはいい難いから、ある程度の期間によりこれを包括的に評価して一個の不法行為とみるべきであろう。そして、航空機騒音等による原告らの被害がおおむね一日を単位とした種々の生活場面での妨害として把握できること、受忍限度の基準となる評価単位としたWECPNLは本来一日を単位として算定するものであることなどを考えると、本件航空機騒音等による被害は、基本的には、一日を単位として把握するのが相当である(ただし、右損害の具体的な評価、算定にあたっては、後記第一〇「被告の責任及び損害賠償額の算定」四1で説示するとおり、便宜上、一か月を単位として行うこととする。)。してみると、本件不法行為は日々新たに生じているものであって、これに対応する損害賠償請求権もまた日々新たに発生し、それぞれ別個に消滅時効にかかるものと解するのが相当である。これに対し、鉱業法一一五条二項は、損害の発生が進行中で未だその範囲や内容が確定しないような場合を想定した規定と解すべきであって、右のとおり、侵害行為自体は反復的であっても、各日ごとの損害の把握が可能な被害である本件被害についてこれを準用又は類推適用するのは適当でない。
二次に、民法七二四条にいう消滅時効の起算点である「損害及び加害者を知った時」について検討するに、前記第七の二「危険への接近の法理」で説示したとおり、本件飛行場周辺地域は、本土復帰の日の相当前から、本件飛行場に離着陸する米軍の航空機により現在とあまり変わらないかあるいはそれを上回る程度の騒音に暴露されていたと思われるうえ、本件飛行場周辺地域では、本土復帰前から、本件航空機騒音による被害を問題として騒音低減を求める抗議運動も起こり、また、自治体等による調査も既に行われていたことが認められる。また、本件飛行場は、本土復帰とともに、安保条約及び地位協定に基づく提供施設となったものであるところ、右のような事実に照らすと、本件飛行場がアメリカ合衆国に提供された事実も、その当時から、原告らを含む本件飛行場周辺住民に広く知られていたものと推認される。
ところで、被告は、「損害及び加害者を知った時」について、右に述べた本土復帰前の抗議運動等の事実に加えて、本土復帰直後の昭和四七年五月二〇日にB―五二機三機がグァム島の天候不順を理由に飛来したことを契機として、同年六月二八日嘉手納村議会において殺人的な爆音であるとして抗議決議が行われ、同年一〇月二八日にB―五二機の飛来に抗議する嘉手納村民大会が、同月二九日に同じく沖縄県民大会が開かれたことを根拠に、遅くとも右昭和四七年一〇月二九日の時点では、原告らは被告に対し損害賠償の請求をすることが可能なことを知っていたというべきである旨主張している。
確かに、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、右本土復帰直後の各抗議行動の事実が認められ(ただし、右昭和四七年一〇月二八、二九日の各大会が、航空機騒音の発生自体を中心的な問題として取り上げて開催されたものかどうかは必ずしも明らかではない。)、前記のような事情にこうした事情をもあわせて考えると、遅くとも被告が主張する右昭和四七年一〇月二九日の時点においては、原告らは、本件不法行為の損害及び加害者を知っていたものということができる(なお、本土復帰の時点以降の米軍の不法行為については民事特別法によって被告に対し損害賠償請求をすることができること―すなわち民事特別法の存在―それ自体については、民法七二四条の認識の対象には含まれないと解される―いわゆる法の不知の問題と解される。―が、前記のように本件飛行場周辺地域の騒音が本土復帰前から社会問題化しており、周辺住民の多様な抗議運動も行われていたことに照らすと、本土復帰の時点以降、原告らを含む本件飛行場周辺住民において右のような請求をなしうることを知ることは可能かつ容易なことであったものと推認することができる。)。
したがって、本件損害についての消滅時効は、昭和四七年一〇月二八日までに発生した損害については遅くとも同年一〇月二九日から、同日以降日々発生した損害についてはその日の翌日から、それぞれ消滅時効の進行が開始したものと解するのが相当である。また、前記の日以降に本件航空機騒音等が受忍限度を超える地域に転入してきた原告らについては、転入の時から消滅時効が進行するものというべきである。
三さらに、原告らは、被告が時効を援用することは権利の濫用として許されない旨主張するが、本件において原告らの提訴が遅れたことについて被告に特段責められるべき点があるとはいえないし、そのほか、本件において被告が時効を援用することが権利の濫用となるような特別な背信的事情があることを認めるに足りる証拠もない。よって、かかる原告らの主張は採用できない。
四そうすると、本訴提起の日であることが記録上明らかである、第一次訴訟については昭和五七年二月二六日から、第二次訴訟については昭和五八年二月二六日から、第三次訴訟については昭和六一年九月三〇日から、それぞれ三年前の応答日より前に(それぞれ、昭和五四年二月二五日以前、昭和五五年二月二五日以前、昭和五八年九月二九日以前)発生した被害についての原告らの損害賠償請求権は、民法七二四条所定の三年の期間の経過により時効消滅したものというべきである。よって、被告の消滅時効の主張は理由がある。
第九将来の損害賠償請求に係る訴えの適法性
民訴法二二六条は、あらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生じる可能性のある給付請求権のすべてについて右要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないものと解される(前掲最高裁大法廷判決)。
しかるに、本件においては、本件飛行場に離着陸する航空機により発生する将来の航空機訴訟等による侵害行為が違法性を帯びるか否かということ及びこれによる原告らの損害の有無、内容、程度は、今後の本件飛行場の使用状況の変化、被告によってなされる被害の防止、軽減のための諸方策の内容とその実施状況、個々の原告らに生じうべき種々の生活事情の変動等の複雑多様な諸因子によって左右されるところ、特に、本件飛行場の米軍基地としての使用のあり方は、今後の国際情勢の変動等の事情により変化する可能性があり、また、住宅防音、移転補償措置等の周辺対策の進展、個々の原告らの転居その他の生活事情の変動等についても、現時点では容易に予測できないところであるから、原告らが将来取得すると主張する損害賠償請求権の成否及び内容を現時点であらかじめ認定することは困難であり、かつ相当でもない。かかる損害賠償請求権は、それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成否及び内容を判断すべきものといわざるをえない。
したがって、原告らの損害賠償請求のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成四年一二月四日以降に生ずべき損害(この損害の賠償請求に関する弁護士費用相当損害を含む。)の賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠くから、不適法なものとして却下を免れない。
第一〇被告の責任及び損害賠償額の算定
一以上説示してきたところをまとめると、米軍は、その占有、管理する土地の工作物である本件飛行場の利用に起因して、本件航空機騒音等により、生活環境整備法上の区域指定においてWECPNL八〇以上として告示された区域(昭和五三年一二月二八日及び昭和五六年七月一八日の各防衛施設庁告示で第一種区域とされた地域)に居住し、又は以前居住していた(なお、原告らが居住していた当時には未だ区域指定の告示がなされていなかったがその後の告示によって右地域が指定区域に含まれることとなった場合も含む。以下同じ。)原告らに対し、受忍限度を超える生活妨害等の被害を与えているにもかかわらず、米軍又は被告において、被害の一部を軽減したのみで、原告らの被害を防止するに足る措置を講じないまま、本件飛行場をジェット戦闘機等強大な騒音を発生させる航空機の離着陸に継続的に使用してきたものであって、かつ、以上に認定したところによると、これら被害が予測しえない事由によるものであるとはいえないし、これを回避することができなかったともいえないから、結局、米軍の占有、管理する土地の工作物である本件飛行場の設置又は管理に瑕疵があるものというべきであり、したがって、被告は、民事特別法二条に基づき、前記原告らに対し、本件航空機騒音等によって右原告らが被った損害を賠償すべき責任がある。
二そこで、原告らの本件航空機騒音等による生活妨害等の被害に基づく具体的な慰藉料額について判断するに、以上に認定したとおり、原告らの被害は、居住地における航空機騒音の程度が増大するに従って増大する傾向があり、かつ、居住地における航空機騒音の程度は生活環境整備法上の区域指定におけるWECPNLの値を参考にして判断するのが適切であるといえるから、慰藉料額の算定にあたっては、右区域指定におけるWECPNLの値を基準にして段階的に評価するのが合理的である。したがって、原告らが、WECPNL八〇以上八五未満の地域(昭和五六年七月一八日の防衛施設庁告示で第一種区域とされた地域)、WECPNL八五以上九〇未満の地域(昭和五三年一二月二八日の防衛施設庁告示で第一種区域とされた地域で、かつ、後記第二種、第三種区域に含まれない地域)、WECPNL九〇以上九五未満の地域(右昭和五三年の告示で第二種区域とされた地域で、かつ、後記第三種区域に含まれない地域)、WECPNL九五以上の地域(右昭和五三年の告示で第三種区域とされた地域)のうち、それぞれどの地域に居住し、又は以前居住していたかを考慮して慰藉料額を算定するのが相当である。
三当事者間に争いのない事実、証拠(<書証番号略>その他別紙第二「損害賠償額一覧表」の「備考」欄に掲げた各証拠。なお右に明示した証拠は「居住地」、「W値」、「賠償期間」欄の記載事項関係のものであり、その他の証拠はその他の記載事項についてのものである。)及び弁論の全趣旨によれば、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「原告氏名」欄記載の原告らは、前記のとおりの区分によるWECPNL八〇以上の地域に居住し、又は以前居住していた者であり、その居住地(ただし、「居住地」欄に、後記六の賠償期間にあたる期間の居住地のみを、年代順に示す。)、居住地の属する区域(「W値」欄に、WECPNL八〇以上八五未満を80、同八五以上九〇未満を85、同九〇以上九五未満を90、同九五以上を95と各記載する。)、当該居住地の居住期間(ただし、後記六の賠償期間にあたる居住期間のみを同表「賠償期間」欄に示す。なお、賠償期間中に死亡し、あるいは賠償期間中に、WECPNL八〇未満の地域へ転出した場合は、特に同表「居住地」欄にその旨を示す。)その他防音工事の実施とその室数等の同表記載の事実関係については、同表記載のとおりであることが認められる(なお、危険への接近の法理の適用の有無及び防音工事の助成による慰藉料の減額を行うか否かについての基準の詳細は後記四3に示すとおりである。また、別紙第二の記載事項の詳細については、同別紙冒頭の「記載要領」欄において示すこととする。)。
四1 原告らの損害が日々発生していると理解すべきことは前記第八「消滅時効」で述べたとおりであるが、原告らの請求が一か月を単位としていること、具体的な賠償金額についてもこれを一日単位で計算すると計算が非常に煩瑣なものとなること、原告らの損害の賠償期間は相当長期にわたっているので、慰藉料の算定という見地からはこれを月単位で把握していくほうが合理的と考えられることに照らし、原告らの損害は、一か月を単位として評価、算定することとする。
2 前記認定の騒音被害の程度、内容その他本件にあらわれた一切の事情を総合考慮し、一か月当たりの慰藉料額は、基本的には、生活環境整備法上の区域指定におけるW値ごとに段階を分けて、次のとおりの金額と定めるのが相当である。
(一) 右WECPNL八〇以上八五未満の地域 三〇〇〇円
(二) 右WECPNL八五以上九〇未満の地域 七〇〇〇円
(三) 右WECPNL九〇以上九五未満の地域 一万二〇〇〇円
(四) 右WECPNL九五以上の地域 一万八〇〇〇円
3 前記のとおり、危険への接近及び防音工事の助成を慰藉料減額事由として考慮すべきである。
(一) 原告らのうち、危険への接近の法理が適用される者については、前記第七の二に示したとおり、一五パーセントの割合で慰藉料額を減額するのが相当であるが、危険への接近の法理を適用するにあたっての具体的な要件については、以下のとおりとする。
(1) 危険への接近の法理は、昭和四七年五月一五日の基準時以降に、損害賠償の対象となる区域外からその対象となる区域(以下「対象区域」という。)内に転入した原告らについて適用すべきである。そして、これは、基準時に対象区域外に居住していた原告が基準時後に対象区域内に転入した場合のみならず、基準時においては対象区域内に居住していた原告がその後対象区域外に移転してそこに一定程度の期間居住した後に再度対象区域内に転入した場合をも含むものと解すべきである。転入により損害の発生に寄与したという観点からみる限り、この二つの場合を区別すべき根拠は乏しいからである(もっとも、後記のとおり、同一住所に帰ったことが立証された場合には、区域外に転出していた期間があまり長期間にわたらない限り、これを接近とみないことが相当であろう。)。
(2) 次に、損害の公平な分担という理念からすると、対象区域外で一定期間安定した生活を営んでいた原告らが対象区域内に転入した場合に、はじめて、あえて騒音の激しい地域に転入したと評価することが可能となり、損害賠償額の減額が正当化されるといえるから、危険への接近の法理を適用するためには、転入前に原告らが対象区域外に少なくとも三年間は連続して居住していたことを要すると解するのが相当である。そして、対象区域外で三年間居住していたと認められるためには、必ずしも同一の住所で三年間居住するまでの必要はなく、複数の居住地での生活の期間を合計したものが三年間以上に達すれば足りると解される。
(3) 以上を要するに、危険への接近の法理が適用されるためには、被告において、当該原告が、対象区域外に三年間以上居住した後に、かつ、基準時以降の時点において、対象区域内に転入したことを立証する必要があるというべきである。したがって、原告らの主張上、対象区域内における居住期間の始期の特定が基準時以降となっている原告らについても、これ以前の居住地や居住期間が不明であって、対象区域外に三年間以上居住した後に対象区域内に転入したと認めるに足りる積極的な根拠がない場合には、危険への接近の法理は適用されないこととなる。
(4) なお、ある転入について危険への接近の法理が適用される場合には、その後対象区域内でよりW値の低い地域へ移動したような場合(その移動のみをとらえると、損害はむしろ減少している。)であっても、対象区域外からの転入後のこれらの居住関係をすべて包括して、対象区域外からの接近に近づく居住と評価すべきことはもちろんである。
(5) 対象区域外から対象区域内への転入であっても、右転入が対象区域外で居住する以前の居住地と同一の住所への再転入であり、かつ再び同一住所に戻ってくるまでの転出期間があまり長期間にわたらないような場合(対象区域内で居住して後、いったん対象区域外に転出し、その後に対象区域内の従前と同一の住所に転入する場合)には、一般的にいって生活の根拠又は基盤が右住所に残っているものと考えられ、生活の基盤等が残っているのであれば、その地に再転入することは定型的にやむをえない(すなわち、再転入を新たな接近とは評価できない。)と考えられるから、このような場合に損害発生を回避することを原告に期待することは相当でない。したがって、右のような場合には定型的に損害回避可能性が乏しいものと評価して、特段の事情がない限り危険への接近の法理を適用しないこととする。また、生活の根拠又は基盤の残存という観点からみて、対象区域外で居住する以前の居住地の住所と事実上同一視しうるような住所(分筆により枝番が付き又は合筆により枝番がなくなった住所や、番地の番号が一番しか違わない住所の場合)に再転入した場合も、これと同様に考えることとする。そして、右の転出期間については、それが七年間以内にとどまる限り一時的なものと認めることとする。右の事情は、いわば危険への接近の法理の適用についての再抗弁事実と考えられるから、その立証責任は原告らが負担すべきである(なお、この点については、別紙第四「原告ら居住地等一覧表」の記載に原告らの最終準備書面の主張をあわせ考えると、一応の具体的主張がされているとみてよいと思われる。)。
(6) また、原告らは、原告らが本件飛行場周辺地域に転入してきたやむをえない事情として、結婚、家族の扶養看護、転職等によって転入を余儀なくされたこと、親からの贈与や相続等によって土地、建物を取得したことなどを挙げて、これらの事情を個別に考慮すべきであると主張する。しかし、そもそも、一般的にいって、原告らが騒音の激しい地域に転入してくるについては、騒音による被害よりも当該地域に居住することによって得られる各自の様々な生活利益をより重視した結果であろうと思われるから、転入するについて原告らの主張するような理由があったとしても、そうした一般的な事情があるだけでただちに右のような転入について損害回避可能性が乏しいとまで評価することは困難である。したがって、これについて危険への接近の法理の適用を否定することは相当でない。もっとも、対象区域内に転入するについて高度の必要性があることを具体的に根拠付けるような特段の事情が認められる場合(例としては、重病の肉親の看護のために転入せざるをえないような場合や基準時以前に既に対象区域内に購入していた土地に新たに建物を建築して転入する場合などが考えられる。)には、損害回避可能性が乏しいものと認めるのが相当であるから、個別的に危険への接近の法理の適用を否定すべきであろう。右の事情も危険への接近の法理についての再抗弁事実と考えられる。
ところで、本件原告らのこの点についての主張をみると、原告氏名を具体的に特定することなく、単に原告ら全般について前記のようなごく一般的な事情を網羅的に主張するにすぎず、特定の原告について前記のような特段の事情を個別具体的に主張してはいないし、この点についての、たとえば診断書や登記簿謄本等の客観的な書証をもまじえた具体的な立証活動も行われておらず、こうした事情についての原告らの陳述書等の記載等もその点を特に意識してされたものとは考えられず、たとえこれがある場合でも極めて一般的かつ簡単な記載にとどまっている。
そうすると、本件において、右の特段の事情についての十分な主張立証があったとみることは一般的にいえば困難であるから、原則として、このような事情を斟酌することはできないといわねばならない。
ただし、証拠(<書証番号略>、原告大湾近常本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、昭和二八年ころ、読谷村字渡具知及びその周辺の土地が米軍の通信施設建設の目的で強制収用され、原告波平勝(原告番号二七七)、同大湾近常(同番号二八九)、同漢那清榮(同七六七)、同渡具知勇(同七六九)及び同知念輝光(同七八一)の五名は、そのために同地域から退去せざるをえなくなり、また、原告大湾勇(原告番号二九〇)は、その両親が右の強制収用を理由に読谷村字渡具知を退去して後の昭和三五年に同村字大湾で出生し、右六名の原告は、昭和四八年九月に右地域が返還された後に右地域に転入したことが認められるから、右六名の原告については、右区域に転入することについて高度の必要性があると認めるのが相当であり、危険への接近の法理を適用しないこととする(右六名の原告については、危険への接近の法理を適用しない特別の事情が存在することが証拠上明らかであり、また、前記の証拠や原告らの最終準備書面の主張を検討すると、右のような事情については、これが包括的に主張されているとみることができないではないから、この点については、特に個別的事情を考慮することとする。なお、右の特別の事情は、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「記載要領」及び「備考」欄に表示する。)。
(7) なお、危険への接近の法理の適用の有無について特別な事情がある場合については、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「記載要領」ないし「備考」欄に適宜判断の根拠を示すこととする。
(二) 原告らのうち、助成にかかる住宅防音工事の便益を受けた者については、防音室数に応じた一定程度の被害の減少があるものとして、その便益を受けた期間に生じた慰藉料額を減額する。これを詳説すると、以下のとおりである。
(1) 住宅防音工事の補助事業者となっている原告らについては、弁論の全趣旨によれば、右原告ら自らが実際に居住していた建物について当該防音工事完成時に防音工事を行ったものと認めるのが相当である(なお、弁論の全趣旨によれば、別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所は単に原告らの提訴時住所を記載したにとどまり、右住所上の建物について防音工事が行われたとの趣旨の記載ではないものと認められる。)。したがって、右原告らについては、当該防音工事完成時以降に原告らが右建物に居住していたと認められる期間について右住宅防音工事による便益を受けたものと認め、慰藉料額を減額することとする。
なお、住宅防音工事の補助事業者となっている原告らの中には、当該防音工事完成時における別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の居住地(住所)とは異なる場所において、原告らが当時実際に居住していた建物に防音工事を行ったのではないかと考えられる者も若干名存在するが、その場合にも、原告らが右「居住地」欄記載の居住地に居住していたことについては当事者に争いがないのであるから、この争いのない事実を前提として、右居住地において防音工事を行ったものとして取り扱い、当該防音工事完成時以降に右居住地に居住したと認められる期間について慰藉料額を減額することとする。
また、住宅防音工事の補助事業者となっている原告らの中に、仮に自らが実際に居住していた建物以外の建物について防音工事を行った原告らがあったとしても、右原告らは自らが実際に居住していた建物に防音工事を行うことが可能であったにもかかわらずあえてそうしなかったといえるのであるから、これを住宅防音工事の便益を受けた者とみなし、少なくとも別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地において右時点以降に居住した期間については慰藉料額を減額するのが相当である。
右のとおりであるから、結局、住宅防音工事の補助事業者となっている原告らの慰藉料額の算定にあたっては、右原告らが右「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地において右時点以降に居住した期間について慰藉料額を減額することになる。
(2) 住宅防音工事の補助事業者の親族に該当する原告らに関しては、弁論の全趣旨によれば、右補助事業者が別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所において当該防音工事完成時に防音工事を行ったものと認められる。そして、右原告らのうち、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地と別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所が一致する原告らについては、弁論の全趣旨によれば、右原告らが当該防音工事完成時に右居住地において当該防音工事の補助事業者と同居していたものと認めるのが相当である。したがって、右原告らは当該防音工事完成時に自らが実際に居住していた建物について当該防音工事を施されたものと認められ、特段の事情がない限り、右時点以降に原告らが右建物に居住していたと認められる期間について住宅防音工事による便益を受けたものと認め、慰藉料額を減額することとする。
次に、住宅防音工事の補助事業者の親族に該当する原告らのうち、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地(原告らがここに居住していたことについては当事者間に争いがない。)と別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所が一致しない原告らについては、右「居住地」に居住していた(したがって、防音工事の施された建物には居住していなかった)ものとみるのが相当であり、そうすると、原告らが居住していた建物に防音工事を施されたとは認められないから、慰藉料額を減額しないこととする。
また、住宅防音工事の補助事業者の親族に該当する原告らの中には、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地と別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所がともに同一番地内にありながら、その枝番の有無において食い違う者が若干名存在するが、弁論の全趣旨によれば、右原告らは当該防音工事完成時に自らが実際に居住していた建物に当該防音工事を施され、右建物は右「居住地」欄記載の右時点における居住地上に存在したものと認められる。したがって、右原告らについては当該防音工事完成時以降に原告らが右居住地に居住していたと認められる期間について慰藉料額を減額することとする。
以上のとおりであるから、住宅防音工事の補助事業者の親族に該当し、自らが居住していた建物に防音工事を施された原告らについては、右原告らが右「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地において右時点以降に居住した期間について慰藉料額を減額することになる。
(3) 住宅防音工事の補助事業者に対して借家人の関係にたつ原告ら、すなわち補助事業者から建物を賃借している原告ら(なお、原告島野功(原告番号五四六)については、別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「備考」欄に「大家」との記載があるが、弁論の全趣旨によれば、これは同原告が補助事業者に対して借家人の関係にたつとの趣旨の記載と認められる。)に関しては、弁論の全趣旨によれば、当該防音工事の補助事業者が、借家人である右原告らの同意を得たうえで、別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所において右原告らが賃借していた各建物に防音工事を行ったものと認められる。そして、右原告らのうち、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地と別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所が一致する原告らについては、弁論の全趣旨によれば、自らが実際に居住していた建物に当該防音工事を施されたものと認められるから、当該防音工事完成時以降に右建物に居住していたと認められる期間について右住宅防音工事による便益を受けたものと認め、慰藉料額を減額することとする(なお、右原告らのうち、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地と別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所がともに同一番地内にありながら、その枝番の有無において食い違う原告についても、親族の場合と同様に慰藉料額を減額する。)。
次に、住宅防音工事の補助事業者に対して借家人の関係にたつ原告らのうち、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「居住地」欄記載の当該防音工事完成時の居住地(原告らがここに居住していたことについては当事者間に争いがない。)と別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所が一致しない原告らについては、右「居住地」に居住していた(したがって、防音工事の施された建物には居住していなかった)ものとみるのが相当であり、そうすると、原告らが居住していた建物に防音工事を施されたとは認められないから、慰藉料額を減額しないこととする。
(4) 住宅防音工事の補助事業者が当該原告らに対して前居住者の関係にたつ原告らに関しては、弁論の全趣旨によれば、前居住者たる補助事業者が別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所において防音工事を行い、右原告らが、その後に、右工事が施された建物において居住を開始したものと認められる。したがって、当該防音工事完成時以降に原告らが右建物に居住していたと認められる期間について右住宅防音工事による便益を受けたものと認め、慰藉料額を減額することとする。
なお、住宅防音工事の補助事業者から建物を購入した原告については、弁論の全趣旨によれば、右補助事業者が別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所において住宅防音工事を行い、右原告が、その後に、右工事が施された建物を購入し右建物において居住を開始したものと認められるから、当該防音工事完成時以降に右建物に居住していたと認められる期間について右住宅防音工事による便益を受けたものと認め、慰藉料額を減額することとする。
(5) なお、住宅防音工事の助成による慰藉料額の減額を行うか否かの理由につき個別に説明を加えたほうがよいと思われる場合については、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「記載要領」ないし「備考」欄に適宜判断の根拠を示すこととする。
(6) 次に、慰藉料額の減額の割合について検討するに、防音工事の効果については、防音室数の増加に比例するとまではいえず、むしろ効果の増大は逓減的とも考えられないではない。また、室数増大によって空調設備の電気料金等や維持費が増大することも一応考慮すべきであろう。以上の諸事情を総合すると、最初の一室につき右慰藉料基準額の一〇パーセントを減額し、二室目以降については、一室増加するごとに五パーセントずつ減額率を大きくしていくのが相当である。
4 被告の移転補償措置を受けて生活環境整備法にいう第二種区域(すなわちWECPNL九〇以上の地域)外に転出した原告らについては、移転先が損害賠償の対象区域外であれば移転の時点から不法行為が不成立となるし、移転先がW値八〇以上九〇未満の地域であれば移転の時点からその地域に対応した損害賠償を受けうる(その限度で損害額が減少する)ことは当然である。
ところで、原告らのうちの三名(原告新里初子、松田忠之、照屋靜雄、原告番号は、それぞれ、四五、一二八及び六一四)は、それぞれ、前記の移転補償措置を受けて後に、これに基づいて第二種区域内(具体的なWECPNL値でみると、九〇以上九五未満の区域)に転居したものと認められる(なお、原告松田、照屋については、それぞれ、右転居前に短期間W値八五以上九〇未満の地域、損害賠償の対象区域外の地域に居住しているが、右居住は一時的な仮のものと推認される。また、右原告ら三名は、いずれも、従前はW値九五以上の区域に居住していたものである。)(<書証番号略>、弁論の全趣旨)。前記第五の二3「移転補償措置」(一)に示したとおり、右移転補償措置は、第二種区域の区域指定の際に同区域内に現存する建物等の所有者が、その建物等を区域外に移転し又は除却する場合に、その申出に基づき、建物等の移転補償をし、あるいはこれに加えて宅地等の買取りを行うという内容のものであるから、移転措置を受けながら第二種区域内に転居した右原告らについは、公平の観点から、移転措置に基づいて第二種区域外に転居した場合に生じうべき損害を超える損害についてはこれを引き受けるべきものと解され、したがって、右原告らについては、前記のW値九〇以上九五未満の地域への転居後の損害額の算定にあたっては、第二種区域外に転居した場合の最高の基本賠償額である前記2のW値八五以上九〇未満の地域の基本賠償額一か月当たり七〇〇〇円を基準として損害賠償額を算定することとする。
5 前記1のとおり一か月を単位として慰藉料額を定めるべきものとしたこと及びその根拠に照らし、一か月に満たない日数の処理及び月数計算については、次の処理によるのが合理的である。
すなわち、月数は、暦月を単位として計算することとし、居住地が同一であり、かつ前記慰藉料減額事由が一定であり、遅延損害金の起算日を同じくする損害賠償対象期間ごとに、その始期は、個々の原告についての後記六の賠償期間の最初の日、その後の転居に伴う転入の日、慰藉料が変動すべき事情の発生した日又は訴状送達日(この日を境として遅延損害金請求の始期が変わる。)の属する月(すなわち、別紙第二「損害賠償額一覧表」に示す個々の原告ごとの損害算定の基礎となる分断された各単位賠償期間の始期を含む月)の翌月の初日から起算し、その終期は、個々の原告についての後期六の賠償期間の最後の日、転居に伴う転出の日(死亡の場合はその死亡の日)、慰藉料が変動すべき事情の発生した日又は訴状送達日の属する月(すなわち、前記括弧で示した分断された各単位賠償期間の終期を含む月)の末日までとする。言い換えると、別紙第二「損害賠償額一覧表」に示す個々の原告ごとの損害算定の基礎となる分断された各単位賠償期間ごとに、その始期は事由発生日の属する月の翌月初日から起算し、その終期は、事由発生日の属する月の末日までとして計算を行う(たとえば、昭和六三年六月三日から平成三年五月二四日までの期間の場合には、昭和六三年七月一日から平成三年五月三一日までに置き換えて、月数を三五月と計算する。)。
五弁護士費用については、原告らが本件訴訟の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任したことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件訴訟の立証の難易度、原告ら代理人が本件において行った訴訟活動の内容、本件における認容額等の諸般の事情を勘案すると、前記慰藉料額の一〇パーセント相当の金額をもって、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である(なお、原告らの弁護士費用の請求には、本件損害賠償請求に関するものと本件差止請求に関するものとが含まれているようであるが、両者の具体的な割合については必ずしも明らかではない。しかし、本件差止請求の関係での分の弁護士費用―性格としては過去の損害賠償請求であると解される。―については理由がないものであるから、右に認容する弁護士費用は、性格としては、本件損害賠償請求の関係での分―その一部―にあたるものである。)。
六以上により、別紙第二「損害賠償額一覧表」の「原告氏名」欄記載の原告らに対する損害賠償額を算定すると、別紙第二「損害賠償額一覧表」中「損害賠償額(合計)」欄記載の各金員となる。なお、同表の記載事項の詳細、計算式や端数の処理等については、同別紙冒頭の「記載要領」に示したとおりである。また、賠償期間は、既に消滅時効が完成している期間の最後の日の翌日から本件口頭弁論終結の日まで(ただし、生活環境整備法上の区域指定におけるW値八〇以上の地域に居住していた期間のみ)であるところ、別紙第二冒頭の「記載要領」に示すとおり、遅延損害金の計算に関して、この期間のうち、訴状送達の日(本件記録上明らかである。)以前をA期間、訴状送達の日の翌日以降をB期間ということとする。すなわち、第一次訴訟の原告については昭和五四年二月二六日から昭和五七年三月一一日までがA期間、同月一二日から平成四年一二月三日までがB期間、第二次訴訟の原告については昭和五五年二月二六日から昭和五八年三月一四日までがA期間、同月一五日から平成四年一二月三日までがB期間、第三次訴訟の原告については昭和五八年九月三〇日から昭和六一年一〇月一八日までがA期間、同月一九日から平成四年一二月三日までがB期間である。A期間に生じた損害賠償額の合計を同表「A期間賠償額」欄に、B期間に生じた損害賠償額の合計を同表「B期間賠償額」欄にそれぞれ記載する。そして、本件損害賠償額のうち、同表「A期間賠償額」欄記載の金員に対する、A期間に行われた各不法行為の日の後である本件各訴状送達の日の翌日(第一次訴訟の原告については昭和五七年三月一二日、第二次訴訟の原告については昭和五八年三月一五日、第三次訴訟の原告については昭和六一年一〇月一九日)からいずれも支払済みまで、同表「B期間賠償額」欄記載の金員に対する、B期間に行われた各不法行為の日の後である本件口頭弁論終結の日の翌日である平成四年一二月四日から支払済みまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求を認容すべきである。
なお、昭和四七年五月一五日から本件各訴状送達の日までの期間の損害額については、原告らは、一括して、原告ら各自につき一一五万円(慰藉料一〇〇万円、弁護士費用一五万円)を主張しているが、これは、訴状送達日の翌日以降の請求額(一か月あたり慰藉料三万円、弁護士費用三〇〇〇円)と比較すると、請求期間の長さの割にはかなり低い金額となっている。そこで、これは、一応原告ら主張の期間全部に対応する損害額を請求したものではあるが、被告が消滅時効の抗弁を主張し、かつこれが認容される場合をも考慮して、まず消滅時効が完成する可能性のない提訴前三年分の損害額を、次いでそれ以前の期間の損害額を順に請求する趣旨であると解して、損害額の算定を行うこととした。
第一一結論
一原告らの訴えのうち、平成四年一二月四日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生じるとする将来の損害の賠償を求める部分は、不適法であるからこれを却下する。
二原告らの本件差止請求は、いずれも失当であるからこれを棄却する。
三原告らの平成四年一二月三日(本件口頭弁論終結の日)までに生じたとする過去の損害の賠償請求については、別紙第二「損害賠償額一覧表」中の「原告氏名」欄記載の各原告が、
1 同表中の各原告に対応する「損害賠償額(合計)」欄記載の金員、
2 同「A期間賠償額」欄記載の金員に対する第一次訴訟原告については昭和五七年三月一二日から、第二次訴訟原告については昭和五八年三月一五日から、第三次訴訟原告については昭和六一年一〇月一九日から、いずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、
3 同「B期間賠償額」欄記載の金員に対する平成四年一二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、前記過去の損害賠償請求についての右記載の原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求は、いずれも失当であるからこれを棄却する。
四よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官瀬木比呂志 裁判官松谷佳樹 裁判官古谷恭一郎)
別紙第一 当事者目録<省略>
第四 原告ら居住地等一覧表<省略>
第五 原告ら居住地等一覧表に対する認否<省略>
第六 原告別騒音防止対策等補助事業実績表<省略>
第一五 嘉手納飛行場周辺対策事業実績総括表<省略>
別紙第二 損害賠償額一覧表
記載要領
一 原告番号1ないし601の原告が第一次訴訟原告、同602ないし906の原告が第二次訴訟原告、同907の原告が第三次訴訟原告である。
二 「居住地」欄には、本件損害賠償請求を認める期間の、賠償請求を認める地域内の居住所(生活環境整備法上の区域指定におけるW値八〇 以上の地域、ただし後記四参照)のみを記載する。住居所の表示は、市町村名以下を記載し、同一の住所が継続する場合は記載を省略する(後記「一時転出」の後に同一住所に戻った場合も同様)。なお、死亡した者や区域外へ(一時的に)転出した者についてもこの欄に記載する(それぞれ、「死亡」、「区域外へ転出」、「一時転出」と表示する。)。
三 「賠償期間」について
1 昭和年間の年については、年号を省略する(たとえば、54とあるのは、昭和五四年を示す。)。平成年間の年については、計算の便宜上、仮に平成元年(昭和六四年を含む。)を64、平成二年を65、平成三年を66、平成四年を67と記載することとする。
2 個々の原告についての賠償の対象となる期間は、既に消滅時効が完成している期間の最後の日の翌日である各訴え提起の三年前の応答日から本件口頭弁論終結の日まで(ただし、生活環境整備法上の区域指定におけるW値八〇以上の地域―なお後記四参照―に居住している期間のみ)であり、この期間のうち、訴状送達の日以前をA期間、訴状送達の日の翌日以降をB期間ということとする。
すなわち、賠償の対象となる期間は、第一次訴訟の原告については昭和五四年二月二六日から平成四年一二月三日まで(昭和五七年三月一一日までがA期間、同月一二日以降がB期間)、第二次訴訟の原告については昭和五五年二月二六日から平成四年一二月三日まで(昭和五八年三月一四日までがA期間、同月一五日以降がB期間)、第三次訴訟の原告については昭和五八年九月三〇日から平成四年一二月三日まで(昭和六一年一〇月一八日までがA期間、同月一九日以降がB期間)である。
3 賠償期間の区分については、右A期間、B期間を分け(「期間種別AorB」欄に明示)、居住地が異なる期間を区分し、更に当該期間の減額事由を考慮した月当たり賠償額が同一になるように期間を区分する。
4 当該始期又は終期の日を含む年月のみを示すこととし、日については、結論を左右しないので、記載を省略する。
四 「W値」欄の数値は、当該居住地が生活環境整備法上の区域指定において、そこに示されたW値以上と指定された地域に属することを意味する(原告らが居住していた当時には未だ区域指定の告示がなされていなかったがその後の告示によって右地域が指定区域に含まれることとなった地域についても、そのW値を示す。)。
五 「危険への接近による減額 %」欄に15とあるのは、その左に記載されている賠償期間について、危険への接近の法理を適用して、基本となる慰藉料額からその一五パーセントを減額すべきことを意味する。右法理の適用の詳細については、本文第三章第一〇「被告の責任及び損害賠償額の算定」四3(一)に示すとおりである。
六 「防音工事・室数」欄には、防音工事を受けた室数を累計で示し、「防音工事・減額率 %」欄には、これに対応する減額率を示す。その左に記載されている賠償期間について、防音室数に応じた一定程度の被害の減少があるものとして、基本となる慰藉料額から該当するパーセントを減額すべきことを意味する。その詳細については、本文第三章第一〇の四3(二)に示すとおりである。
七 「月当たり賠償額」は次のようにして計算する。
1 慰藉料基本月額(本文第三章第一〇の四2のとおり)
(一) 生活環境整備法上の区域指定におけるW値
八〇以上八五未満の地域
三〇〇〇円
(二) 右W値八五以上九〇未満の地域
七〇〇〇円
(三) 右W値九〇以上九五未満の地域
一万二〇〇〇円
(四) 右W値九五以上の地域
一万八○ ○○ 円
2 慰藉料減額事由
(一) 危険への接近
減額率一五パーセント
(二) 防音工事の助成
減額率――最初の一室は一〇パーセントとし、一室増加するごとにさらに五パーセントずつを加える。
3 弁護士費用相当損害金
右慰藉料減額事由を考慮した慰藉料額の一〇パーセントの金額
4 月当たり賠償額
右慰藉料減額事由を考慮した慰藉料月額に一・一を乗じることによって、弁護士費用相当損害金を加えた「月当たり賠償額」を求めるが、これが計算上一〇〇円未満の端数を生じるときは、一〇〇円未満切捨てとする。
八 「損害賠償額(小計)」欄には、その数値の左に記載されている賠償期間中の損害賠償額を示す(「月当たり賠償額」に「期間月数」を乗じて算出する。)。
九 「A期間賠償額」欄には、A期間中に生じた損害賠償額の合計を示す。
一〇 「B期間賠償額」欄には、B期間中に生じた損害賠償額の合計を示す。
一一 「損害賠償額(合計)」欄には、当該原告に係る損害賠償額の総合計を示す。
一二 「月当たり賠償額」、「損害賠償額(小計)」、「A期間賠償額」、「B期間賠償額」及び「損害賠償額(合計)」の各欄記載の金額の単位は、いずれも円である。
一三 「備考」欄には、危険への接近の法理を適用するか否か、防音工事の助成による慰藉料の減額を行うか否か、その他本表の記載事項についての認定、判断の理由を説明したほうがよいと思われる事例について、その事情を以下の記号に従い注記するほか、個別的に説明を加えることが適切と思われる事例については、備考欄に※印を付したうえで当該原告欄下部に説明を示す。
記号 記号の意味
A 原告は、損害賠償の対象区域外から対象区域内へ転入している(なお、原告又吉盛信(原告番号三四九)については、東京都江戸川区堀江町二七二六番地から石川市字東恩納一三八〇番地への転入がこれにあたる。)が、これは、対象区域外で居住する以前の居住地と同一の住所への再転入であり、かつ右住所に戻ってくるまでの転出期間が一時的なものにとどまる(七年間以内)と認められるので、危険への接近の法理を適用しない。
B 原告は、対象区域外から対象区域内へ転入している(なお、原告又吉盛信(原告番号三四九)については、石川市字伊波九三〇番地の一から同市字東恩納一三八〇番地の二への転入がこれにあたる。)が、これは、生活の根拠又は基盤の残存という観点からみて、対象区域外で居住する以前の居住地の住所と事実上同一視しうるような住所(分筆により枝番が付き又は合筆により枝番がなくなった住所や、番地の番号が一番しか違わない住所)への転入であり、かつ右住所に戻ってくるまでの転出期間が一時的なものにとどまる(七年間以内)と認められるので、危険への接近の法理を適用しない。
C 証拠(<書証番号略>、原告大湾近常原告番号二八九本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、昭和二八年ころ、読谷村字渡具知及びその周辺の土地が米軍の通信施設建設の目的で強制収用され、原告(右原告を含む五名)は、そのために同地域から退去せざるをえなくなり、昭和四八年九月に右地域が返還された後に右地域に転入したことが認められるのであるから、原告には右区域に転入することについて高度の必要性があると認めるのが相当であり、危険への接近の法理を適用しない。
なお、証拠(<書証番号略>)によれば、原告大湾勇(原告番号二九〇)は、その両親が右の強制収用を理由に読谷村字渡具知を退去して後の昭和三五年に同村字大湾で出生し、昭和五三年に両親とともに読谷村字渡具知に転入したことが認められ、してみると、右原告についても対象区域内に転入することについて高度の必要性が認められるから、危険への接近の法理を適用しない。
D 原告の別紙第二「損害賠償額一欄表」の防音工事完成時における「居住地」欄記載の居住地と別紙第六「原告別騒音防止対策等補助事業実績表(2個別表)」の「提訴時住所」欄記載の住所とは一致しないが、弁論の全趣旨によれば、右「提訴時住所」欄記載の住所は住居表示変更により右「居住地」欄記載の住所に変更されたものと認められる。
E 原告は、移転補償措置に基づいて第二種区域内(具体的なWECPNL値でみると、九〇以上九五未満の地域)に転居しているので、第二種区域外に転居した場合の最高の基本賠償額である生活環境整備法上の区域指定におけるW値八五以上九〇未満の地域の基本賠償額を基準として損害賠償額を算定する。
別紙
第二損害賠償額一覧表
原告番号
原告氏名
居住地
賠償期間
期間種別
AorB
期間
月数
W値
危険への接近による減額
%
防音工事
月当たり
賠償額
損害賠償額
(小計)
A期間
賠償額
B期間
賠償額
損害賠償額
(合計)
備考
始期
終期
室数
減額率
%
年
月
年
月
1
照屋明
北谷町字砂辺184番地の1
54
2
57
3
A
37
95
0
0
0
19,800
732,600
732,600
57
3
67
12
B
129
95
0
0
0
19,800
2,554,200
2,554,200
3,286,800
2
仲村渠シゲ子
北谷町字砂辺93番地
54
2
57
3
A
37
90
0
2
15
11,200
414,400
414,400
57
3
67
12
B
129
90
0
2
15
11,200
1,444,800
1,444,800
1,859,200
3
伊禮盛雄
北谷町字砂辺105番地
54
2
56
12
A
34
90
0
2
15
11,200
380,800
56
12
57
3
A
3
90
0
4
25
9,900
29,700
410,500
57
3
67
12
B
129
90
0
4
25
9,900
1,277,100
1,277,100
1,687,600
4
牧野佐市
北谷町字砂辺105番地の1
54
2
54
9
A
7
90
0
0
0
13,200
92,400
54
9
57
3
A
30
90
0
2
15
11,200
336,000
428,400
57
3
59
11
B
32
90
0
2
15
11,200
358,400
59
11
60
12
B
13
90
0
4
25
9,900
128,700
487,100
915,500
(昭60.12.31
死亡)
5
喜屋武艶子
北谷町字砂辺110番地
54
2
54
8
A
6
90
15
0
0
11,200
67,200
54
8
57
3
A
31
90
15
2
15
9,500
294,500
361,700
57
3
57
11
B
8
90
15
2
15
9,500
76,000
57
11
58
6
B
7
90
15
5
30
7,800
54,600
同町字砂辺46番地
58
6
67
12
B
114
90
15
0
0
11,200
1,276,800
1,407,400
1,769,100
6
仲本秀夫
北谷町字砂辺111番地
54
2
56
8
A
30
90
0
0
0
13,200
396,000
56
8
57
3
A
7
90
0
2
15
11,200
78,400
474,400
57
3
61
3
B
48
90
0
2
15
11,200
537,600
61
3
67
12
B
81
90
0
5
30
9,200
745,200
1,282,800
1,757,200
7
照屋信男
北谷町字砂辺115番地
54
2
54
8
A
6
90
0
0
0
13,200
79,200
54
8
57
3
A
31
90
0
2
15
11,200
347,200
426,400
57
3
59
9
B
30
90
0
2
15
11,200
336,000
59
9
67
12
B
99
90
0
5
30
9,200
910,800
1,246,800
1,673,200
<以下、省略>
別紙第三
別紙第七
別紙第八
別紙第九 北谷町及び嘉手納町の航空機騒音測定結果(乙第十九及び八〇号証)に基づく推移表
(平成元年から平成三年まで)
航空機騒音測定月別―W値表
航空機騒音測定曜日別―W値表
航空機騒音測定飛行回数―時間帯別表
航空機騒音測定飛行回数―曜日別表
航空機騒音測定月別―W値表
航空機騒音測定曜日別―W値表
航空機騒音測定飛行回数―時間帯別表
航空機騒音測定飛行回数―曜日別表
航空機騒音測定月別―W値表
航空機騒音測定曜日別―W値表
航空機騒音測定飛行回数―時間帯別表
航空機騒音測定飛行回数―曜日別表
乙号書証(航空機騒音測定結果)に係る表(グラフ)の作成解説
別紙第一〇
別紙
第一一 沖縄県の調査による嘉手納飛行場周辺の航空機騒音推移状況(一)嘉手納飛行場周辺における航空機騒音(WECPNL)の推移
単位:WECPNL
※県類型指定環境基準値及び沖縄県の評価値は、沖縄県発行環境白書より抜粋した。
測定地点
県類型指定環境基準値
昭和53年度
昭和54年度
昭和55年度
昭和56年度
昭和57年度
昭和58年度
市町村名
地点名
測定位置番号
用途地域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
石川市
石崎
23
住居
75
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
美原
3
未指定
70
-
-
-
-
85.1
85W~90W
84.8
85W~90W
85.2
85W~90W
85.0
85W~90W
具志川市
栄野比
4
未指定
70
-
-
-
-
85.1
85W~90W
84.1
85W~90W
82.7
85W~90W
78.0
85W~90W
川崎
12
未指定
70
-
-
-
-
76.0
80W~85W
66.4
80W~85W
68.4
80W~85W
68.1
80W~85W
天願
24
住居
75
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
新赤道
17
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
恩納村
塩屋
18
未指定
70
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
読谷村
波平
19
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
伊良皆
20
近隣商業
75
-
-
-
-
-
-
69.2
75W~80W
-
-
70.5
75W~80W
大湾
21
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
74.0
75W~80W
-
-
68.2
75W~80W
嘉手納町
水釜
5
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
77.3
85W~90W
76.8
85W~90W
75.1
85W~90W
76.0
85W~90W
中区
6
住居
75
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
屋良
2
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
83.4
90W~95W
82.3
90W~95W
83.7
90W~95W
82.5
90W~95W
北谷町
砂辺
1
住居
75
92.7
95W以上
-
-
-
-
82.0
82.4
90W~95W
95W以上
86.8
95W以上
87.2
95W以上
宮城
7
住居
75
-
-
-
-
79.8
85W~90W
77.2
85W~90W
75.9
85W~90W
77.2
85W~90W
上勢頭
8
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
78.5
85W~90W
71.0
85W~90W
桑江
9
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
72.5
85W~90W
77.4
85W~90W
-
-
-
-
沖縄市
中央
16,22
商業
75
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
松本
10
準工業
75
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
美里
25
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
池原
13
未指定
70
-
-
-
-
78.3
80W~85W
77.3
80W~85W
74.3
80W~85W
73.0
80W~85W
登川
11,14
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
78.4
85W~90W
77.4
85W~90W
74.1
80W~85W
75.1
80W~85W
八重島
15
工業
75
-
-
-
-
73.4
80W~85W
72.7
80W~85W
70.6
80W~85W
76.8
80W~85W
嘉手納飛行場周辺における航空機騒音(WECPNL)の推移
単位:WECPNL
※県類型指定環境基準値及び沖縄県の評価値は、沖縄県発行環境白書より抜粋した。
測定地点
県類型指定環境基準値
昭和59年度
昭和60年度
昭和61年度
昭和62年度
昭和63年度
平成元年度
市町村名
地点名
測定位置番号
用途地域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設
庁告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
沖縄県の評価値
防衛施設庁
告示区域
石川市
石崎
23
住居
75
-
-
-
-
-
-
-
-
71.3
区域外
71.5
区域外
美原
3
未指定
70
84.5
85W~90W
83.4
85W~90W
83.2
85W~90W
84.8
85W~90W
84.8
85W~90W
84.6
85W~90W
具志川市
栄野比
4
未指定
70
81.7
85W~90W
80.8
85W~90W
82.4
85W~90W
80.6
85W~90W
83.4
85W~90W
85.3
85W~90W
川崎
12
未指定
70
69.4
80W~85W
73.3
80W~85W
69.2
80W~85W
70.1
80W~85W
74.8
80W~85W
76.9
80W~85W
天願
24
住居
75
-
-
-
-
-
-
-
-
63.0
区域外
67.0
区域外
新赤道
17
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
64.8
75W~80W
-
75W~80W
恩納村
塩屋
18
未指定
70
-
-
-
-
-
-
-
-
77.0
75W~80W
76.8
75W~80W
読谷村
波平
19
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
68.5
75W~80W
69.5
75W~80W
伊良皆
20
近隣商業
75
66.3
75W~80W
68.9
75W~80W
66.4
75W~80W
70.8
75W~80W
69.7
75W~80W
68.2
75W~80W
大湾
21
第1種
住居専用
70
67.8
75W~80W
67.5
75W~80W
68.9
75W~80W
66.3
75W~80W
66.0
75W~80W
70.5
75W~80W
嘉手納町
水釜
5
第2種
住居専用
70
75.5
85W~90W
74.8
85W~90W
75.9
85W~90W
76.4
85W~90W
75.5
85W~90W
75.4
85W~90W
中区
6
住居
75
-
-
-
-
-
-
-
-
76.6
85W~90W
76.1
85W~90W
屋良
2
第2種
住居専用
70
83.2
90W~95W
80.1
90W~95W
84.3
90W~95W
-
-
87.6
90W~95W
88.2
90W~95W
北谷町
砂辺
1
住居
75
87.2
95W以上
87.1
95W以上
87.5
95W以上
87.9
95W以上
88.0
95W以上
88.0
95W以上
宮城
7
住居
75
75.0
85W~90W
75.0
85W~90W
73.7
85W~90W
-
-
77.5
85W~90W
78.2
85W~90W
上勢頭
8
第1種
住居専用
70
75.8
85W~90W
73.3
85W~90W
73.5
85W~90W
78.8
85W~90W
78.8
85W~90W
73.1
85W~90W
桑江
9
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
沖縄市
中央
16,22
商業
75
-
-
-
-
69.5
80W~85W
-
-
70.8
75W~80W
71.4
75W~80W
松本
10
準工業
75
-
-
-
-
-
-
-
-
73.8
85W~90W
76.5
85W~90W
美里
25
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
-
-
69.2
区域外
70.3
区域外
池原
13
未指定
70
72.1
80W~85W
81.2
80W~85W
75.6
80W~85W
-
-
-
-
-
-
登川
11,14
第1種
住居専用
70
73.2
80W~85W
71.8
80W~85W
75.6
80W~85W
-
-
-
-
-
-
八重島
15
工業
75
72.3
80W~85W
73.1
80W~85W
-
-
-
-
-
-
-
-
嘉手納飛行場周辺における航空機騒音測定場所
測定地点
県類型指定
環境基準値
53
54
55
56
57
58
市町村名
地点名
測定位置
番号
用途地域
測定場所
測定場所
測定場所
測定場所
測定場所
測定場所
石川市
石崎
23
住居
75
-
-
-
-
-
-
美原
3
未指定
70
-
-
石川市字東恩納1390
(85)
石川市字東恩納1390
石川市字東恩納1545(85)
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
具志川市
栄野比
4
未指定
70
-
-
具志川市字栄野比271
(85)
具志川市字栄野比271
具志川市字栄野比271
具志川市字栄野比271
川崎
12
未指定
70
-
-
具志川市字川崎182
(80)
具志川市字川崎182
具志川市字川崎151
(80)
具志川市字川崎151
天願
24
住居
75
-
-
-
-
-
-
新赤道
17
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
恩納村
塩屋
18
未指定
70
-
-
-
-
-
-
読谷村
波平
19
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
伊良皆
20
近隣商業
75
-
-
読谷村字伊良皆372
(75)
-
読谷村字伊良皆372
大湾
21
第1種
住居専用
70
-
-
読谷村字大湾512-1
(75)
-
読谷村字大湾512-1
嘉手納町
水釜
5
第2種
住居専用
70
-
-
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)(85)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
中区
6
住居
75
-
-
-
-
-
-
屋良
2
第2種
住居専用
70
-
-
嘉手納町字屋良70
(90)
嘉手納町字屋良70
嘉手納町字屋良70
嘉手納町字屋良70
北谷町
砂辺
1
住居
75
北谷町字砂辺441-1
(95)
-
-
北谷町字砂辺188 (90)
北谷町字砂辺173 (95)
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
宮城
7
住居
75
-
-
北谷町字宮城1-466
(85)
北谷町字宮城1-466
北谷町字宮城1-466
北谷町字宮城1-466
上勢頭
8
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
北谷町字上勢頭574
(上勢頭区公民館)(85)
北谷町字上勢頭574
(上勢頭区公民館)
桑江
9
第1種
住居専用
70
-
-
北谷町字桑江538
(85)
北谷町字桑江538
-
-
沖縄市
中央
16,22
商業
75
-
-
-
-
-
-
松本
10
準工業
75
-
-
-
-
-
-
美里
25
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
池原
13
未指定
70
-
-
沖縄市池原773-2
(池原公民館) (80)
沖縄市字池原773-2
(池原公民館)
沖縄市字池原773-2
(池原公民館)
沖縄市字池原773-2
(池原公民館)
登川
11,14
第1種
住居専用
70
-
-
沖縄市字登川1588
(85)
沖縄市字登川1588
沖縄市字登川143
(登川公民館)(80)
沖縄市字登川143
(登川公民館)
八重島
15
工業
75
-
-
沖縄市字嘉間良538
(80)
沖縄市字越来1196
(80)
沖縄市八重島2-8-16(80)
(八重島自治会事務所)
沖縄市八重島2-8-16
(八重島自治会事務所)
嘉手納飛行場周辺における航空機騒音測定場所
測定地点
県類型指定
環境基準値
59
60
61
62
63
平元
市町村名
地点名
測定位置番号
用途地域
測定場所
測定場所
測定場所
測定場所
測定場所
測定場所
石川市
石崎
23
住居
75
-
-
-
-
石川市石崎1-1
(石川市役所) (外)
石川市石崎1-1
(石川市役所)
美原
3
未指定
70
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
石川市字東恩納1545
(美原公民館)
具志川市
栄野比
4
未指定
70
具志川市字栄野比271
具志川市字栄野比271
具志川市字栄野比271
具志川市字栄野比271
具志川市字栄野比271
具志川市字栄野比271
川崎
12
未指定
70
具志川市字川崎151
具志川市字川崎151
具志川市字川崎151
具志川市字川崎151
具志川市字川崎151
具志川市字川崎202
(川崎公民館) (80)
天願
24
住居
75
-
-
-
-
具志川市字天願332
(具志川市役所) (外)
具志川市字天願332
(具志川市役所)
新赤道
17
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
具志川市字兼箇段1945
(県立具志川職業訓練校)(75)
具志川市字兼箇段1945
(県立具志川職業訓練校)
恩納村
塩屋
18
未指定
70
-
-
-
-
恩納村字真栄田1510
(塩屋公民館) (75)
恩納村字真栄田1510
(塩屋公民館)
読谷村
波平
19
第2種
住居専用
70
-
-
-
-
読谷村字波平37
(読谷村役場) (75)
読谷村字波平37
(読谷村役場)
伊良皆
20
近隣商業
75
読谷村字伊良皆372
読谷村字伊良皆372
読谷村字伊良皆372
読谷村字伊良皆372
読谷村字伊良皆372
読谷村字伊良皆372
大湾
21
第1種
住居専用
70
読谷村字大湾512-1
読谷村字大湾425
(大湾公民館)(75)
読谷村字大湾425
(大湾公民館)
読谷村字大湾425
(大湾公民館)
読谷村字大湾425
(大湾公民館)
読谷村字大湾425
(大湾公民館)
嘉手納町
水釜
5
第2種
住居専用
70
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
嘉手納町字水釜373-121
(西浜区自治会事務所)
中区
6
住居
75
-
-
-
-
嘉手納町字嘉手納81
(中区自治会事務所)(85)
嘉手納町字嘉手納81
(中区自治会事務所)
屋良
2
第2種
住居専用
70
嘉手納町字屋良70
嘉手納町字屋良70
嘉手納町字屋良70
-
嘉手納町字屋良940
(90)
嘉手納町字屋良940
北谷町
砂辺
1
住居
75
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
北谷町字砂辺173
(砂辺中継ポンプ場)
宮城
7
住居
75
北谷町字宮城1-472
(宮城公民館)(85)
北谷町字宮城1-472
(宮城公民館)
北谷町字宮城1-472
(宮城公民館)
-
北谷町字宮城1-472
(宮城公民館)
北谷町字宮城1-472
(宮城公民館)
上勢頭
8
第1種
住居専用
70
北谷町字上勢頭574
(上勢頭区公民館)
北谷町字上勢頭574
(上勢頭区公民館)
北谷町字上勢頭696-1
(上勢頭区公民館)
北谷町字上勢頭696-1
(上勢頭区公民館)
北谷町字上勢頭574
(上勢頭区公民館)
北谷町字上勢頭542-1
(上勢頭区公民館)
桑江
9
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
-
-
沖縄市
中央
16,22
商業
75
-
-
沖縄市中央4-15-20
(沖縄商工会議所)(80)
-
沖縄市中央2-5-1
(コザ保健所) (75)
沖縄市中央2-5-1
(コザ保健所)
松本
10
準工業
75
-
-
-
-
沖縄市字松本1169
(85)
沖縄市字松本1169
美里
25
第1種
住居専用
70
-
-
-
-
沖縄市字美里1250
(外)
沖縄市字美里1250
池原
13
未指定
70
沖縄市字池原773-2
(池原公民館)
沖縄市字池原773-2
(池原公民館)
沖縄市字池原773-2
(池原公民館)
-
-
-
登川
11,14
第1種
住居専用
70
沖縄市字登川143
(登川公民館)
沖縄市字登川143
(登川公民館)
沖縄市字登川143
(登川公民館)
-
-
-
八重島
15
工業
75
沖縄市八重島2-8-16
(八重島自治会事務所)
沖縄市八重島2-8-16
(八重島自治会事務所)
-
-
-
-
別紙
第一二 沖縄県の調査による嘉手納飛行場周辺の航空機騒音推移状況(二)
嘉手納飛行場周辺における航空機騒音の推移
「1日の発生回数」は,1日当たりの70dB(A)以上の騒音発生回数の平均値を,
「1日の持続時間」は,1日当たりの70dB(A)以上の騒音累積持続時間の平均値をそれぞれ表す。
数値はいずれも沖縄県環境白書による。
測定地点
県類型指定
環境基準値
昭和53年度
昭和54年度
昭和55年度
昭和56年度
昭和57年度
昭和58年度
市町村名
地点名
測定位置番号
用途地域
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
石川市
石崎
23
住居
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
美原
3
未指定
70
―
―
―
―
―
―
―
―
60回
37分44秒
66回
35分15秒
具志川市
栄野比
4
未指定
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
24回
10分9秒
川崎
12
未指定
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
18回
10分39秒
天願
24
住居
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
新赤道
17
第2種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
恩納村
塩屋
18
未指定
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
読谷村
波平
19
第2種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
伊良皆
20
近隣商業
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
31回
18分33秒
大湾
21
第1種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
37回
10分24秒
嘉手納町
水釜
5
第2種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
76回
39分46秒
中区
6
住居
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
屋良
2
第2種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
102回
1時間8分
13秒
北谷町
砂辺
1
住居
75
213回
1時間34分
25秒
―
―
―
―
―
―
116回
1時間1分
47秒
106回
54分19秒
宮城
7
住居
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
71回
29分32秒
上勢頭
8
第1種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
20回
6分14秒
桑江
9
第1種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
沖縄市
中央
16,22
商業
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
松本
10
準工業
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
美里
25
第1種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
池原
13
未指定
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
18回
9分25秒
登川
11,14
第1種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
30回
15分50秒
八重島
15
工業
75
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
46回
1時間4分
14秒
嘉手納飛行場周辺における航空機騒音の推移
「1日の発生回数」は,1日当たりの70dB(A)以上の騒音発生回数の平均値を,
「1日の持続時間」は,1日当たりの70dB(A)以上の騒音累積持続時間の平均値をそれぞれ表す。
数値はいずれも沖縄県環境白書による。
測定地点
県類型指定環境基準値
昭和59年度
昭和60年度
昭和61年度
昭和62年度
昭和63年度
平成元年度
市町村名
地点名
測定位置番号
用途地域
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
1
日
の
発
生
回
数
1
日
の
持
続
時
間
石川市
石崎
23
住居
75
―
―
―
―
―
―
―
―
27.3回
15分00秒
24.7回
13分21秒
美原
3
未指定
70
60回
32分14秒
34回
22分17秒
35回
22分00秒
52.3回
28分40秒
62.7回
32分23秒
53.4回
28分56秒
具志川市
栄野比
4
未指定
70
51回
29分3秒
33回
23分43秒
38回
22分43秒
32.6回
18分07秒
35.6回
22分27秒
37.9回
22分39秒
川崎
12
未指定
70
7回
3分2秒
23回
11分41秒
20回
10分47秒
37.1回
18分06秒
38.1回
22分56秒
22.3回
14分09秒
天願
24
住居
75
―
―
―
―
―
―
―
―
8.7回
2分54秒
14.4回
4分16秒
新赤道
17
第2種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
12.1回
3分37秒
―
―
恩納村
塩屋
18
未指定
70
―
―
―
―
―
―
―
―
16.1回
7分28秒
26.0回
12分34秒
読谷村
波平
19
第2種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
32.6回
14分33秒
10.4回
2分36秒
伊良皆
20
近隣商業
75
18回
5分16秒
23回
10分45秒
19回
5分23秒
19.9回
6分01秒
16.0回
4分48秒
12.6回
3分50秒
大湾
21
第1種
住居専用
70
13回
4分37秒
28回
9分18秒
30回
10分22秒
24.0回
7分07秒
13.1回
4分36秒
22.9回
11分05秒
嘉手納町
水釜
5
第2種
住居専用
70
50回
21分32秒
54回
25分22秒
73回
33分19秒
76.3回
38分50秒
60.7回
34分22秒
41.0回
19分34秒
中区
6
住居
75
―
―
―
―
―
―
―
―
65.9回
27分59秒
50.4回
25分50秒
屋良
2
第2種
住居専用
70
102回
1時間13分
3秒
88回
45分52秒
109回
1時間14分
33秒
―
―
122.0回
1時間26分
17秒
141.0回
2時間37分
26秒
北谷町
砂辺
1
住居
75
109回
52分40秒
109回
49分12秒
112回
53分22秒
111回
55分40秒
110.4回
48分57秒
98.5回
47分30秒
宮城
7
住居
75
48回
18分22秒
62回
25分37秒
64回
21分48秒
―
―
79.3回
33分22秒
49.7回
23分40秒
上勢頭
8
第1種
住居専用
70
31回
10分6秒
21回
7分12秒
31回
11分39秒
50.7回
22分41秒
57.1回
22分27秒
16.3回
15分56秒
桑江
9
第1種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
沖縄市
中央
16,22
商業
75
―
―
―
―
27回
9分59秒
―
―
8.9回
2分11秒
4.3回
1分25秒
松本
10
準工業
75
―
―
―
―
―
―
―
―
33.6回
11分19秒
27.6回
10分12秒
美里
25
第1種
住居専用
70
―
―
―
―
―
―
―
―
26.4回
10分54秒
8.1回
2分21秒
池原
13
未指定
70
24回
12分12秒
43回
25分47秒
49回
29分23秒
―
―
―
―
―
―
登川
11,14
第1種
住居専用
70
41回
21分43秒
34回
15分23秒
41回
20分17秒
―
―
―
―
―
―
八重島
15
工業
75
43回
12分38秒
51回
16分21秒
―
―
―
―
―
―
―
―
別紙第一三
別紙第一四